第7話 年末大掃除

文字数 8,543文字


シコウの自宅は持ち家である。四つ割りマンションの正面から見て左下半分で10LDKの広さがある。
シコウが誰にも資金援助を貰わずに単独購入したので、どう使おうが自由裁量である。
ゴミ屋敷にしたとしても文句を言われる筋合いは無い。
とはいえ生活ゴミはアシスタントドロイドでもあるノルテの指導により、こまめに捨てさせられている。だが仕事にも関わる技術関係の物品は蓄積される一方である。
ノルテの予備パーツや将来使いそうな関連物も収集しているので、家の狭さは加速度を増したと言っても良い。

シコウ自宅の客用寝室は二つある。 一つはなんだかんだと理由をつけて泊まりに来る由岐花が使用している。もう一つも来客用に空けてある筈なのだが、片付けない箱で次々に埋まっている。

12月27日 夜10時 シコウの家のリビングで由岐花は試験勉強と格闘していた。
年の瀬ではあるが、冬休み明け早々に試験がある。
大半は自力で難題を解いているが、どうしても行き詰まった場合はノルテに助けを求める。優秀な家庭教師にもなるノルテがいるので シコウ宅泊まり込みも親から許されているが、由岐花としては自宅にいると大掃除やら正月準備を手伝わされるので勉強にかこつけて逃亡してきたのである。

一段落で大のびをしたところに、ノルテが由岐花に話しかけてきた。
アシスタントドロイドの行動としてはイレギュラーである。
「由岐花さま 少々相談が」
「ノルテちゃんが自発的に相談とは! メイドロボとしては珍しい」
「解決しがたい問題に直面しています」
「聴こう」
「2月にこちらにお客様を招く予定になってます」
「あー、はいはい 学会のえらい先生をうちにお泊めする奴ね クシュワさん面白いから大好き」
「その滞在用の部屋をそろそろ片付けておいた方が良いと判断していますが、提言を受け付けてくれません」
「にゃるほど、シィ兄は1週間前に片付ければ良いと言いましたね」
「はい、そうです」
「ノルテちゃんは、屋内で質量的に移動させてもどこかに偏るだけと考えていますが、実際は違います」
「と、言いますと?」
「シイ兄の片付けとはレンタル倉庫に移動させることです 愚かなシイ兄は片づいたと思っていますが総質量は変わっていません ですが目の前の物体が無くなり、かつ保管されている安心感から、片づけたという誤った認識を持っています。
なんとまあおろかな叔父です 我が父のようにプラモ部屋を一日にして空にされた恐怖を知らないので怠惰な空間確保を続けています いつか破綻が来るとも知らずに」

「だーれが、愚かだ」
シコウが後ろに立っていた。
「でたな 愚鈍な収集を続けるものよ」
「何が必要になるか分からないから、貴重な物は極力動態保存できるように努めているのだ」
「確かに引っ張り出して自分で好き勝手に分解することは資料館には出来ないので認めましょう 
だがしかしカタログの欠番を埋めるように集めているのはどうでしょうか」
「ばれていたのか」
「だてに情報工学の学生してません 型番には自然と目が行きます」
「シリーズ通番であっても、担当部署が代わったら設計思想が変わるので番号揃いは重要なのだ」
「それが、倉庫に眠る段ボールの山となるわけだ」
「いつか役に立つ 自分の趣味で集めている物なので 何をやっても良かろう」
「ノン 断じてノン。 これはあわよくばシイ兄にも素敵なパートナーを迎えて欲しいという姪ごころ、将来伴侶のトラブルになる芽は今のうちに摘んでおきたい
コレクターのパートナーは 家庭の敵」
「おおきなお世話だ わが姪よ」
「へへーん、衣良田家親族一同の代表でもありますよー
 早く結婚せよと皆が言ってますー」
「旧態依然の家柄制め」
「ノルテちゃん、男性って収集癖があるという認識で合っている?」
「男性女性の性差は収集に関係ありませんが、所有欲を物体で集める傾向は過去の統計上、男性のほうが強いかと思います 女性の場合は自分にとっての価値がなくなれば全部処分する事が多いので、ただ残すだけは無いと言えます」
「という事ですよ、 そろそろ無限拡大前提の倉庫送りは止めにするべきではありませんか 今が歯止めをかけるタイミングじゃアリマセンカセンカ」
「むむむ、由岐花にしてはまともなことを」
「良い機会です ノルテちゃんに整理プランを出して貰いましょう」
「残念だな それは無理だ」
「何故に」
「倉庫に入れている物は、俺の記憶にはあるがデータ化はしていないので外部から把握することは出来ない 整理プラン以前の問題だ」

ノルテが言い出した。
「では、倉庫を全部調査して箱を開いてデータ化しましょう 必要不必要の判断はそれからでいいかと判断します」
 箱の中身を走査して淡々とデータ化していく作業はいずれ必要となる。
ノルテとしては不安定要素は早急に処理したいのだ。

「倉庫からすべてを出して箱を開き また元通りに納めるのはノルテには無理だ 
 試験勉強中の女子高生が腰を痛めてまで手伝ってくれるとも思えないなぁ」
シコウはにやりと笑った。由岐花が切り返す
「市部安を、バイトに雇おう」
「彼も休み明け試験は同じだ 同級生の勉強妨害は駄目だぞ」

「提案があります」
ノルテが発言した。
「業務用の物流ロボットを借りるのはいかがでしょうか 引っ越し業者用レンタルが今なら低価格で借りることが出来ます
スキャンとラベル作成なら私にもお手伝い出来ます」
「ノルテちゃん みずから外堀を埋めにかかってきた」
「なぜ そうやってぐいぐい来るのだ」
「そりゃー、片付けしないやつは未来永劫家庭の敵ですからよ この家に関してはノルテちゃんの敵」

合理的に論を説かれると突っぱねられないのが理系の弱点である。
ちょっと一休みしようとリビングに降りてきたシコウは、
結局引っ越し用物流ロボットの調達をさせられることになったのである。


二日後、東京多摩地区へ向かう車があった
ワゴンのレンタカーを運転しているのはシコウ。ノルテとケージに入れられたオウサマと由岐花も乗っている。後ろには新たに倉庫送りになる段ボールが積まれている。
「オウサマちゃん 連れて行かなくてもいいんじゃない?」
「ちゃんと理由がある。 それに遅くなると可哀想だからな」
「そうねー、お留守番ばっかりはやだもんねー」
由岐花がケージをのぞき込む。
「おまえが手伝いに来るというのが疑問なんだが 試験勉強はどうした」
「ノルテちゃんに褒められないと進みません」
「なんだそれは」
「必要なのは褒め上手です シイ兄には一生かかっても得られないスキルです」
「正当な評価以上を求める理屈が分からない」
「私はノルテちゃんと一緒に過ごすべくシイ兄の家に入り浸るのです」
「勉強が進んでいるなら芽理江姉も異存は無さそうだが」
「学生は、勉強している限り怒られない ふふふふ 今日は理論的に勉強できない日なのです」
「まあ、気分転換も必要だろう」

シコウの車は広い敷地の工場へと入っていった。
「え?工場?」
由岐花が驚く
「元 和菓子工場だ 機械の修理を引き受けてから懇意にさせて貰っていてな、経営者ご夫婦が亡くなった折に、ご遺族から安く敷地と建物を譲って貰った」
「衣良田一族にこんな隠し財産が」
「悪いな。ご遺族の気が変わったら買い戻すことになっているので間借りみたいなもので安定資産とは言いがたい。 こちらとしては倉庫レンタルより安上がりで助かっている」
「ふーん」

車を駐車場に停めた 30台は停められるスペースだが雑草が目立つ。
建物のセキュリティを解除をして鍵を開ける。
「俺は ご夫婦お墓が近くにあるので掃除をしに行く
 ノルテは屋内に入って立体スキャンをしてくれ」
「了解しました」
「由岐花は看板のほこりを落としておいてくれ 工場が復活するかもしれないからきれいにな」
「りょうかいー オウサマちゃんは?」
「ケージを開けて放してくれ、オウサマは鼠とか小動物が入り込んでいないかパトロール役だ」
「なるほど 運動にもなるしね」

ケージから出されたオウサマは何度か来ているので、知らない場所に警戒している様子は無いが2時間の移動で疲れたのか、しばらくしてまたケージに戻って寝てしまった。

工場内の機械は同業者が買い取ったので空いた広い空間には耐震連結したスチール棚が並べられている 段ボール箱で棚が6割ほど埋まっている。個人が所有するにはかなりの物量である。
ノルテは工場内を歩いて3Dスキャンで記録していく。

由岐花の看板拭きが終わったところで、工場にロボットレンタル会社コムギの車両が入ってきた。
タイミング良く戻ってきたシコウが受け取りサインをして、倉庫整理用のロボットが降ろされる。
コムギのロボット”ハコベンリー6型”は車輪の下半身に、アームを装備した物流用で床が平面に近いところのみで使用できる。
人間型ロボットの利点は住環境にフィッティングできることで、高齢人口の多い国では重宝されている。 日本の”木造住宅の階段を物を持って昇降できる”という条件付けロボットは日本再興はきっかけとなったが、美観を重視したノルテのようなタイプは廃れて、今 家庭内にあるロボットは人間サイズの非人間スタイルが主流になっている。
実用性の無い美観重視型はまだ存在しているが、常用を目的にしたものは販売終了しているためノルテシリーズの104が最後のメイドロボと言われている由縁である。
非人間型のハコベンリー6型は入り口からトラックまでの積み込みに特化したロボットなので家庭内に入ることは想定されていない。

シコウはハコベンリー実働手順は事前に把握している。ロボット自体の制御はシコウのほうが詳しいので業者は一度引き上げていった。 作業が終わり次第近くの営業所から別の引き取りがやってくるので、専任オペレーターは雇わずにすむ。

工場内のスキャンを終えたノルテが戻ってくる、プリンターから出力されたシールタグを貼るのは由岐
由岐花が担当している。 ロボットはシールを剥がして貼るのは苦手だ。
機械が処理するなら管理コードだけで十分だが、人間目視も考慮してA-1から番号が振られている。 ノルテは近くからバラバラに番号を貼っていく支持をする。 図面上では並んでいるので由岐花だけでは出来ない作業である。

設置済みロボットによる床の水拭きと換気が終わったところで、作業が開始となる。
作業台にロボットが段ボールを一つづつ持ってきて、由岐花がカッターを使ってシールを開封 中身をシコウが取り出しノルテが両目のカメラアイでスキャンして、型番などのデータも合わせてリスト化していく。

集中力の持続時間に合わせてシコウと由岐花は昼休憩を取った。 シコウは何時間でも没頭できるが由岐花の集中時間は短いので合わせている。
来る途中で買い求めたコンビニ弁当での昼食をとり終えた後、由岐花がオウサマがケージにいないことに気がついた。
「オウサマいなーい」
「オウサマなら奥の方で追いかけているようです」
ノルテが答える
「追いかけている?  ……なにを」
「サイズ的に見てゴキブ……」
「言わんって!」

「由岐花 猫は狩猟動物だあきらめろ 前の時は鼠の死体を持ってきた さすがに悲鳴が出たぞ」
「おっさんの きゃー」
「きゃーはない ぎゃーだ」
「変わんないかわんない 飼い主に献上するとは忠義者の王様ですねえ」
「猫が餌を持ってくるのは保護行為なので、これでも食べなさいと言う意味です」
「ちょいちょい机で仮眠を取っているから、調子悪いと思っているのだろう」

王様が口に何かをくわえて戻ってきた
ノルテの前に加えてきたものを見せる
「きゃー!」 由岐花がおののく
「大丈夫です ヤモリのようです」
「きゃーのきゃー!」
シコウが観察する
「俺やノルテにあげようという訳ではなさそうだな 捕まえたのを見せびらかしたいのかな」
オウサマが(見ろ)とばかりに持ち上げる。
「どうやら、そのようです」
「猫ってヤモリ食べたっけ」
「捕食例は多数報告されています」
「天然の動物性タンパク質だしな 骨ごとかみ砕けても不思議は無い」
「きゃー、野生のオウサマ ここではやめてー!」
「由岐花、残酷に思えるかもしれないが生きものを食べることを責めるんじゃ無いぞ」
「だってぇ」
「シコウさま 寄生虫を体内に入れる可能性はあります」
「そうだな、これは諦めて貰おう ノルテ オウサマの気を引いて」
「分かりました」
ノルテがレーザーポインターを壁に投射して虫のように動かしてみせる。
気がついたオウサマは、ヤモリを放して追いかけていった。
九死に一生を得たヤモリは壁を這い上っていく。
「キモ! きもい!」
「まあまあ、ヤモリの指先は細い毛が沢山あってそれぞれが微弱な吸着力を持つ。重力を無視して壁を移動できる極めて高度なメカニズムだよ」
「知ってる!せん毛(もう)!」
「趾下薄板(しかはくばん)とも言う。ヤモリの観察は機械工学でも良く出てくるぞ 諦めてよく見せてもらいなさい」
「うっへぇ」
由岐花が腕組みしながら壁のヤモリを追いかけていく。

「ヤモリは段ボールを食べる虫も食べてくれるから、オウサマに捕獲されるのは避けたいな」
「説得を試みてみましょうか」
「捕食対象外にするのは可能だと思います」
「出来るなら やってみてくれ」
「了解しました」

ノルテはシコウの元を離れる 工場の奥でしばらくニャーニャーが聞こえて、数分で戻ってきた。
「オウサマはわかった とおっしゃってます」
「どうやって、説得したんだ?」
「あの壁を這う生きものは、シコウ様の食べ物なのでお腹が空いた時以外は捕まえてはいけない とお知らせしました」
「動物相手とはいえ 嘘を教えるのはどうかな」
「シコウ様が、飢餓時にヤモリを食用にする可能性は低くありません」
「……確かに、そうだな」

実際、シコウは紛争地域で移動車が故障してベテランガイドが捕まえてきた蛇などを食べて逃げ延びた経験がある。
「食用飼育の可能性は確かにある」
シコウの会社では伝統的な飼育動物の殺処理道具を扱ったことがあった。
見た目や味で食べて良い悪いを決めることに、三日三晩うなされたこともある。
思わぬところで、シコウはノルテから生命倫理の課題を投げかけられることとなった。

休憩を終えて、作業を再開する。
9割ほどスムーズに片付け由岐花がもう終わりだなと思った時、一つの段ボールでシコウが悩み始めた。
「なに?」
「この箱は知らないな」
「不審物?」
HN1と型番らしきの手描きシールが貼られた箱である。メーカー名も無い
ノルテが検索を試みたが、情報は出てこない。
「開ければ分かるでしょ」
「そうもいかん 外気に触れた瞬間劣化するものもあるし、揮発物質が毒性をもつものもある」
「めんどくさ!」
「ノルテ、音響探査」

ノルテが、段ボール箱の四方からカチっというクリック音を当てる。
「これがトラップボムならもう爆発している」
「物騒なのはやめて」
「段ボールの反射音から中も紙の類いと思われます」
「とりあえず開けてみるか」
シコウがカッターで封じたガムテープをカットする。剥がせば再利用に支障があるのでテープの厚みだけ切れるカッターである。
中にはノートが入っていた
「思い出した 俺の授業ノートだ 高校生の頃だな ただのハイスクールノート
 適当に詰めたので忘れてた」
「へぇー見せてみせて」
「役には立たないと思うが」
「志望校受験合格者のノートは貴重ですよ」
几帳面な文字で記入されているので読みやすい
「ねえ、私に貸して! お宝おたから!」
「それはかまわないが、意味不明の落書きも……あるから……」
 シコウの眼が右に左に泳ぎだした
「適当な書き込みもあるから、止めておいたほうがいいな 10年で内容も変わっている……」
「ほう」

目の前に居るのは察しの良い女子高生とメイドロボ探偵である。

「ノルテちゃん シコウ叔父さんの健康状態をチェック」
「心拍数が上がっています」
「顕著にですか」
「会話前に比べて顕著にです」
「まて、何をしようとしている」
「シイ兄、このノートは見られてもかまわないものですか」
「正確性に欠くから間違った知識を覚えかねないと」
「ノルテちゃん 変化は?」
「動揺が見られます」
「嘘はいけませんなシイ兄 ノルテちゃんノートをスキャン」
「はい 記載内容に関しては現在の高校授業で使われてもおかしくありません
 ですがところどころに 意味不明の記載があります」
「それは、暗号ですね」

シコウの目がさらに泳ぐ。
「正直に話さないと謎を解きますよ さあさあ自白しなさい」
「人聞きの悪い 知らん 落書きに意味を求めるだけ無駄だ 
 暗号というなら解いてみろ」 
ふふんとシコウが鼻で笑う

「ノルテちゃん やっちゃいなさい」
「はい、言語的アルゴリズムに照らし合わせば法則性は日本語の文法です 文字数から見て特定の対象物が見受けられます」
「どうせなら、自分で解け!」
「暇な高校生の戯れ言に付き合いきれません」
「暇じゃない 余暇だ」
「よかの「か」の部分が暇ですぅ」
「解読して読み上げましょうか?」
ノルテが聴く
シコウが固まる。シコウはドラマでよく見る探偵に追い詰められる犯人の心象がよく分かった。
「ノルテ、プライバシーモードによる保護」
「了解しました」
「ふふん、読まれたくないようであることは白状しましたね」
「やっかいなやつだな」
「探偵を甘く見てはいけません ノルテちゃんは情報による思考は出来ても、情報の無い推論は人間の得意技 適当かつアバウトな推理から進めることこそが人間たる由縁」
「そのロジック認識は褒めてやる」
由岐花はノートをめくる
「シイ兄の性格上、勉強と関連付けられない落書きである可能性は低い
 なぜなら 落書きであるならアイデアメモとして活用できるよう付箋に書くからです」
「む!言われてみれば」
ノートにも多数ふせんがはり付けられている
「勉強のモチベーションに関わることですね」
「外れてはいない」
「憧れの相手の勉強具合 ライバルの動向!」
「違うなぁ」
「恋愛対象の女子か男子のメモ!」
シコウの視線がそれたのを由岐花は見逃さない
「さては 恋心を抱いた相手に近づく方法が書かれている!」

「由岐花よ」
「なに?」
「モチベーション勉強法というのはいつの時代でも重要だぞ
 おまえに憧れの相手とか、成功してふさわしい相手になりたいとか無いのか」
「ない!」
「……無いのか」
「いやある。 ……やっぱりない! けどありそう!」
「思春期の女子高生のことなど知らないが、それをノートにメモっておけ
 なんのために 今何をやっているか そのためのポジションは正しいかを考えろ
 俺が暗号化したのは、そういう趣味だ」
「暗号が趣味ねえ まあ参考にはなります」
「想像つくなら プライベートには踏み込むんじゃない」
「渋いなぁしぶしぶ」

シコウはノートを感慨深げに眺めている。
「思い出すために取っておいたノートが、想定通り原点回帰に役に立ったよ」
シコウはノートを段ボールに詰めて再び倉庫の奥へと送っていった。

新たに持ち込んだ最後の箱のラベル付けが終わったタイミングで、”ハコベンリー6型”の回収が来た。 シコウの作業時間の見積もりはトラブル対応も入っていたので予定通りに遅れたことになる。
工場奥に向かってシコウがオウサマを呼ぶ。
しばらくしてあちこち汚れたオウサマが現れた。
「うわ、知らないところで野生のオウサマやってきた気配が」
シコウの見えないところで、鼠と格闘し天敵がいることを示して追い出しに成功したオウサマだが、シコウはその活躍を知らない。
ノルテは見てはいないが音から察している。
ノルテ「ナー(ごくろうさま)」
オウサマ「ナン」
オウサマは自慢げに返事をした。縄張りを守ったことにいたく満足している。
自分からケージに入って、丸くなって寝てしまった。

「さて、帰りに飯食って帰ろうか 由岐花が選んで良いぞ」
「やたー でもオウサマお腹空いてるだろうから、帰ってからでいいや 何か頼も!」

由岐花のやさしい配慮だが、オウサマは”何か”を食べていたので空腹は感じていなかった。
一同は帰路についた。整理プランとしては、ここから処分品を決めていくのだがそれはもう少し先の話である。

ノートの暗号化された部分には、シコウが美術館のイベントで見たノルテ102型アートドロイドの美しさに感銘をうけたことが書かれていた。
高校生のシコウは芸術品と実用品の100型シリーズの開発者にいかに近づくかをずっと考えていたが、進学に伴い感心がテクノロジー再生に向けられていたので、本人もすっかり忘れていたのである。
オウサマのためのアシスタントロボットを探す際、最初にダメ元で104型の中古を探しに行ったのは当然のことだろう。
アートドロイドをあえて実用するためのメリットデメリットメンテナンスは昔から考えていたのだ。

「整理することで、何をやりたいかが分かってくるものだな」
帰りの運転中シコウは由岐花に話しかけたが、由岐花は完全に眠りこけていた
「ノルテは解読できたか?」
「はい、ノルテシリーズを大変褒めていました」
「おまえも、褒めるに値する実用性がある」
「恐れ入ります」

ノルテを稼働状態で利用していることにシコウはささやかな満足感を得ていた。
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