第2話 探偵の誕生

文字数 11,228文字


<グレートウォール-資源的収束>大いなる壁は2050年に提唱された概念である。

各分野にて進化を続けてきたテクノロジーが資源的限界を迎えて、新しいものが生まれなくなることを指す。 
文明という果てしなき旅路の果てに、壁が存在し先に進めなくなるイメージである。

あくまで概念上の存在なので「壁をぶっ壊す」「グレートウォールを飛び越せ」などの威勢の良いキャッチコピーやビジネス記事は多々乱立したが、現場を知る人間にとっては空虚であった。 非効率と言われた海洋深深度発掘も限界に来たからだ。

今なおも続く宇宙開発は文字通りのブレイクスルーを期待させたが、費用対効果が悪すぎて実用化に至らず、仮にビジネスとして成功しても数百年単位であろうという見立てであった。

2050年後半にはどうやら本当に頭打ちらしいと実感するようになって以来、人類は逆に旧世紀の資源化に転じた。

なかなかのたくましさである。

廃棄されるものをレストアして今の法律に合うように作り直し利用する。

懐古主義も主流となり、国または地域ごとに想定年代を条例で決めて観光資源化するようになった。
日本では好みの時代設定の所に人間が移住するために、首都集中問題も解決されて一石二鳥である。
漫画やアニメも地域設定に用いる自治体があるので空想か現実か曖昧になってしまう批判もあったが、どんなにふわふわメルヘンな設定であっても人間の営みは変わらない。
住民投票三分の二以上で決議されたことには文句が言えないのだ。

東京には旧皇居を中心とした江戸区が存在して、ちょんまげ姿の男もいる。
未来から見たら、この時代の遺物は真性江戸時代か回顧江戸時代かで分類されることであろう。
資源が無ければ資源の無い時代を再現するというのは施政のずる賢いやり方である。
貧困層が増えたなら、貧困が多い時代を上手に模倣すれば人間は不思議と適応してしまう。栄養管理上問題なければ粗食にも慣れてしまうのは、遺伝子のなせる技なのかもしれない。

地域条例で決められたと言っても定義は曖昧なので、最新のモードで歩いていたとしてもだれもとがめたりすることは無い。
日本人特有の付和雷同 なんとなく周りに合わせる気質で見事なまでに、曖昧かつなんとなくの認識がまかり通っている。

小説漫画アニメドラマ映画などで個々に生まれた「世界観」という概念はなんとなく良いイメージを持たせて観光客を呼び込むことに成功しているので、この時代に生きる人間は地域コーディネイターあるいは建築美術の職人に深く感謝しなければならない。
都市ごとに一区画、あるいは広域に設定地域が存在するので都市を結ぶ交通網は整備され、日本は観光立国となっている。
21世紀日本は文化を資源としている国なのである


シコウが住むのは東京北区王子である。
文豪推しの文京区が近いのでシコウが、書生風の着流しで歩いてもだれも疑問に思わない。
飛鳥山公園から跨線橋を渡り隅田川の水辺を歩くのはお気に入りの散歩コースである。

シコウは女性型アートドロイド ノルテ105型Aを連れて外を歩いている。
シコウの自宅で起動して以来2週間が経過していた。

ノルテの胸のステータスランプは青から緑、緑から青へと変化していてこれは歩行介助モードを示していた。外出の際にはシコウが靴を履かせ、歩行に不自然さは無いか確認しながらなので実際に歩行介助をしているのはシコウのほうである。
アシスタントロボットはメンテナンスベッドを中心にした半径2キロメートル実行徒歩30分の行動制限が設けられていて、2キロを超える場合は申請が必要となるが、介助目的に限り申請は不要となる。

将来的には、買い物をするなりオウサマを動物病院まで連れて行くなりする必要が出てくる。
地図から地形を理解しているとは言え、ノルテのカメラアイでマッピングしたほうが高低差などは確実である。 歩かせれば歩かせるだけ精度が高くなっていく。

「あら、メイドロボですね」

シコウの自宅から数百メートルのところで老婦人がシコウに声をかける。 以前、荒川の土手で転んでいたところを助けて顔見知りになった よっきゅん(本名)である。
シコウにとっては無駄話の出来る数少ない友人とも言える
ごく近所なので離れたところで合うのは珍しい。

「ええ、中古で安い人型タイプがありましたので仕事の研究もかねまして」
「あら、そうなの おきれいな顔立ちですね」
「アート系を連れ歩くのは酔狂ですからね」

シコウはリテック社という会社に勤めている。
すでにある機械類を再生して実用レベルに戻すレストア会社で、地域全体が少なからず世話になっているので、シコウの北区でのステータスは高い。
貧乏書生風の姿も相まって、お屋敷のメイドを案内する下働きと言った風体なので、高額なロボットを見せびらかしていると言った嫉妬は受けていない。
アシスタントロボットが街中を歩く姿は21世紀なりの風景として喜ばれているのでノルテは方々で歓迎されている。
これは外見価値の高いロボットを地域に提供することで、安全性を高めているシコウの思惑でもある。
未発売の105であることは隠しているので、「衣良田(いらた)のノルテちゃん」「衣良田さんちのマルヨン」「衣良田のゼロヨンさん」が地域でのノルテ105型Aの呼び名になった。

よっきゅんと別れると、近所の小学生が物珍しそうに寄ってきた。
昭和の子供ならロボットロボットと呼びつけて石を投げていただろうが、現代の子供は違法行為を動画に撮られることを嫌がり、ましてやカメラアイに記録されるロボットにちょっかいを出すことは少ない。

「うわーメイドロボメイドロボ えろーい おうちで何やってるのー」

少ない方の小学生もいる。まだ世間のゲンコツとビンタを受けていない子供は恐れを知らない。

「メイドロボのおっぱいもんで良い?」

小学生なりの性欲未満の好奇心をノルテにストレートにぶつけてきた。
シコウはもちろん拒否だが、ここはノルテの対応を見ることにする。

「たとえ物証は残らなくても行為は記録されますから、それは将来あなたの不利益になることがあることを警告します
 おっぱいと称される胸部分には弾力性がありますが、こちらにいる男性のふくらはぎと同じ程度と想定されます 位置的にもみやすいのでこちらの方に相談されてはいかがでしょうか?」

小学生がチラリとシコウを見る。

「駄目に決まっているだろう」

怖い顔のシコウが一層怖い顔でにらみつける。
小学生は一度自分のふくらはぎを揉んで

「いらねえよ、ばーか」

と捨て台詞を残して去って行った。
人間関係の理不尽さをノルテ学ばせるには良い先生であったなとシコウは満足した。

主人であるシコウに会話の矛先を振ってくるのは、ロボットの自律行為としては新しい。
都合の悪いことは話を逸らす対応がいつ生まれたのかは気になったが、少年が女性型ロボットの胸を揉むという姿を作らない方法としては上等だろう とシコウは思った。人目のあるところでもある ノルテは少年の名誉も守っている。

AIが人類に反抗するという危機感は2022年以来に強く持たれてきていたが、都合の悪いことは結論を出さない あわよくば笑いにするという通称<カンサイジンプロトコル>は人類対ロボットの戦いを回避することに莫大な功績を残したのだが、あまり知られてはいない。
殺害危害を加えることは笑えない ここに21世紀後期平和の秘訣があったのだ。

シコウは自分のふくらはぎを揉んでみた
立ったままだと堅いが、外側頭内側頭筋が脚を曲げて緩んだ状態では女性の胸の脂肪に近い手触りがある。嘘ではない
この応答をするロボットを世に出したのは誰だと自問する。

「(半分は俺だな)」

シコウは自分に呆れていた。


帰り道によっきゅんが腰をかがめて車の下を覗いていた。
知らない人間なら猫ちゃん誘拐の犯人扱いをするが、相手は友人のよっきゅんである。

「どうかしました?」
「昨日から、うちのジゴロウが家を飛び出してしまって」

ジゴロウはよっきゅんの飼い猫で、目つきの悪い太ったキジトラ柄である。

「IDチップの行動ログは」
「それがね、反応しないの」

飼い猫は迷った場合すみやかに飼い主に戻せるようIDチップ埋め込みが義務化しているが反応しないこともある。


「ノルテ、周囲目視観察 ターゲットは猫 キジトラ柄 体格は肥満気味」

ノルテが周囲を見回す。人間で言えば視力10.0の解像度で画像認識を行うのでブレインユニットに電力を取られて動きが止まる。
たとえ影に潜んでいてもノルテの視界に入っていれば見つけ出すことは可能だ。

「猫15匹を視認しましたが指定対象外です」
「探して貰って ありがとうね。ジゴロウ爪を出すから心配だわ」

重篤な怪我をさせれば保護前にどこかで殺処分されるということも考えなければならない。
日没まで一緒に探したがジゴロウは見つからなかった。
ノルテの動態センサーと赤外線センサーで引き続き探すことも出来たが、よっきゅんが帰宅して待つことにしたのでシコウ達も、ジゴロウの動画を貰い帰ることになった。

マンションに戻ると昼間は寝ていたオウサマが遊ぶ気満々で待ち構えていた。
帰りが遅かったせいか部屋を走り回って不満を現している。
ノルテが胸のステータスランプから発するレーザーマーカーを追いかけて遊ぶのが、いま一番の遊びで疲れ切るまで走り回すのでシコウは助かっている。

「ナー」

ノルテが猫の鳴き声を発した

「ナー」

オウサマが返答する
しばらくメイドロボと猫はなにか会話めいたことを交わしていた。
胸のランプから映像も投射している

「まるで話しているみたいだ」

シコウはつぶやいた。

「オウサマと話していました」

さて、これはカンサイジンプロトコルなのかと疑ったが、ここはそのまま受け取ってみようとシコウは思った。

「オウサマに何か聞いた?」
「ジゴロウを知らないかと」
「家猫のオウサマには外の様子は分からないだろう」
「そうでもありません、猫の視力で外を観察しています
 屋外に放ったとしても安全な場所から観察するので同じです」
「そうか、ジゴロウという名前は分からないだろう」
「はい、ジゴロウは (ムゥルーー)です」
「たしかにジゴロウの鳴き声だ」

シコウには信じがたいことだったが、この時にオウサマとノルテが会話したというのは、ロボット開発史に残る一大事であった。

「(これが本当に会話だとしたら、ノルテのブレインユニットは取り上げられてしまう ここは本当でも黙っていよう)」

介護ロボットは対象者の発声できない声からも意図を読み取ることが出来る。
音程音量タイミングなどヒントは豊富にある。
猫は認識対象外だが、ノルテはオウサマ用に特化しているため意図を理解するようシコウが特別に設定してある。
非言語認識が動物に使われた実験は過去にいくつもあったが、介護用解析から動物と会話を成功させたのは世界初である。
実用ロボットを独自のプログラムで動かすことは違法である。
ノルテは研究用として申請済みだが想定外の反応を示した時は届け出が必要となる。
問題はどこからその行動を発したかの解析なので提出すれば数年は戻ってこない可能性もある。
やっかいなことになるなとシコウは思ったが、今はジゴロウの行方をたどる方が先決である。

「2回の餌の前に見たと言っています」

2回前というと一昨日のことだろうか シコウに新たなる情報が入ってきて脳内が処理で大渋滞している。 
オウサマが数を認識していることも驚きであったが、動物は複数獲物を追う時に数は認識する 「1.2.沢山」 「1.2.3.4.沢山」 といった具合である。
オウサマが 2 を把握していてもおかしくはないが2回餌を食べる前と意思表示したことは重大である。 これを機に知性化を始めたりはしないだろうか。 

「ナー」

オウサマは唐突に自分の尻尾を追いかけて遊び始めたので、知性化するのはまだ先だなとシコウは考えた。

「(ジゴロウが家からいなくなったのは昨日なので、一昨日に見たと言うことはよっきゅんさんの家には一度は自力で戻ったと言うことだ。
外に出さない家猫でも匂いがあれば帰宅率が高いらしい。
よっきゅん宅はフラワーショップなので、渾然とした花の香りをたどって帰ることは可能だろう)」

自宅で待機しているほうが発見の可能性が高い。ジゴロウ発見は後回しで良いとしてシコウは先ほどの情報に戻ることにした。
ノルテの作動優先は、オウサマの健康管理なので鳴き声から状態を把握したとしても不思議はない。 猫と話すことは禁じていないので人間同様音声コミュニケーションを試みていたことも分かった。

外国語を学ぶ基本は単語の意味を知ることである。 言葉の形式にこだわらず目と耳で知っている単語を増やせば自然と会話は出来るようになる。

ノルテ「(ムゥルーー)(ムゥルーー)」 ※ジゴロウ
オウサマ「ナー」※理解した
ノルテ「(ムゥルーー ↑)」※ジゴロウは?
オウサマ「(餌)(餌)(ムァアー)」※2回餌の前にジゴロウを知っている
これを人間向きに翻訳したのがノルテの画期的な行動であった。

ノルテのログから、猫が人間語で思考しているのでは無く意訳的言語化しているのがわかりほっとしたが、高度な会話能力を持つイルカやクジラやゴリラならさらに精度の高い会話が可能となるかもしれない。あくまで意訳なので、会話と言うより意思疎通のやや上等と言った感じである。
シコウは会話に興味がわいてきた。

「ノルテ オウサマは俺のことをどう思っているか聴いてくれ」
「はい シコウ様」

ノルテ「(指さす) シコウサマ シコウサマ」
オウサマ「ナ」※わかっている
ノルテ「シコウサマ(首をかしげる)」
オウサマ「ナー(立ち去る)」

「なんという答えだ?」
「大きな動物 今日は餌をくれない」
「まあ、猫の脳なら短期記憶ではそんなところだろうな」

オウサマの塩対応にがっかりはしたが画期的な発見があった日である。
シコウは過去の動物翻訳装置を調べた。
音程から感情分別して、「僕嬉しい」「怒っている」「ご飯欲しい」などに当てはめたものなので翻訳機に頼らなくても分かる程度のものだ。

「万一、提出を求められた時のために コピー用のノルテ104ブレインユニットでも調達するか」

初期化済みの104ブレインユニットはいくつか出てきたが、高い値段なので提出は後回しにすることにした。
今日の会話に至るまでの推測とログだけでも当面十分なはずだ。
ノルテがシコウの部屋に来て以来、仕事以外のワークは増える一方であった。


翌朝 よっきゅんにジゴロウが戻っていないかテキストメッセージで聴いてみたがまだだという。

「シコウ様 提案があります」

シコウはジゴロウ探索をキャンセルしていないことを思い出した。
アシスタントロボットは課題解決に繋がることは提案を行うことが出来る。

「オウサマを外出させても良いでしょうか」
「オウサマを? 猫はパニックで走り出したら戻れなくなるから駄目だな(ましてやビビりのオウサマだ)」
「私が常時位置補足し続けますので 捕獲は保証できます」
「保証できると言うのは言い過ぎの気がするが」
「オウサマにも捜索に参加して貰えます」

考えてみれば、オウサマが今後家を飛び出さないとは限らない
ジゴロウのように突如出て行ってしまうこともある 監視の下で外に連れ出して慣らしておくのも悪くない、周囲の猫と仲良くなれば万一の生存も期待できる。
オウサマに埋め込まれているIDで捜索できるかの試験も必要だ。
アシスタントロボットには表向きは自分がはぐれたときのため、本当は徘徊老人を探す捜索能力がある。 軍事転用も可能な技術だが猫が探せるかには興味がある。

「うん…… だが、オウサマが出たがらないのなら無理だな」

ノルテはオウサマを見る

ノルテ「ナ(指を外に指す)」※行きたいか
オウサマ「……(動くものが沢山ある) ニャ」※出たい
ノルテ「(部屋をぐるりと指さす)ナーウ」※ここを覚えろ

ノルテは同じ行動を繰り返す

オウサマ「(周りの匂いを嗅ぎ出す)」※分かった

ノルテ「ナー(指を外に指す)」※行きたいか
オウサマ「フナ」

「出たいそうです」

いまのは動画に撮っておくべきであったとシコウは思った。いずれ異星人とコミュニケーションが必要になったら参考にされるであろう動画だ。

外に出そうとクローゼットから猫キャリーのケースを取り出した途端 オウサマは一目散に逃げ出した。一番安全だと思われるシコウのベッドの下奥に逃げ込む。

オウサマ「ンワーオゥ」※アレが出た 怖い怖い

猫にとってキャリーケースほどトラウマなものはない 注射を打たれるのみならず、オスのシコウは去勢手術まで受けさせられている。

「オウサマ怖がっています 虐待ですか」
「ノルテ、これは正当な医療行為により感じた恐怖なので虐待ではない
 おまえもこのキャリーケースを取り出したら同じ扱いを受ける」
「……学習しました ケース無しで外に出しても問題はありません」

それは逃げられたことがノルテはまだ未学習だからだとシコウは考えたが、、断定返答してきたことは聞き逃せない。

「だが、出てこないなら仕方ないな」

「ナーウ ナーウ」ノルテが鳴き声いや猫語を発した。
シコウが意外だったのは思いのほかすんなりとオウサマがベッドの下から出てきたことだ。

「(人間の言葉で呼ぶより猫語の方が安心するのは当然か)」

シコウは自分でも猫風の発声をしたらコミュニケーションは取れるのでは無いかと思ったが、低い声のシコウでは、ノルテの発する音程差を正確に表現するのは無理そうだと判断した。

首では無くハーネス状のリードがあるのでつけようかと考えたが、オウサマはノルテの腕に素直に乗ってきた。胸のおっぱい いや弾力構造は猫にも分かる安心感を与えているのか、ノルテの腕に飛び乗る回数は増えている。


シコウとノルテとオウサマが、集合住宅のエントランスを外に出た。
キャリーケースからでは無く直に見る外の風景にオウサマはキョロキョロと周囲を見回している。
建物のエントランスを出た瞬間に、オウサマは飛び降りて茂みに駆けていった。

「ほら、いわんこっちゃない」

シコウは念のため強力猫誘引物質ネコチューを、ポケットに忍ばしているので焦りは少ないが、このまま今生の別れになる可能性もなくも無いと思った。
ノルテはオウサマの行動を追っている。 
短距離では素早い猫も広めの共有庭ではすぐに疲れて茂みを見たり 動く昆虫を追いかけたりしている。

「ナーウ オウサマ オウサマ」

ノルテの呼びかけに気がついたオウサマはもっどてきて、またノルテに抱えられた体勢に戻る。

「(外出時のベースキャンプみたいなものだと認識しているのだろうか)」

猫とノルテの胸をじっくりと見ているシコウは端から見れば怪しいお兄さんである。
ノルテの呼びかけに応じることは分かったので、時折ノルテから降りて外で遊び始めるオウサマの好きにさせることにした。

「俺が連れ出したなら、オウサマ戻ってこないだろうな」
「シコウ様 正しい認識です」

オウサマは、餌をくれて寝ている間は動かない方が好きなのだ。

よっきゅん宅はシコウのマンションより20メートル先にある鉄筋ビルで、貸している店舗部分と老夫婦が暮らす住居部分に分かれている。
ジゴロウは戻ってはいなかった。

オウサマの写真と動画は見せてあるが実物を見るのが初めてなよっきゅんが、なでようと手を出したがビビりの本領を発揮して老婦人にもオウサマはおびえている。

「爪を出さないだけでもえらいぞ オウサマ」
ノルテ「オウサマ ナーオゥ」※これは怖くない
オウサマ「ナー」※そう?
「あら ノルテちゃんとお話しできるみたいねえ」
「たまたまそう見えるだけですよ」

動物との会話は誤解を招きかねないのでシコウは黙っていた。
ノルテもシコウの表情から、訂正の必要はないと判別した
ノルテも意思疎通は出来ているが、言語会話しているかどうかまでは判断できていない。

よっきゅんに一度別れを告げてシコウ達は道ばたで作戦会議である。
ジゴロウの最近の画像も転送して貰った。

ノルテ「(ムゥルーー ↑)」※ジゴロウは?

オウサマは匂いを嗅いだり動くものを目で追ったりで忙しい。
シコウは当然という顔で眺めていた。

「(オウサマが探索任務を理解して出てきたとも思えない
 昨日ジゴロウを問われたことも忘れているだろう
 ノルテ、おまえの判断は猫という容姿特化の都市型野生動物には通用しない
 猫は動物なのだ
 関連付けて行動したのは良いが、今日は出来ないことをノルテは学ぶといい)」

シコウが想定通りのオウサマに満足していると、オウサマは飛び降りて歩き始めた。

「どこへいくオウサマ」
「シコウ様、オウサマは案内をしています」

本当に捜索に参加しているのか半信半疑だが、オウサマがロボットカーにひかれたりノルテが転ぶほうも心配である。猫とロボットの後をシコウが付いていく。
どう考えても私有地の裏路地に入ったところで追跡を断念して、ノルテにオウサマを呼び戻させる。

「シコウ様、近くにおねこスポットがあります」

SNSでは猫だまりポイントを常時撮影して配信していることがあるので、マップに”猫たまり場”が作られていることも多い。
近隣のねこのたまり場スポットにジゴロウがいても不思議ではない。

「いけるのか?」
「私有地ですが通行可区分です」

私道を区に舗装して貰う代わりに、通行可として提供することがある。
ビルの裏ルートでも搬入に必要な場合などは誰でも通ることが出来るのだ。

住居ビルの間に日だまりのあるスポットがあった。
たまたま白いビルに囲まれているせいか明るく、放棄されたボックスなどもあるため猫にとっては隠れやすい好都合のスポットである。

「猫は16匹います」

シコウには6匹程度にしか見えないが、よく目をこらせば保護色になった3匹までは見つけられた。
キジ二毛のボス猫がオウサマをフシャーと威嚇するが、ノルテに抱かれているので襲いかかっては来ない。 他の猫はフェロモン臭を出さないオウサマには興味ないようだ。

「ジゴロウはいません」
「そうか」
「聴いてみましょう」

ノルテ「ナー」

いきなり猫語を発したノルテに猫たちは一斉に振り向いた
ノルテを大きな目で凝視している。

ノルテ「ナーウ ナーウ」

今度は母猫があやすような猫語である。
オウサマの保護者として挨拶に来た という体(てい)である。
猫たちは取り乱すこともなく、好奇心旺盛な猫はノルテに近づいて匂いを嗅いでいる。

ノルテはアクセスランプからレーザーを投射して白壁にジゴロウを映し出した。

ノルテ「(ムゥルーー ↑)」

猫は視覚で獲物を補足する。動かないジゴロウの写真には反応を示さないが何匹かはそれでもじっと見ている。

「心当たりがあるのか」

何匹かの猫の視線が動いた。シコウは分からなかったがノルテのカメラアイは同時に動きを捉えていた。 何匹はシコウが来た道 何匹かは違う道である。

「こちらです」

オウサマを抱えたノルテは歩き始めた。
猫の脳に残った記憶のわずかな断片から、消えたジゴロウの行方を追っている。

「(介護のコミュニケーション機能が、優秀なペット探偵を生んだのは驚きだ)」

シコウは昨日から感心してばかりである。

行く手は工事の保護壁に遮られていた。
シコウ達にこの奥に入る権限はない 行き止まりである。
ジゴロウが敷地内に入ったのなら、出てくるのを待つしかない。

「ジゴロウ ジゴロウ!」

ノルテはサンプリングしたよっきゅんの声で呼んだ。
返事は聞こえない。出てくる気配もない。

「残念だがここまでだ、諦めよう」

シコウが引き返そうとしたときに、オウサマが壁を見つめていた。

「ノルテ、聞こえるか?」
「ジゴロウ ジゴロウ!」

再びノルテはよっきゅんの声で呼んだ。
返事はない。 だがノルテとオウサマは同じ方向を見ている。
ここは賭けてみるしかない。
シコウは工事の保護壁に書かれた電話番号に電話した。
担当者に猫が迷い込んだらしいので入れて貰えないかと交渉してみる。
工事現場に保安設備のない人間を入れることはない。
ましてやクレーンや重機を停めて猫捜索に協力してくれる可能性は低くやはり断られた。

シコウはあまり使いたくはないが最後の手段を執ることにした。

「リテック社の衣良田志功と言います。 CEOの武田さんに繋いでいただけますか」

上の立場の人間に直電話する飛び道具である。
シコウは、この建設会社最高経営責任者の思い出の品、親に粉々にされたスマートフォンをシコウは再生したことがある。 
その時に今後どういう時でもお役に立ちますという言質は取っている。 
東京都内の会社であれば大なり小なりリテック社は恩を売っているのだ。
「猫の捜索を動画に撮れば、中止時間の損失以上に広告効果が見込めます」とシコウが説得したので交渉は成立30分のみでまとまった。

迎えに来た現場責任者に嫌な顔をされるとシコウは覚悟していたが、社長命令で何もしていなくてもギャラは払われるため、笑顔で入れて貰った。
くわえて、猫を抱いたアートドロイドがいたく現場の作業員の興味を引き、撮影会になってしまった。

「外観価値が高いのも考え物だ」

工事現場の人間にもアートドロイドを置く住宅に住むことは不可能ではない夢だ。

「メイドロボ いやいやホーム用アートドロイドは滅多に見れませんからねえ」

改めてジゴロウ捜索を再開する 時間は20分しかない。

もう一度よっきゅんの声でジゴロウを呼ぶ。
今度はノルテが探知したらしい。

「金属の棒を貸してほしいです」

オウサマをシコウがあずかり、
ノルテがリクエストした鉄パイプを受け取ると、鉄骨の主柱をコンと一回叩いた。
反響音をノルテが聴いている。
精査したノルテは地下に埋没している免震ピットを指さした。
陽が当たらず暗い。 作業員がライトを当てたが何も見えない。

「ジゴロウ ジゴロウ」

「ナー」

今度はかすかな鳴き声が誰にでも聞こえた。

「おい夜間照明持って来い」

バルーン状の夜間照明が持ち込まれると、底の方にジゴロウがいた

「いた」「いたよ」「本当にいたよ」
「あー地下ピットに落ちたら出られないよ」 

シコウはIDチップが反応しなかったのは無人重機の信号のせいだと判断した。
ジゴロウの行動ログが途中で消えていたのは、再取得前に工事現場に入ってしまったためだろう。
無人重機を外部から持ち出されないように、夜間は信号遮蔽されている。

ジゴロウが鳴きつづけたとしても免震ゴムで吸収されるので気づかれにくい。
翌日にはコンクリートを再度流し込むところだったので、永遠に分からなくなるところであった。

ハーネスをつけた作業員が地下まで降りて、ジゴロウは救出された。
一旦保護された作業プレハブ棟によっきゅんが来た時には、ジゴロウはオウサマと一緒にネコチューをペロペロとなめていた。

帰り道 疲れたおオウサマはノルテの腕の中で寝ていた。
シコウがなでても触られたままなので、かなりの熟睡である。

「ノルテはペット探偵が出来るな」
「オウサマがいないと無理です オウサマは優秀なハンターです」

なるほど、オウサマは指定された獲物と思ってジゴロウを追っていたのか。
シコウは合点がいった。
ノルテが提示した獲物を、狩りの先輩として探していたのだ。
猫とメイドロボの探偵は話題になりそうだが、ここだけのことにしておこう
そう思い帰路についた。


二日後 シコウの元には取材が殺到していた。
建設会社が心温まるエピソードとして公開して、盛大に拡散されたのだ。
そうした方が良いと言ったのは自分なので、シコウには止められない。

あわせてよっきゅんの口から、ジゴロウ捜索の話が誇張して伝わりノルテは王子駅周辺の名物になってしまった。

幸いにしてシコウのノルテが105型と気がついた人間はいなかった。
対応に追われながらもそれだけがシコウの救いであった。

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