第5話 クリスマスのおはなし

文字数 9,364文字


いつものように学校帰りの女子高生、衣良田由岐花(ゆきか)は叔父であるシコウの部屋に来て、オウサマと遊んでいた。
学業をおろそかにしているわけではない。
進路に対する不安やら何やらがピークに達したとき、シコウのマンションを訪れて好き放題して精神のバランスを取るので彼女にとってこれはセラピーである。
他人を気にせず、美味しいものがあって、メイドロボがいて、猫と遊び放題の特別な場所なので、手放す気は無い。
冷蔵庫の奥に隠された白い箱からとっておきを発見して、ペロリと片付けたところでノルテが話しかけてきた。

「由岐花様 シコウ様より伝言があります」
「なぁに ノルテ」
「”おまえが今片付けた シュトーレンのカロリーを教えてやろう。
 店長特別あしらえで2200キロカロリーだ 女子高生よ 震えて眠れ” とのことです」
「ぐげっ!」
「由岐花様 冷蔵庫にあるものはシコウ様も楽しみにされていますので これは無遠慮に対する復讐かと」
「かわいい姪に罠を仕掛けるとは、さすが般若顔しているだけあるな!」
「容姿は関係ないと思われます」
「ノルテ、助けてよぅ」
「吸収される前に排出というのはいかがでしょうか?
 下剤に相当するレシピ、嘔吐剤に相当するレシピをお知らせしましょうか?」
「それはケーキ職人に失礼だから却下」
「断食ではいかがでしょうか 日中は食べないだけでも充分です」
「わが父がランチに持たせてくれる玉子サンドが絶品なのです ノルテさん
 あれ無しでは生きていけません」
「新しい情報です 記憶しました
運動によって消費する場合、フォットネスバイク2.5時間で1000キロカロリーです」
「うぬぬぬ シイ兄め」
「トレーニングウェアをお出ししましょう」

由岐花は家族間でなにかあると、シコウのマンションの客間に居候するので、着替え一式は揃っている。

3時間後

由岐花が、フィットネスバイクをこぎ疲れヒラメのようにぺったりと床に倒れているところにシコウが帰宅してきた。

「由岐花君、シュトーレンとは薄く切って少しずつ食すものだ 上白糖を甘く見てはいけないよ」
「美味しいのが悪い」
「店長に伝えておこう、我慢しきれずに一気に全部喰ったと」
「やめて でもナッツの香ばしさが悪魔的だと伝えて」
「分かった」

「最近、うちに来ることが多いな」
「ノルテちゃんとオウサマがいるから」
「それだけではなかろう ノルテ 由岐花の行動を推察しろ」
「はい、シコウ様
 由岐花様はクリスマスと恋人という単語に対する反応が増えています」
「しまった、ノルテはメイドロボ探偵だった!」
「なるほど、クリスマスに予定がないので はしゃいでいる友達にふてくされてここに来たと」
「違いまーす ちがいまーす 今日は仕事のお話でーす」
「なんだ」
「シコウ叔父さんはクリスマスの予定はありますか」
「あるといえばある 無いと言えば無い」
「どっちですか?」
「22日の土曜日から冬期休暇に入るが、クリスマスというのはイベントがらみのトラブルが多い うちの会社でもだいたい緊急案件で呼び出されるので誰もいなければ、俺が行くことになる」
「恋人と過ごすとかは?」
「約束事が出来ない相手と付き合いたいかね 由岐花君」
「却下」
「そういうことだ、緊急事態は個人の約束よりも先んずるのだ」
「城ヶ島先生とかどうですか あの天然ぶりならすっぽかされてもああ、そうですか~で怒らないと思います」
「連絡先を教えていない相手から誘いがあったら、古今東西ストーカーに思われるだろう」
「そうねー、それもそうねー」
「おまえはどうなんだ、 相手がいなければ市部安君でも誘ってみろ。彼は的確な質問をしてくるから将来有望だぞ」
「市部安、市部安ねえ」
「彼は彼でモテそうだからな」
「ないない なぜなら市部安も没頭して約束忘れるやつだから」
「理工系学生にありがちだな 日がなギアを磨いているタイプだ」
「予定がないなら好都合です
 クリスマスパーティの余興にノルテちゃん出演の依頼が来てます」
「どうせ、セレブのペット語を翻訳しろとか言う内容だろう 断れ」
「それがねー、ギャラが良いんですよー 叔父様
 ノルテちゃんのマネージメント窓口依頼する以上、事務所も稼ぎがないとですねぇ」
「むむ、
 それは……やむを得ないな」
「そんなわけで スケジュール空けよろしくー」

由岐花はシャワーを浴びて客室で寝入ってしまった。

しばらくして由岐花の父、羽場遠矢(はばとうや)が迎えに来た。
だらしなく寝ている娘を見て呆れている。

「すまない志功君、由岐花が迷惑をかけている」
「いや、小さい頃からですから慣れですよ 慣れ」
「最近は、家で会話することもなくてね
 迎えに来たときに車の中でわずかに話すぐらいだよ」
「もしかしたら、由岐花もそう思っているかもしれませんよ
 思春期になると、父親なんて邪魔くさいだけですがどこか頼りたいところもある
 話すきっかけは欲しい」
「微妙な年頃だな 嫌われてなければ良いが」

「よろしいですか」
ノルテが会話に入ってきた。

「由岐花様は遠矢様の作られるサンドイッチを楽しみにしておられるようです」
「そうか 言ってくれれば良いのに」
「思春期は家族には心を閉ざす傾向にあるようです」
「そのはけ口がうちに来ているようだが容認しよう」
 義兄さん、芽理江姉さんによろしく」

車を見送ったシコウは、家族というものに憧れがある自分に気がついた。
思春期の子供の面倒くささは間接的にお見舞いされているので、意外となんとかなるのかもしれないと思った。


12月25日 クリスマスの日。
東京芝にあるイベントガーデンのあるホテルはペット連れで賑わっていた。

ホテルにシコウ達がタクシーで乗り付けた。
ノルテは、いつものメイド然とした衣装ではなく、デザイナーである二番目の姉ヤイカに特注したドレスを着ている。 家族割引があったとはいえシコウに入る出演ギャラはすべて姉の工房に使われたので 実質ただ働きのようなものだとシコウは思ったが、姉の仕事ぶりを披露する場として申し分が無い。
シコウは黒のスーツ。由岐花も未成年らしい膝丈スカートのフォーマルドレスでついて来ている。

後から来たタクシーから、仕立ての良いスーツを着た少年が降りてきた。

「市部安君 良く来てくれた」
「ええ、市部安!市部安なの!」

由岐花の同級生である市部安ヒロシだが、目の前にいる少年はすらりとライン強調された服を着て、セットされた髪型から少年俳優のようである。
由岐花はあまりの変わりように目を丸くしている。

「志功さん、アルバイトのお話ありがとうございます」
「こちらこそ助かるよ」
「シイ兄どういうこと?」
「うむ、用事があるので俺はここを離れる。 市部安君には技術保全者として付いて貰うので、万が一ノルテの動作不良があった場合は彼に再起動までやって貰う」

シコウは市部安ヒロシには、ノルテが本来市場に出ていない105型Aであることを話している。由岐花を信用していないわけではないが機械トラブルは男手のあった方が安心できる。

「本当に市部安?」
「ヤイカ姉にノルテのドレスを頼むついでに、市部安君のセットも頼んでおいた さすが我が姉、いい男に仕立てる腕は抜かりがない」
「いやぁ、そんな」
「市部安…… 写真撮っていい?」
「いいですけど、恥ずかしいからやだなぁ」
「どっちだ こんな珍獣、いやイケメン市部安は拡散しなくては」
「駄目です 由岐花さんだけなら許可します」
「ちぇー」
文句を言いつつ、由岐花はイケメン市部安の写真を撮りまくった。

「では、俺はここで失礼するので、ノルテのアテンドはよろしく。管理権限は由岐花に委譲しているので問題は無い では」

シコウはタクシーに乗って出て行ってしまった。
取り残された由岐花は動揺しつつも、一人でノルテのマネージャー業を務めなければならない。
「心配しなくても、ノルテさんなら大丈夫ですよ」

市部安は実働するノルテが近くで見られることが嬉しくて、陽気になっている
(中身が市部安でもいないよりはマシか)と由岐花は同級生を少しばかり心強く思った。


東京雑司ヶ谷にある霊園。
タクシーから降りたシコウが向かった先には、すでに8人の男女がいた。
一人は経済産業省の官僚、一人は企業のCEO、遠巻きにボディガードが待機するような人間達ばかりである。
「おや、衣良田君 今年は来たね」
「すみません、今年は用事を押しつけることが出来ました」
「君のアートドロイド 評判を知っているよ」
「自作許可は出ているのですが、批判も多くて」
「いつの時代も新技術とはそういうものだ」

老婦人が墓石に花を置く。
「先生が亡くなられて20年 あっという間ですね」
「世間が浮かれている時に亡くなるのだから、最期はお人が悪い」
会した人間達が笑った。 そこには不謹慎さは無く故人への思慕だけがある。

墓石は大きくはない 飯舘家の墓とある。
その脇に 飯舘憲勇眠る と書かれた御影石がひっそりと立っている。
故人に怒られないよう目立たなく作られてはいるが、よく見ると表面には基盤柄が確認できる。

衣良田志功の恩人でもある理工学者、飯舘憲勇(いいたてけんゆう)の墓である。

飯舘憲勇がロボットに関わる特許を開放したおかげで企業に独占されず10年は普及が早まったと言われている。
晩年学長を務めた大学で学んだ学生たちが、死後顕彰のために飯舘の名を冠した基金を作り理工学生に進学研究の道を与えている。

シコウは飯館憲勇が小学生に講演に来た姿を一度しか見ていないので、教え子達ほどの面識はない。

だが中学生の頃父親が精神を病み”大人引きこもり”となって家庭が困窮した頃に、飯舘基金の援助で進学大学を出ることが出来てたので、多大な恩がある。
シコウは今では基金を扱う飯舘財団に員外理事として参加している。若手の雑用係と言った立ち位置だが飯舘憲勇の人となりの話を聞くことを楽しみにしている。


墓参に集まった男女は、最寄りの貸し切りした喫茶店へと移動した。
全員が財団の理事で墓参と供に、年一回の報告会が行われている。

資産管理をしている会計から、財団資産の管理報告があった。
飯舘憲勇は生涯において財もなく大学の給金のみで暮らしていたが、死後につぎつぎと おそらくは本人も知らぬままだったであろう資産が見つかり、遺族の意向で管理団体が作られたのである。
無駄に金があって運用に困るというのは故人も嫌がるであろうと、運用資産は困窮学生の救済のために使われている。
理事達も形ばかりの報酬しか受け取っていない。

「2075年は二人ほど奨学金対象になります 故人の人柄を鑑みて条件を満たしていれば誰でもチャンスがあるようにとランダムで選出しましたが……」

担当者が言いよどむ。

「どうしたのかね」
「一人が犯罪歴がありまして、基金管理者としては推挙してもいいのか判断しかねるので、この場で評決をいただきたいと思います」
モニター代わりの壁に資料が映し出された。
狭間ケッソウ 14歳 両親は離婚 保護者の父親は無職 言われるがままに違法ツールを扱うようになり、13歳での逮捕歴がある。

「未成年での逮捕歴とはどういうことだ 刑法第41条では14歳以上からだろう」
「継続性が有り悪質なため、未成年逮捕となったようです」
「現在は児童保護施設にいますが、定期的に問題行動を起こしているようで」
「我々も、馬鹿ではないので偏見で扱うことはない 環境が将来の有望性を何ら毀損しないようにとは思っているが、継続性があるとなると別だ」
「金銭的な詐欺は被害者がいないようで、実のところ社会システム自体が脅かされている。社会からの保護に飽き足らず強欲さが生み出した結果だとすれば、彼を救うのは飯舘先生の財団ではないと思うのだが」

こと公平性となると一家言ある人間が集まっているのでなかなか話が終わらない。
戦後の少年犯罪史へと話は大きくなっていく。

日は暮れかけている。シコウは時計を盗み見て、これはまだ2.3時間は続くと諦めの境地に入った。外で待っているボディガードはさぞや冷えているだろうと心配にもなる。 
オウサマの餌は自動給餌器でなんとかなるとして、夜まで一匹でも大丈夫だろうかと、以前にはない心配をしていた。ノルテと由岐花はまあなんとかなるだろう。

「せっかくだ 衣良田君の意見も聞こう」
いきなり振られてきたので、シコウはこの期を逃さないことにした。
「お話ごもっともですが、まずは一息つけて各々で一旦考えを整理をしましょう 外でお待ちのボディガードの方に差し入れをするのはどうでしょうか」

シコウの提案で、一旦小休止となった。
シコウにはボディーガード達から感謝の手刀が送られた。

再度お茶と茶菓子が配られて、議論は後半戦となったがシコウは一刻も早く帰りたいというのが本音であった。

「衣良田志功と申します この財団からの基金を受けて学ばせて貰った者で、飯舘憲勇先生と直接お話ししたことはありません
直接の薫陶を受けた皆様の前ではお恥ずかしい限りですが、若輩なりに飯舘先生のことを後追いで学ばせていただいたところ、このような場合なら”かまわずチャンスをあげなさい”と言うような気がしてなりません。
この先、彼はまた犯罪に走るかもしれません、善意を軽んじるかもしれません。
でもそれは彼の人生で彼が決めることです。
私は没後に飯舘先生のおおらかさを知り感謝と供にファンになりました。
多分、今の境遇で支援するしないは無いかと思います
皆様がお知りの飯舘先生ならどうお考えと思われますでしょうか」

理事達はお互い顔を合わせてうなっていた。
シコウが知っている人となりというのはインタビュー映像や出演動画による”表向きの飯館先生”なので、実像がそうでない場合は、さらに紛糾の種をまいたことになる。

理事会の終了時間が規定されていない以上、理事過半数で決定するしか策は無いがともかく現職を離れて暇な話したがりが多い。 最悪夜12時を過ぎることも覚悟しなければならない。

「そうだな、飯舘先生は一度出した財布は引っ込めないタイプだったな」
「どんなにお金がなくても、自分が払うの一点張りだったからねえ」
「先生はひっこめはしないか」

シコウが知らないエピソードにより、理事会は狭間ケッソウともう一名の基金援助を決めてようやく会はお開きとなった。

タクシーを待つ間、シコウは一人に声をかけられた。八田重工の名誉会長八田信紀である。
「いやぁ、衣良田君がいて良かった 今日は長引きそうな話だったからね」
「恐縮です」
「君は聴いたことがあるかな、
 先生はよく言っていたよ
”技術者は、情熱と誇り、電気のような人情を持って進め”とね」
「”電気のような人情”ですか?」
「教え子でも解釈に意見はあるよ 今日はね 君の思う飯舘先生像に電気のような人情を見たよ 
消えたと思ってもパっと照らしてくれるのが電気だ 
先生なら人情でそう言うな と気づきわしの心も明るくなった 
君は使ってないバッテリーにもう一回、線を繋いだのだよ」

シコウはもう一度だけ直接見た飯舘憲勇を思い出した。
自分からは飯舘先生に些細な電流しか発していなくても、先生からは大きな電力を貰っているような気がした。 その力で今は動いている。

「せっかくだ付き合いたまえ 飲みに行こう」

一番聴きたくない台詞を聞いた

「きょうは家で猫が待っていると思いますので」
「いや、猫も厳しくしなければならん! 甘やかしてはいけない これは訓練だ」

甘やかしてはいけない論に、反論する言葉を持たないシコウは、料亭に付き合わされることとなった。


シコウのマンションは日暮れと供に自動でカーテンが閉まっていた。

同時に室内のライトが点灯されるのでオウサマは暗がりに取り残されたわけではない。
夜は狩猟本能が刺激されるのか、獲物がいるわけでもないが右へ左へ高いところへと蹴散らかして駆け回ったりするぐらいしかとりあえずやる事がない。

猫の頭でも異変には気がついていた。 ごはんをくれる大きなものがふたつともいない。
その他のおやつをくれたりするものもいない。

テーブルの上に乗ると大きなものがとんでくるので飛び乗ってみた。
それでも来ない。

前は誰もいない時は寝ていればそのうち戻ってきたのだが、今日は寝ても戻ってこない。
キッチンからさらさらと音がして、カリカリ餌が皿に落ちてきた。
(ごはんだごはんだ)ダッシュで駆けてゆき皿にあるフードを平らげる。
空腹が癒やされたので次は水を飲み渇きを癒やす。
まだ食べ物はあるようだ。
空腹の不安がなくなったので眠くなってきた。
寝ているうちにおおきなものはまたここに来るだろう。
丸めた体の尻尾が鼻をくすぐって煩わしかったが、睡魔のほうが勝っていた。


目が覚めた。
ナー(誰かいないか)
返事がない
ミャーミャー(誰かいないの?)
もっと大きな声を出してみるが返事がない。

またおなかが空いたらどうなるだろう。狩りはできるだろうか。
食べ物はどこかにある だから狩らなければならない
走り回ってキッチンまで行ったり来たりする。
食べ物の場所はわかるが先に進めない
爪を立ててみるが滑るだけで戸に引っかかりがない
ナーナーと鳴いているうちに疲れてきてしまった。
(そうだ)
オウサマはひらめいた。高いところに置いてあるものを落とすと大きな音がする。
大きな音がしたら、どこにいても必ず気がつくに違いない
これは試してみる価値のあるチャレンジだと、オウサマはお尻をフリフリして高く飛び上がるための力を蓄えた。

さあ飛びかかろうとした時にタイヤの音がした。

カタンカタンと聴き馴染みのある大きな音がした。
(あの大きなものだ ごはんをくれて遊んでもくれる あの大きなものだ)
オウサマはダッシュで玄関へと向かった。
ドアの外で声がする
「(いやー今日は大騒ぎだったねー)」
「(あんなことになるとはねー)」
「(市部安よっていきなよー おつかれさま会やろー)」
「(さすがに遅いから 良いです)」
「(由岐花様 市部安さんのご家族の方もお待ちですよ)」
「(そっか じゃあ 来年また学校でねー)」

ミャーミャーミャー(ここにいるよ!)

「(ああ、オウサマ ごめん)」
ガチャリとドアが開いた
開いたドアには待ちにまった大きなものがいた。
「ミャー」
ノルテ「ミャウゥ」※ここにいますよ
「オウサマちゃん ごめんねー 寂しかったよねー
 つか、シイ兄は? いない? どゆこと? 連絡したよね」
「由岐花様 なにか連絡はありませんでしたか」

由岐花は端末を取り出した メッセージに遅くなるとの連絡が入っていた。

「あちゃー、いろいろありすぎて見てなかったー」
 
リビングに行くとオウサマが走り回った跡が残されていた
散乱したティッシュペーパー 蹴倒されたゴミ箱 テーブルの上にあったものは落ちている。
「オウサマが非行化した!家庭内一人暴力!」
「由岐花様、違います オウサマは怖かっただけです」

オウサマはノルテの腕に乗って降りようとしない。
自分のセーフティゾーンから離れたくないのだ。

「そっかー ごめんね
 シイ兄帰ってくる前に痕跡を片付けてしまおう ノルテ 室内復旧の手順」
「分かりました まずは散らかったティッシュペーパーから手作業で片付けます」
「おけー」

オウサマを室内が見えるキャットタワーの高い場所に乗せて、由岐花がゴミ拾いをして
ノルテは散らかす前の記録画像と照らし合わせて元に戻していく。
一通り片付け終わったところでシコウが帰ってきた。

「由岐花、まだいたのか」
「今日はこっちにお泊まりって言ってあるよー」

シコウは家族間アプリで確認する。

「父母のロマンチックナイトを邪魔しないぐらいの気遣いはある女子高生なのです」
「そうか、遅くなってすまなかった」
「いやー、叔父様も成人男子ですからそれほどでもー
 どうですかー 楽しかったですかー」

由岐花はニヤニヤと笑いながら、なにか聞き出そうとすり寄ってくる。

「残念ながら今日は一日敬老の日だ 理事会の後に酒に付き合わされてひたすら怒られた」
「怒られた?」
「若い者はなってないという フワっとしたよく分からない説教だぞ おまえもいずれお見舞いされるが良い」
「やだー 説ハラ反対」
「そうだ、由岐花 端末を出せ」
「なに?」
「半径200キロの移動キーだ 一人でも友達とでも好きなところにいける いるか?」
「いるいるー シイ兄般若顔の割には乙女の気持ち分かってますなー」
「その枕詞は止めろ 今日の理事会経費だが俺は使わん」
「つつしんでー うけたまわりーしたくー 女子高生に必要なのは移動の自由っすよ」
「芽理江姉か遠矢さんの承認無いと使えないからかな」
「わかってますって」

端末同士で プレゼントが受け渡された。

「ノルテちゃんにはプレゼント無いの? 初クリスマスだよ」
「そんなことを、まめにやるタイプだと思うか?」
「いや、ぜんぜん」
「強いて言うなら 今日の単独学習がプレゼントだな」

「はい、シコウ様 今日は多くのことが学習できました」
「いやもう、ホント 今日は一日たいへんだったんすから」
「それは明日聴かせてくれ」
「あ、そだそだ。 この時間ー 全然大丈夫なタイプっすよねー」

由岐花は隣の部屋に行って電話をかけはじめた
(夜分遅くに…先日の件でー…)
由岐花が戻ってきて、シコウに端末を渡した。

「はい、相手は城ヶ島トウコさん」
「なに?」
「(城ヶ島です 夜分にすみません)」
「いえ、姪がこんな時間に失礼しました」
「(いいんですよー 動物学は夜型多いのでこの時間の方が助かりますー
 そうそう、由岐花さんにお願いしてたんですけど 一度オウサマちゃんの普段の生活を見せていただけないかと思いまして、 大変失礼なお願いで恐縮なのですが)」
「城ヶ島さんが、ウチに?」
「日常生態が分からないと、会話に相当しているのか確信が持てないので一度ノルテさんとのやりとりを拝見させて貰えればと」

動物学者は基本がフィールドワークなので、これは成人男子の部屋を訪ねていく意図的なものは 微塵も無いなとシコウは感じた。
「分かりました 3ヶ月以内の空いた日でよければ」
「(よろしくお願いします)」
「では、後は由岐花を介して」
「(はい、わかりました)」

通話を斬ったシコウを、にやけながら由岐花が見ている
「叔父様 メリークリスマスぅ」
「うるさい、ちゃんと調整しろよ」
「あいあぐりー ガッテン承知の介です ふひゅふひゅひゅ」
「女子高生 キモい」
「だってぇ 他人の恋路は大好物ですから」
「そうかそうか、今日の市部安君は気に入って貰えたかな」
「なな 何さ」
「ちゃんと ヤイカ姉に由岐花のツボを突くようにと頼んでおいたぞ」
「ぎょ!」
「ふははは、他人の恋路を操ろうとするものは、他人からも恋路を操られるが良い」
「うわ、陰謀一家」
「おまえもその一族だ」
「うわー こわー」

12時を過ぎた
キッチンではシコウと由岐花が低糖質のラーメンで夜食を食べている。

「オウサマちゃんにはプレゼント無いの?」
「そうだなぁ」

オウサマはベッドではなく、メンテナンスチェアで待機モードになったノルテの足下で寝ている。

「ノルテ以上のものはない」

由岐花は満足そうに寝ているオウサマを見つめた。

「そだねー」

オウサマにはこの安心が一番の贈り物であった。
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