GF(ガバメントファミリー) :3

文字数 1,390文字

 渡瀬は憎々しく、若いジャージカップルを見つめる。だが、そのジャージは薄汚れていて、靴も擦り切れている。家着も外着も同じではなく、それしか着るものがないように見えないこともない。渡瀬は二人の背景を考える。ろくな教育を受けてなかった、親から愛情のようなものを注がれなかった。だから、子供を売ってまでお金を得ようとする。そこまでして、これまでの見下された環境、金銭的に劣っていた環境を、ひっくり返そうとしている。馬鹿にしていた連中よりも優位に立とうとしている。あくせく働かず、儲け話のような一千万円を手に入れて、これまで感じたことがなかった優越感を感じたいのだろう。あの二人は、何も与えられなかったし、何も持ってなかったし、何も判ってもなかったのだ。しかし、認めたくはないが、あの二人は、私と違って寄り添う存在がいる。触れる距離に異性がいる。そんな相手との子供がいる。それに比べて私が持っているのは、三千万円の預貯金、マンション、仕事、社会的地位と、旅行とか楽しんできた思い出。私とあいつらが持っているのもを秤にかけると、どちらが重いだろか?他人と自分の人生を秤で比べることはできない。それは誰だって知っているけど、誰だって、自分流にカスタマイズした秤を持ち込んで、比べようとする。渡瀬は自分が優っているように自分流の偏った秤で比較しようとするが、それがどれほど虚しいか理解している。だいたい、秤をかけるのは、第三者じゃないと意味がないのだ。秤に乗った自分を計ったところで、正確さなんて全くない。
 「おい、何見てんだよババア!」
 じっと見ている渡瀬に気がついたジャージ男が声を荒げる。その劈く声が、渡瀬の胸を一突き、心臓が裏返るような衝撃。何も悪くないのに怒られる恐怖が足元からじんわりと上がってくる。渡瀬は俯いて何も見てないと意思表示をする。渡瀬の拒否に、ジャージ男は、これまで受けてきた世間からの拒否を発見し、異常なほどに怒りが湧いてきた。
 「おい、見て見ぬフリか!お前は俺より偉れーのか!見下しやがって!」
 じんわりと熱気がこもる怒り。あれは野獣だ。教育を受けてないゴリラだ。子供を食らうチンパンジーだ。野蛮で汚くて、凶暴で、意思疎通ができない化け物だ!でも、このままだと襲われてしまう。見てないし、見たくもないし、関わり合いたくもないと意思表示をしないといけない。渡瀬は喉に張り付く意思を声に変えようともがき苦しむ。身を捻るように、冷えつく心臓をたぎらせ、無理矢理に声を絞り出す。
 「見ていません。興味もありません、関係ないです!」
 苦しそうに絞り出す渡瀬の声は、ジャージ男の怒号で、あたりが静まりかえっていて、小さな声だが、よく響いた。ジャージ男は死に損ないのしゃがれ声に、自分が優位な立場にいることが確認され安心したし、力で弱者を支配したような満足感もあった。しかし、一方で、存在を無視され拒絶されたような、嫌な感じもした。
 「ちょっと、もういいじゃん。あんたが大きな声出したから、なんか、腹が張ってきた。はやく、病院連れてって!」
 ジャージ女が苦しそうな声をあげる。その声に周囲が反応する。さっきまで無関係を装っていた街ゆく人たちが、子供が産まれそうな様子に関心を寄せる。虐げられた四十代未婚の女性より二十代の妊婦の方が大事だと世間が認定していることがハッキリと現れた。
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