GF(ガバメントファミリー) :2

文字数 1,392文字

 金髪に染めている太ったニキビ面の若い男と、ピンクのジャージ上下の髪の毛だけが異様にサラサラしている妊婦が、取らぬ狸の皮算用をしながら、意気揚々と産婦人科に向かっている。足取りは軽く、男は浮かれたように歩き、女は膨れた腹で動きづらそうにしている。
 「ちょっと、待ってよ、お腹重いんだから、歩くの合わせろよ!」
 「うっせーな、のろま!とっとと着いてこいよ!一千万が逃げちまうだろ!」
 「逃げないわよ。だいたい、あたしが産んで、貰うんだからね。」
 「はあ?おめーひとりで作ったわけないべ、ハッピーハメハメだろうが!俺がハメてやったから出来たんだろうが!生意気いってたら、〆ちまうぞ!コラっ!」
 小学生低学年の情緒しか育ってない二人は、住宅街の往来でみっともない言い合いを始めた。男の方は小学二年からまともに紙に書かれた文字を読んだことがないから、ハッピーハメハメという言葉が魂の根っこまで浸透していた。ハメハメしてハッピーになるのは当然!なんて、本気で思っている、子供を育てるなんて到底出来ない底無しの馬鹿な男、それに対等に向かい合える低俗なクソ女。言い争う様子を見て、街ゆく人たちはそんなふうに思う。
 通りかかった保険の外交員、渡瀬真知(未婚、四十三歳)もヤンキーカップルの馬鹿騒ぎを見て「なんであんな奴らが子供作ってんの?私が働いたお金が回って、あのバカップルの一千万になるんでしょ?馬鹿馬鹿しい!」と密かに思っていたが、同時に、人口減と景気の悪化で保険に入る人が減っていることも理解していた。住宅街は空き家が多いし、高齢者の単身者も多い。老後を過ごす七十五歳の女性に「これからの長い老後が心配ですね?保険に入ると何かと安心ですよ。」って、まるでその女性が延々に老後を過ごすかのように錯覚させ、高額な掛け捨て保険にオプションを付けまくるような詐欺まがいの金融商品を売りつける。狙い目は未婚の高齢女性。誰にも頼らず生きていくために貯蓄をしており、その貯蓄を使うタイミングがなく、しかし、姪っ子やらの自分の兄弟の子供に財産を渡すつもりは毛頭ない、一人で強く生きていたフリをしている女性がもっとも保険を販売しやすい。保険は自己投資だと言ってしまえば、彼女たちは考えることを諦める。溜め込んだ数千万円は、保険会社を存続させるために、渡瀬の高給のためには必要なのである。渡瀬も使いきれない数千万を眠らせている。貯蓄の額こそが、これまで一人で頑張ってきた証明でもある。その証明は心の拠り所になっているから、手放すなんて出来ない。手放すと、一人で頑張ってきたことが、溶ける。
 「結婚、いや、せめて、子供だけでも欲しかったな。」
 渡瀬は小さくつぶやく。それを忘れないようにツイッターでも発信する。自分が溜め込んだ生きた証を、誰かに託したい。それが自分から生まれた子であれば、それに勝るものはない。それだけ私は一人で頑張ってきたけど、バトンを継ぐものがいない。私がしてきたことを受け止める人がいない。それなのに、あの馬鹿なカップルは、結婚もしてないだろし、子供だけ作って、それを私が十年掛かって貯めるだろう一千万円と交換する。私の苦労、苦悩を、あの馬鹿二人は簡単に乗り越える。なんにも努力しないで、何も頑張らないで、ふたつとも得るし、同時に本当に大事なものを簡単に捨てる。これじゃ、私は、馬鹿みたいだ。
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