澪と市子

文字数 1,156文字

 大阪の、中心部からは離れた「どちらかというと」といったレベルだが田舎寄りの地域。( みお)はそんな地元が好きだ。人は優しいし、食べ物も美味しい。何より、大好きな親友が住んでいるからだ。ボーイッシュな見た目で、性格も男勝り。困っているときはそれを見逃さず、必ず手を差し伸べてくれる女の子。それが澪の親友の市子( いちこ)だ。彼女がいることもあって、一生……は無理だとしても、できるなら地元を出たくない。

 再来年は大学の受験を控えている澪だが、行きたい大学が決まっていない。市子は大学に行かないと言うから、どの大学も魅力を感じないのだ。優柔不断で、流されやすい澪には市子の判断が必要だった。

「ねえ、いっちゃん。大学には行かへんのよね?」
 学校からの帰り道に訊くのは、これで何回目だろうか。市子が大学に行くと言ってくれれば、澪だって努力する。しかし、返事はいつも通りこうだった。

「行かんよ。あたしは働きたいから」
 働きたい、か。市子だったら、どこでもうまくやれるだろうな、なんて思う。それに比べて、どんくさい部類の自分はきっと、市子とは正反対なのだろうなと感じる。澪はハアと息を吐き、ぼんやりと将来のことについて考えた。もし、市子の働きたい場所が地元以外だったら、自分はどうするのだろう。ついていくように地元を出るのだろうか? そこまで考えただけで、澪の頭はパンクしそうだ。
 ふと、横顔に市子の視線を感じた。ちらりと見てみると、市子はまっすぐとした目で見つめてきた。

「澪。あたしのことは気にせんでいいよ。行きたい学校があるなら、そこ行きや?」
 市子は、自分の進路が澪の進路をも決めてしまうかもしれないことを、気にしているようだった。そりゃあ、いくら親友でも荷が重いはずだ。
 澪が立ち止まると、市子も一歩先で立ち止まる。まるで、これまでの生き方みたいだ。市子は澪より先に進んでいて、それなのに澪に合わせて一緒に立ち止まってくれる。こんなにいい友達は、他にはもうできないだろう。

「あたしは、澪が選んでよかったと思える選択をしてほしいな」
 夕日を背景に市子がにこっと笑う。絵になるその姿が眩しい。美人だけどボーイッシュな市子は、密かに一部の女の子たちが憧れている。実際、後輩の女の子に告白されたと本人から聞いたこともある。

「いっちゃん、知らんやろ? いっちゃんがそうやって笑いかけたら、女の子はみんな、いっちゃんのこと好きになっちゃうんやで」
 ムッとした顔で、少しばかり大げさな言い方をしたのは、ちょっぴり妬けたからだ。親友の市子のことが大好きすぎて、他の子にとられたくないとまで思ってしまう。これは、女子特有の考え方なのかもしれない。

「なに言うてんのよ」
 市子が可笑しそうに声を出して笑うから、澪もだんだん可笑しく思えて、声を出して笑った。
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