第11話

文字数 554文字

 その冬、お母さんは倒れた。過労、心労がたたったのか体調不良が続き、入院して精密検査を受けた結果、癌が見つかった。病気はすでに進行していても手の施しようがない状態だった。
(お父さん、男同士の約束をしてたけど、病気だけはどうすることもできないや。お母さんが一日でも長く笑って過ごせるように僕が頑張るから天国から応援してくれ。最後までお母さんを守るから、頑張るから許して……)
 無力な僕は、ただただ祈ることしかできなかった。

 それから三ヶ月後、桜の花が散る頃、お母さんは天国のお父さんのもとへ旅立った。

 そして僕は念願のバスの運転手になった。
 
 桜田さんから聞いた伝説のルートをお母さんを乗せて運行するという夢はもう叶えることができない。
 思い返せば、僕が小学生の頃、思い描いた夢は道半ばで諦めざるを得なくなってしまった。僕がバスの運転手になった意味は何なのだろう。結局、努力してきたことは無駄だったのではないだろうかーー

 僕はしばらくの間、わざと部屋の掃除をしなかった。片付けることによって、家族の思い出が消えてしまうような気がしたからだ。いつも笑顔のお父さんの写真の隣に桜の花とともに笑顔で写っているお母さんの写真を飾った。 
(いつか二人に僕のバスに乗ってほしいんだ。そして一緒に行きたいところがあるんだよ)
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