第1話 奄美の森の物語(プロト版)

文字数 6,419文字

         奄 美 の 森 の 物 語
                                  髙木 勇
登場人物
  那美:大阪生れの都会っ子、小学校4年生。母親の故郷で夏休みを過ごすのが常。
  母親:那美の母。
  加那:奄美の森に住むアマミノクロウサギの名前。那美をハブから救う。
やちゃ坊:奄美の森の番人、自由を好む義賊的な変わり者。
ケンムン:奄美の森の住人、ガジュマルの木に住み無闇に木を切る人に罰を与える。
マングース:毒蛇のハブ退治にため奄美の森に放されたが、アマミノクロウサギの天敵と成る。
社長:奄美の森を愛する建設会社の社長
物  語
1. アマミノクロウサギとの出会い
【シーン1 奄美の森】
語り:
大阪生れの都会っ子、小学校4年生の那美は、夏休みは母親の故郷、奄美大島で過ごすのが、常となっていた。奄美大島は鹿児島から南に約380㌔離れた亜熱帯の島です。島に僅かに有る平地には都会のようにビルが林立しているが、一歩中に入ると豊かな自然が残されている。

那美は海で遊ぶのも好きだが、森の散策がもっと好きだ。太古から茂るヒカゲゴケ等のシダ類を観察するのも、蝶を見るのも好きだ。今年は、蝶なかでもアカボシマダラの生態を観察したと思っている。
目的の蝶を追って、森に入った。夢中になり道に迷い、運悪く雨たぶんスコールに襲われて、木の下にある茂みの中に逃げ込んだ。
周りが薄暗くなって来て、不安になった。

アマミノクロウサギ「娘さんそこはハブが出て危険だよ。私に付いて来てください」
黒く目の小さなウサギが那美に優しく言った。那美は周りを見渡すが誰も居ない。
アッミノクロウサギ「此処ですよ。ここ」
声のする方を見ると黒いウサギが居た。
最初、何が起ったか分からなかったが、ウサギの動きに合わせて右に出た時に、藪の中から何か棒が弓なりに飛んだ。那美は頭の形と模様から直ぐに猛毒のハブと思った。祖母から噂には聞いていたが、初めて見た。恐怖心が襲って来て動けなかった。
アッミノクロウサギ「心配しなくて大丈夫ですから。ここに来て下さい」
那美を雨が防げる小さな洞穴に誘った。気持ちが落ち着いた。

那美「アリガッサマ リヨウタ【奄美の方言で、ありがとうございますの意味】。助かりました」
気持ちに余裕が出来た那美が、黒いウサギに礼を言った。それに合わせてウサギがピョンと跳ねた。そして話しが始まり、この黒いウサギは“アマミノクロウサギ”という奄美固有の貴重な動物で名前を“加那”と言うことを知った。
    
加那「那美、奄美の森は番人の“やちゃ坊”、住人の“ケンムン”、そして今日は那美を襲ったが、むやみに森に人間が入って自然を破壊するのを防ぐハブ、乾燥から豊かな森を守るシダ類等によって守られている」
那美「そうなんだ。多くの森の住民によって、奄美の豊かな森が守られているんだ」
加那「あなたも森を守る人になって下さい」
 
なお、「やちゃ坊」は愛される無法者です。坊(子供)が漁師の舟を揚げるのを手伝った時に、大きなやちゃ(カワハギ)を盗み持ち去った。それから、「やちゃ坊」と呼ばれるようになった。金持ちの家から食べ物を盗み、貧乏な人の家に放り込んだり、道端で泣いている子どもに大きな握り飯を与えたりもする。盗みはしても人を傷つけることはしなかった。
また奄美には、“ケンムン”と呼ばれる妖怪?もいる。ガジュマルの樹に棲み、樹を切り倒すと、ケンムンのたたりにあうと恐れられている。ケンムンついては、ガリガリに痩せているのに相撲が好き…などの情報がある。
加那は、那美に“やちゃ坊”と“ケンムン”を紹介し、4人は奄美の森を守ることを誓った。
この他にもケナガネズミ、猛毒を持つハブ、小さな猛獣マングース、野ネコなどが森の住人で、空にはルリカケスなどの鳥類が舞い、太古から続くシダ類が互いに闘い切磋琢磨(せっさたくま)しながら森を構成している。
森の話をしていると、雨も止んだ。

那美「加那さん。私は貴方のこの森を守りますから」
加那「ありがとうございます。私たちも頑張ります。豊かな森を守って下さい。お願いします。森は私たちだけでは守れませんから」
那美「ええ、私の人生で一番感動した今日の日に、森を守ることを約束します」
那美は加那を手で抱き上げて、赤い眼を見て優しく言った。
また、強い雨が降ってきて、
加那「早く帰って下さい」
この言葉を背に受けて道路を下って街に帰った。

那美にとって長い長い一日が終った。
自宅に帰ると、
母親「どこに行っていたのそんなに濡れて。心配するだろう。早く風呂に入って」
強い言葉で言われた。母の言葉には反発することも多いが、今日は心配してくれる気持ちがうれしかった。
那美「お母さん、私、森を守る人になるから」
母親「どうしたの急に」
あっけに取られる母の言葉を背中に風呂場に向った。心地良い湯だった。森の住人にも良い環境を残したいと思った。

2. 12年目の夏
【シーン2 奄美大島 加那と出逢った森と洞窟】
語り: 
  アマミノクロウサギの“加那”と逢った時から12年が経過した。あの夏から初めての奄美である。加那と逢った夏から那美には予期せぬ出来事が起こった。父親が交通事故で亡くなり、奄美大島の祖母も病気がちとなり大阪に引き揚げた。そして、那美は大学を卒業し、森を守るために一人で奄美大島にやって来た。
  那美の仕事は、奄美と沖縄を世界自然遺産に登録する活動の支援である。

  那美は奄美の森が道路で分断され、一部の自然豊かな山は土砂採取を行うために崩されているのを見た。また、アマミノクロウサギの天敵として、マングースと野ネコが脅威となっていることも知った。
  全てが、人間の生活を豊かにするためと思って行った行為の反動だった。自然環境を守りながら、生活を豊かにする活動が必要と思った。
 
  また、人口が減少し街に活気が無いのも気になった。人が減少すれば自然は回復する傾向にはなるが、那美は『人間と自然が共存出来て、加那の森が守れる』と思っていた。人間が居なくて自然のみがある風景は寂しい。
  1週間分の荷物を背負って、昔、“加那”が案内してくれた洞窟に向った。ブッシュを掻き分けて進んだ。近くの集落がなくなったので、森が街に迫っているのだ。洞窟に到着して2日目の夜、アマミノクロウサギがやって来た。背中に白い2センチ程度の丸があった。『あの時のアマミノクロウサギ“加那”ちゃん』と確信した。

那美「加那ちゃん」
アマミノクロウサギ「私は加那の娘の“愛加那”です」
恥かしそうに言った。二人の会話を見て、“やちゃ坊”と“ケンムン”もやってきた。
愛加那「最近は、山が削られて環境が破壊されている。それに野ネコに追われたり、強敵のマングースにも襲われる機会が増えたんです。あなたは私の母に森を守ると誓ったのに何もしてくれない」
那美を鋭く攻めた。
やちゃ坊「最近は、俺を恐れる人間も少なくなって森を守れなくなった」
ケンムン「優しい人間が少なくなって、森に関心を無くしてむやみに木を切る人も増えている。それに最近は誰も相撲を取ってくれないし」
二人は嘆いた。
那美「すみません。私の力不足です」   
涙を流して皆に謝った。
ケンムン「那美にも色々事情があるから」
慰めた。
やちゃ坊「でも那美、早く行動しないと手遅れになるぞ。分かっているのか」
大きな声で怒った。
ケンムン「僕に出来ることはないですか」
愛加那「私に出来ることは」
那美は答えに困った。

愛加那「今日はもう遅いし、那美にも考える時間が必要だから解散しよう」
助け舟を出してくれ、
ケンムン「これから、森に来た時は指笛を吹いて」
那美に吹き方を教えた。最初は音が出ずに、皆が笑ったが少し練習すると小さな音が出るようになって、皆が拍手した。

【シーン3 祖母の家から森の洞窟】
語り: 
山を降りて、むかし祖母が住んでいた家に帰って、森を守る方法を夜も寝ずに考えた。そして『森を開発する人に開発部分と開発しない部分、を分けてもらうこと』を提案しようと考え付いた。
また、ケンムンに頼んで森の野ネコとマングースを集めて貰って話し合うことにした。野ネコは那美の説得に応じて森を出る事になった。マングースは説得に応じなかった。
マングース「俺たちの行き場所はないんだ。人間のペットにもなれないし、動物園も受け入れてくれない。俺たちをハブ退治に森に放したのは人間だよ。かってだよ余りにも」
那美「私達、人間の行動が間違っていました」
マングース「俺たちは野生で生きるよ、人間のかってにはならない。俺は森に帰る」
那美にもこれ以上適切な解決策を見出せなかった。無力感をヒシヒシと感じた。
那美「すみません。本当に申し訳ありません」
マングース「俺たちは森で生きるしかないんだ」
マングースは森に帰って行った。那美には引き止める言葉がなかった。マングースには申し訳ない気持ちで一杯だった。
野ネコは、避妊手術をして個人ペットや街ネコとして飼育される事になった。

【シーン4 森を開発する建設会社の社長室】
語り:
次に那美は森を開発する建設会社の社長の説得に向った。気持ちを込めて受付で訪問を告げると、社長は気軽に逢ってくれた。突然の訪問にも係わらず逢って話しをすると、気さくな人で父親のイメージとも重なって安心し気を良くした。
那美「ところで社長さん。アマミノクロウサギが、生息している地域の開発を止めていただきたいのですが」
社長の顔を真正面に見て、単刀直入に切り出した。
少し時間を取って、
社長「あなたは、自分が言っていることが分かっているのか」
日焼けした顔を真っ赤にして、きつい口調で言い返した。那美は一方的な自分の言葉を恥じた。
那美「済みません。私の言い方が悪かったです。人間の生活を豊かにする開発は支持しますが、地域を限定して頂きたいと思うのですが」
社長「それは俺も分かっているんだ。それで苦労しているんだよ。俺は世界で一番、奄美を好きだと思っている」
二人の話はかみ合わなかった。
那美「私もアマミノクロウサギと出逢った12年前から奄美の森のことを考えてきました」
社長の表情が変わったが、お互いの思いが巡って長い沈黙が流れた。
那美「社長さん。この本を読んで頂けませんでしようか」
那美は最近書いた、アマミノクロウサギの本を社長に渡した。社長は少し目を通した。
社長「分かった。これを読ませてもらって、またこちらから連絡するから」
那美「ありがとうございます」
本が二人の間合いを調整し、お互いの顔に笑顔が戻った。

3. 奄美の森にて
【シーン5 奄美の森から洞窟へ】
語り:
2週間後、社長から連絡があり、現地の山に一緒に行く事になった。社長は本を読んで、那美が森を思う気持ちを理解していた。
社長「ワン(自分)は、この山については良く知っているチー(んだ)」
那美「そうなんですか」
社長「ワンの家は貧しくてね。山に入って山菜や果実の実を取って食べたチー」
那美「何も知らずに失礼なこと言ってすみませんでした」
社長「君の言葉で、ワンも初心に戻れた。この山が私の原点なんだよ」
那美「社長さんは森がお好きなんですね」

【シーン6 加那と出逢った洞窟】
語り:
社長から奄美口(方言)も出て山を登り、汗を流しながら話していると気持ちが通じ合った。那美の活動基地である洞穴に着いた。
社長「ハゲー(驚いた)那美さんあなたもこの場所知っているチー。ワンも良くここに来て遊んだチー。ここに木と枯れ葉を並べて寝たこともあるチー」
昔を思い出し懐かしそうに言った。

夜が更けたので、懐中電灯をつけ指笛を吹いた。那美の指笛に社長は驚いたが、それを合図に先ず、アマミノクロウサギの“愛加那”が現われた。
愛加那「今晩は、宜しくお願いします」
アマミノクロウサギの言葉に何故か社長は驚かなかった。やちゃ坊、ケンムンも集まって来て、社長が持参した黒糖焼酎で酒盛りが始まった。
社長「やちゃ坊さんとは以前に逢った様な気がするんだけど」
思い出しながら聞いた。
やちゃ坊「俺もどこかで逢った様に思うんで考えてた。ひょっとして、住用池の横の家」
社長「そうチー。俺の昔の家だ。そうか、毎日、魚を届けてくれた人か」
やちゃ坊がクスクスと笑った。
ケンムン「社長さんワンも覚えてないチー。神社で一緒に遊んだチー」
今度は、ケンムンが言うと、
社長「そうか高千穂神社の森で相撲を取って負けたチー。その時の・・・」
社長が頭に手を当てた。
ケンムン「そう、僕が勝った時に転んで顔を怪我したチー」
社長「そうそう。これがその時の傷だチー」
社長はデコにある傷を摩でた。
那美「なんだ、みんな知り合いなんですか」
愛加那「ハゲー(本当に)驚いた」
那美と愛加那が驚きの表情で言った。
  昔話で盛り上がった。
那美「それで社長さん。開発の件ですけど」
社長の表情が変わった。酔いによる赤と怒りの赤が加わって燃える釜(かま)のような赤い顔になった。
社長「今日は難しい話はやめて、良い酒を飲ましてくれよ」
懇願(こんがん)したが、森の管理人やちゃ坊が、
やちゃ坊「社長、ここの森の開発はやめてくれよ。他の環境破壊の少ない森の開発は支援するから」
社長「やちゃ坊、住民の説得が出来るのか」
やちゃ坊「出来ると思う。俺は結構、島の人間には貸しがあるのと弱みを知ってるから」
少しの沈黙が有った。
社長「信じられない。人間って裏表があって、金や利害にこだわるから」
やちゃ坊「俺を信じてくれ。人間を金の執着(じゅうちゃく)から解きほぐすから」
社長「どうして」
やちゃ坊「心の底に沈めた奄美、故郷を思う心を表面に出させる。奄美の太陽と海と空と黒糖焼酎の力で・・・」
やちゃ坊が、日頃の態度からは考えられないキリットとした表情で、決意を込めて社長を見て言った。社長の表情が厳しくなって、やがて優しくなった。
社長「分かった。お前さんが約束するなら、此処の森は開発しない」
決意を込めてゆっくりと言った。
那美「社長さんありがとうございます。環境への影響が少なく、より多くの人に利益をもたらす開発の場所を早急に探しますから」
社長「宜しくお願いしますよ」
社長が手を出すと那美が握り返し、やちゃ坊、ケンムンがそれに加わり、全員の手の上に愛加那が乗って、
愛加那「これにて一件落着。お手を拝借」
と言ったので全員が笑って拍手した。愛加那が手の上で大きく一回転した。

  ここで那美が三味線を取り出して、みんなで島唄 “行きゅんにゃ加那節”を唄った。
全員「行(い)きゅんにゃ加那(かな) 吾(わ)きゃ事忘(くとわす)れて
行きゅんにゃ加那 打(う)っ発(た)ちゃ打っ発ちゃが 行き苦(ぐる)しや
ソラ行き苦しや(ソラ行き苦しや)」
“行ってしまうのですか、愛しい人。私のことを忘れて行ってしまうのですか。いや発とう発とうとするが、あなたのことを思うと行きがたいのです”という意味です。
  唄っていると段々と気持ちが一つになった。

【シーン7 愛加那の子育ての巣穴前】
語り:
この夜は一日中、唄い語り合って、翌日、皆持ち場に帰って行った。この日から、森で山を崩すダイナマイトの爆発音が消えた。
アマミノクロウサギの愛加那は、昨日の話合いと、日頃の育児で疲れていた。
愛加那「お前も大きくなったね。もう一人前だ」
優しく声を掛けながら子供に授乳し、穴に入れて穴を粘土で閉じて、一安心した時、後ろに迫っていた猛毒のハブに食いつかれてしまった。段々と毒が回って来て意識が薄れた。
那美の笑顔が浮かんだ
愛加那「那美さん、森を宜しくお願いします」
と言うと同時に意識を失った。
  2日後に愛加那の娘は、自力で穴から出て来て、森の奥に消えた。こうして奄美の森に新しい命が受け継がれた。
                                      完
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登場人物紹介

登場人物



  那美:大阪生れの都会っ子、小学校4年生。母親の故郷で夏休みを過ごすのが常。



  母親:那美の母。



  加那:奄美の森に住むアマミノクロウサギの名前。那美をハブから救う。



やちゃ坊:奄美の森の番人、自由を好む義賊的な変わり者。



ケンムン:奄美の森の住人、ガジュマルの木に住み無闇に木を切る人に罰を与える。



マングース:毒蛇のハブ退治にため奄美の森に放されたが、アマミノクロウサギの天敵と成る。



社長:奄美の森を愛する建設会社の社長

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