第11話 遠距離の功罪

文字数 1,580文字

 彩香が帰った夜、勲は無事を確認するメールを送り、それをきっかけにメールの定期便がスタートした。
 滞在中は運動会でみんなと過ごすことが多く、家に場所を移しても牛舎の仕事が忙しく、また春子がピッタリと張り付いているのでゆっくりとした二人の時間は取れなかった。
 そんな不満の中で、やっと持てた時間に別荘などという突飛押しもない話に振り回され、勲はすっかり機嫌を損ねてしまった。
 しかし、彩香が帰ってしまうと、気持ちは一変した。貴重な時間をもっと大切に使うべきだった。そんな後悔の念が沸々と湧いてきたのだ。
 もともと運動会に誘ったのはこっちで、彩香は春子のため十分に役目を果たしてくれた。村のみんなへの気遣いも完璧で、みんなが別れを惜しんだほどだ。
 不機嫌に感じた根本は、男の焼きもち、そう認めざるを得ない。春子に、村のみんなに嫉妬した自分が情けない。自分に会いに来てほしかった、それが勲の本音だった。
 それを金持ちだからだと、唯一の欠点を持ち出して非難してしまったが、彩香は一度も資産家であることを鼻にかけたことなどない。確かに土産の量は度を越してはいるが、それは村のみんなにいきわたるようにとの配慮であり、品物も気取ったものではなくごく普通のものだった。運動会の時の服装だって、さりげなさを重視したものをわざわざ用意したのだろう。すっかり溶け込んでいた。
 別荘の話だって、庶民の中の庶民である自分たちには違和感のある代物だが、彩香にとっては特別なものではないのだろう。
 
 このように自分の気持ちに正直になれたのは、遠距離のおかげかもしれない。簡単に会うことができないこの距離が想いを深めてくれる、そんな気がした。思えば、この時代に新聞広告から始まり文通へ、そんな接し方が自分たちにはとても合っていたように思う。そんな相手と巡り合うことなんて今後おそらくないだろう。
 今度会う時は、春子の父親ではなく、一人の男として気持ちを伝えよう、勲はそう決めた。
 
 一方、春子はまた遠く離れてしまった彩香を恋しく思い出していた。旅行の時の写真に加え、運動会のショットが加わったアルバムを毎日ながめていた。
 そして、家族を捕まえては、今度おばさんいつ来るの? そればかり聞いていた。
 
 
 そんなある日、勲の牛舎に酪農仲間の高男が見知らぬ男とやって来た。その男は建設会社のものだと名乗り、名刺を差し出した。
 滞在中に彩香がどこかへ出かけたのは高男のところだったと、その時勲は初めて知った。彩香は本当に別荘の話を進めていたのだった。勲の煮え切らない様子に、その方面に詳しい高男に相談したらしい。
「早速ですが、三笠様からのご依頼でこの辺の土地の所有者を当たりましたところ、高松様から譲渡のお申し出があり、話を進めさせていただいています。この冬の雪解けを待って、遅くとも来年夏までには完成の予定です」
「高松のオヤジさんの所なら、ここからそう遠くないし、いいじゃないか」
 高男がそう付け加えたが、寝耳に水の勲はただ黙って聞くしかなかった。そもそも、自分は口出しできる立場にない。彩香にプロポーズどころか、交際さえ申し込んではいないのだから。
「明日にでも建築の打ち合わせのため、兵庫の三笠様の所へ参ります。その前に、ご友人であるこちらの富田様にもご挨拶しておこうと思いまして」
 この男は、彩香と自分の関係をどこまで知っているのだろう、と勲は思ったが、村の誰も知っていることくらいは当然耳に入っているに違いない。だからこうしてわざわざやって来たのだろう。
 彩香とこの話をするには、電話やメールではうまくできそうもない。やはり直接会ってこれからのこともちゃんと話し合わなければ。そう思いつつ、北海道と関西――この距離が二人の間に立ちはだかったまま、雪の季節を迎え、日々の暮らしに追われていった。

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