妖精志願の彼女たち

文字数 1,999文字

「何度も言った。エミ姉はこのままゴッドマザーのところにいるの」

深愛(みあ)が今日来たのはエミ姉からの手紙を探偵さん(オバサン)に預けるためだよ、と向かいに座る少女は白い封筒を私に差し出した。パンケーキに添えられたクリームを掬って舐め、赤い色を目尻にぼかし込んだ瞳(地雷系メイクだ)で私の様子を伺いながら。パンケーキは4皿目。「深愛はここでなきゃ会わない」と待ち合わせに指定したこのカフェの名物だ。次々とおかわりをするのも私をオバサンと呼ぶのも挑発だろうが何とも思わない。相手は未成年なのだから。私は黙って“エミ姉”からの手紙を受け取る。宛名には「愛するママ、パパへ」。

エミ姉、本名は××笑莉(えみり)。大学三年生。一人暮らし。実家は裕福。先月から家族と連絡が取れなくなる。自力では解決できず、両親は探偵事務所を頼った。私はそこの社員で、彼女の捜索を担当している。ご両親から預けられた彼女の写真を見てすぐに察した。この子はSNSをやっているはず。青白いほどの肌、長い黒髪。細すぎる体型で姫系ワンピースを着こなし、ウエストはリボンベルトで限界まで絞ってマーク。大きな目がこちらを見つめている。

彼女の知人友人を当たり、SNSに彼女の姿を見出した。情報を持っていたのは大学の友人。アカウント名は「Amy@妖精志願者」。そこにポストされていた写真を確認する。顔はわからないが明らかに彼女で、失踪以降動きがない。Amyとフォローしあっていた何人かとコンタクトを取り、辿り着いたのが「みぁあ@いつか妖精に」こと深愛だった。Amy、みぁあと交流する少女たちには共通点があった。皆、細すぎるほど細く、食事や体重の増減を報告し互いに励ましあうポストの最後には、必ず#妖精#志願のタグがあった。

深愛とメッセージをやりとりして知った。「あのタグはゴッドマザーと繋がっている目印」「妖精になりたい子、妖精としてしか生きられない子がいる」「そんな子が妖精でいられなくなりそうなとき、ゴッドマザーに宣誓すれば助けてもらえる」「エミ姉は調子が悪くなって病院に入れられそうになって宣誓したの。入院したら妖精でいられない」「エミ姉は今ゴッドマザーの所にいる」……。

深愛の言葉から推測した。妖精というのは永遠の少女。しかも子どもに近い少女。彼女らの”ぺたんこ”な姿、幼さを強調する装いを見れば分かる。大人になることを止めているのだ。そして“ゴッドマザー”は“母親の代わりに子どもを守る女性”のこと。「妖精」というキーワードを勘案すれば“フェアリーゴッドマザー”(妖精の代母)。それを中心とする「妖精」志願者のコミュニティがあり、少女たちはSNS経由でそれに繋がる。笑莉さんはそれを頼ったのだろう。

これは家出なのか誘拐なのか……、そもそも深愛が語っていることを信用してよいのか。真実ならば連れ戻さなければ、笑莉さんの人生に、命に関わる。今はこの子に会ってみるしかない。「会って話を聞きたい」「お願い」と深愛に頼み込んだ。「エミ姉には会わせないけれど、深愛だけなら」とカフェに現れた深愛は、席につくなり「おごりでしょ?」と、パンケーキを2皿と紅茶を注文した。


――。
5皿目のパンケーキを片づけた後、「ちょっと」とトイレに籠った深愛が戻ってきた。表情はやつれ、パンケーキで膨らんだはずの腹がへこんでいる。「大丈夫?」と訊いたら睨まれた。

「エミ姉は賢くて節制できて、深愛みたく食べ物を『出して』帳消しにしない。でも否定しないの、深愛みたいにする子のことを。エミ姉は優しい、優しくなければゴッドマザーに誓えない。妖精でありつづけること、妖精であろうとする仲間を否定しないことを。エミ姉は本物だよ……ごちそうさま、手紙をよろしく」

そう言って深愛は席を立った。「自分を大事に、笑莉さんにも伝えて」と返したらもう一度睨まれた。手紙はまぎれもなく笑莉さんからのもので、ご両親への感謝と「わたしはこの身体を手放せません、これがわたしの全てだから」と詫びる言葉が綴られていた。

次の一手に悩んでいたとき、笑莉さんは突然戻ってきた。ふらりと学校に現れたところを友人が捕まえたのだ。「探偵さん、笑莉がいる。引き留めてるから早く来て」連絡を受けて駆け付けるとそこには写真よりもやつれた彼女がいた。こんなところに来れば誰かに捕まることくらいわかるだろうに。でも笑莉さんは来た。来てくれた。笑莉さんは「友だちのところにいました」とだけ教えてくれて、後は口を閉ざした。

この後少しして「誓います」の一言を残し深愛のポストは止まった。これは例のゴッドマザーへの「宣誓」だろう。深愛は今、誰とどこにいるのか。彼女たちが住む妖精の世界は、すぐそこにあるはずなのに私たちからは見えず、何が真実かわからない。私もかつてはそこにいたかもしれないのに。どうやってそこにたどり着けばよいか、思い出せそうで思い出せないのだ。
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