さよなら、おともだち

文字数 5,384文字

タイトル:さよなら、おともだち
書いた人:甘らかん(かんらかん 友情サンドバック)

 教室の隅。いつもひとりでラノベ読みながらお弁当をつっついている。

 そんな私に接近してきたのがタテちゃんだった。
「なに読んでるの」
 シャツにほころびがあったから返品したいんですけど。
 私にはそう聞こえた。
「別に」
 異次元の友達にはブックカバーをかけている。目に見える敵にこちらの手の内をみせてはならない。
「…ちゃんてさ、いつもひとりでいるけど寂しくないの?」
 タテちゃんの顔を見ると、笑ってはいない。物珍しいものに指を突いてみた、みたいな感じがする。
「…ちゃんてさ、アリカちゃんと同じ中学なんだよね」
 アリカね。
 小学校から一緒だけど、腐れ縁というだけで太陽と北風のような関係だ。
「アリカちゃんて、かわいいよね。昔からなの?」
 私はまじまじとタテちゃんの顔を見た。
 あぁ、この人は私を使ってアリカと仲良くなりたいのだな。まぁ、私の利用価値なんてそんなものか。
「昔から、アリカはあんなだよ」

 アリカは成績がいいわけではないし、運動ができるわけでもない。
 
 ただいつもニコニコ笑っていて、誰かの悪口を言っているのを聞いたことがない。と誰もが言う。
 アイドル、スポーツマン、俳優、ミュージシャン。ありとあらゆるキラキラした男が大好きで、ライブやスポーツ観戦や観劇やイベントにお休みの日をつぎ込んでいる。
 自分のお気に入りはみんな平等に大好きだから誰の話をするにも満面の笑みだ。
 その幸せそうな顔に、女子の一部は癒されるのか、アリカの周りにはとりまきとも言える人が常にはりついている。
 休日のおでかけも必ずとりまきのだれかが一緒。その会話もまるで自分たちが業界関係者のように喋っている。

 ただ、私に言わせれば。
 アリカという人は。
 カエルの国のお姫様が魔法使いの呪いによって人間の姿に変えられた。いつかほんとうの姿に戻れるといいのだけど。
 そういう目線。
 お世辞にも芸能関係者にスカウトされるビジュアルではない。

 ぶっちゃけ、メガネを外して、爆発気味のセミロングをどうにかすれば、私の方が(見た目だけなら)可愛くなれる自信が100%あるくらいだ。

 そもそも、他人の悪口を言ったことがない、なんて人間とは思えない。いつもニコニコはたしかにしているけれど、私としてはその上っ面をひっぺはがしたいと常に考えている。

 だって、気持ち悪いじゃん。常にニコニコしていて他人の悪口言ったことがないなんて。
 そんなの人間らしさが感じられない。どうしたらそんな人間が出来上がるのか。
 中学生の時聞いた話だと、両親が高齢で、あきらめていたところにやっとできた娘さんだそうで、蝶よ花よと育てられたそうだけど……。
 本人の本質もあるんだろうけど。甘やかしがお姫様を作るのかな。

「アリカちゃん、いつも好きなもの追いかけて、笑顔だよね。とても元気で明るくて」
 私に話しかけてきたときは大変つならなそうな顔だったのに、アリカの話をはじめたら口角が上がっている。
「ねぇ、ちょっといい?」
 タテちゃんは私を促した。
 ヤダ。という選択はないようだ。
 仕方なくタテちゃんの後につくと、タテちゃんは笑い声が絶えないアリカととりまきのところに向かった。
「アリカちゃん」
 タテちゃんはアリカに話かけた。大変嬉しそうに。
 とりまきたちの輪が左右にわれて、アリカ姫が跪く家臣を見下ろすような目つきで現れた。
 ここぞとばかりに私を隣に立たせるタテちゃん。
「…ちゃんとアリカちゃんて、ずっと同じ学校なんだってね」
 タテちゃんは紙袋を持っていた。手を突っ込んでなにか取り出した。
「はい、…ちゃんにあげる」
 手作りのクリスマスリースだった。材料は100円ショップで買ったのか。単行本くらいの大きさで、赤いリボンが巻きついている。てっぺんに赤い実のついた柊らしき造花。
「あ、ありがとう」
 他人からものをもらうなんて、私なんかいいことしたっけ? まぁ、ここは素直に喜んでおこう。
「これは、アリカちゃんに!」
 ところが、次にタテちゃんがアリカに渡したリースを目にした途端、私は自分がもらったリボンが巻かれただけのものを握りつぶしたくなった。
「アリカちゃんのイメージでつくったの」
 タテちゃんのドヤ顔はいまでも記憶の隅に張り付いている。
 そんな昔の話、いい加減忘れなよ、と言われても。あのときのとりまきたちの私に対する「え、いくらなんでも差がありすぎない?」という同情の視線と、たくさんのお花に包まれたリースを持って。
「わーっ、可愛い。タテちゃん器用だね。ありがとう。大切にするね」
 と絶やさない笑顔と、私にむかって勝ち誇ったような目を向けたアリカ。

「なんだ、この茶番」

 こんなことまでしてアリカと仲良くなりたいのか。
 私は3次元ではモブキャラ中のモブだけど、雑魚扱いされていい気持ちがするわけがない。
 もう絶対にタテちゃんには近づかない。
 ……と、私が思っても、向こうから近づいて来られては避けようがない。
「今度はストラップ作ったの、…ちゃんにあげるね」
 また質素な手作りを押し付けられた。その足でアリカたちの輪に入っていく。
 色とりどりのストラップをアリカととりまきたちに配っている。
 私をダシにアリカと仲良くなれてよかったね。
 手作りグッズはその報酬と思うことにした。

「でね、ついにアリカちゃんとライブに行くことになったの!」
 下駄箱で待ち伏せされて、ハンバーガーショップに引きずり込まれ、どうでもいい話を聞かされている。
 黙ってホットコーヒーをすする。
 私がなにも言わないからか。タテちゃんは唇をとがらせ。
「…ちゃんて、アニメ好きなんだって?」
 反射的にアッツアツのコーヒーをタテちゃんの顔面にぶっかけるところだった。
 ただの興味で人の世界に踏み込むなよ。
「よくわかんないけど。憤慨の暇人って漫画原作なの?」
 もちろん知っている。大ヒット漫画でアニメもやっているし、全巻持っている。来年実写映画になる。
「映画にさ、タクポンが出るの」
 タクポン。あぁ、いましがたアリカとライブに行くと言ったアイドルグループの一員か。
「行かない?」
「行くよ、原作好きだから」
「そうじゃなくて、一緒に」
「え?」
「あたしって、一人で映画とかいけない人だから」
 コーヒーを口からダバダバ出しそうになった。
「アリカと行けばいいじゃない」
「アリカちゃんとも行くの。でも2回は見たいから」
 しまったと思った。コーヒー、おごられてた。

 そこから、坂道を転げ落ちるように(?)タテちゃんとどこかに行くことが多くなった。
 アリカ信者として、アリカの昔を知っている私に近づくことはなにか得になるという考えなんだろうけど。
 まぁ、付き合ってみると、学校での不満とか、先生の悪口とか、男子がクソとか。笑いあえるところもあったりして、こういうのもたまにはいいのかなと思えてきた。

 そんな日々が2ヶ月ほど続いた放課後。
 なんかわけのわからない作業で帰りが遅くなってしまった。今日は録画した深夜アニメをまとめて見ようと目論んでいたのに。
「…さん」
 話したこともない人に声をかけられた。
「えっと、ナハハさん?」
 ナハハはアリカのとりまきの一人。とりまきのなかでは控えめなほうで、なんとかとりまきにしがみついている印象。
 そこまでする価値がアリカにあるのかね。まぁ、どうでもいいけど。
「…さん、タテちゃんと仲良くやってる?」
「普通だけど」
 って言うか。話したこともない人の会話のとっかかりがそれなの?
 夕暮れの教室で秘密の話。
 ナハハは私の目を見ないで言う。
「わたしはね、ナツナオと小学校からの友達なの」
 ナツナオ……あぁ、いまでは乳母なのか、というくらいアリカの世話を焼いて常に隣にいるとりまきナンバーワンか。
 まったく興味ないけど。
「タテちゃん、アリカちゃんに近づきたくても。ナツナオにはかなわないし。アリカの親友はナツナオなんだけど。ナツナオにはない手先の器用さとか、アリカちゃんが好きなアイドルグループのファンクラブに入って入手困難なチケットとって、なんとかアリカちゃんと一緒にライブに行ったりとか。アリカちゃんと仲良くなりたくて一生懸命なのよ」
 クラスの女子みんなが知っている情報だろ。いまさら復唱されても。
「アリカのどこがいいんだろうね」
 ナハハのトークがピタリとやんだ。
「いやさ、私はアリカと小学校から一緒だけどわからないんだよね。彼女の魅力。たいして可愛くも美人でもないし、運動できるわけじゃない。それはいいとしてもさ。いつもニコニコ、っーか笑い声が耳につくんだよね。話すことといったら手の届かない芸能人やスポーツ選手のことばっか。いま日本でなにが起こっているのか考えたことあるのかな」
 あー、私最低だ。
 みんなが愛してやまないアリカ姫の批判してるよ。しかもとりまきの一人に。
 明日からいじめがはじまるな。
 総スカンならいまにはじまったことじゃないからいいけどさ。靴隠されたり、とりまきに囲まれてアリカに土下座しろとか言われたら最悪だ。
 ナハハはうつむいたままだ。怒らせたかな。
 まぁ、仕方ないか。私のなかで嘘は言ってないし、言っちゃったことには責任とらないといけないし。
 ひどいわ! くらいの罵倒は受け止めなきゃね。
「わたしは……ナツナオとと友達でいたいの」
「ナツナオ?」
 なんでそこでナツナオ?
「アリカちゃんの守備範囲の広いミーハーや、子供みたいにはしゃぐ甘いもの好きとか。可愛いと思ってあげないとナツナオに嫌われちゃうの」
 あれ? ナハハ泣いてる?
「アリカちゃんは、お姫様だから、彼女の機嫌をそこねるようなことをしたら、グループから外されちゃう」
 窓にさしこむ夕日。
 そろそろ部活を終えた人たちがカバン取りに戻るんじゃなかろうか。
「ごめんナハハさん。私脳みそがミジンコだから頭まわらなくて。なんの話されているのかわからない」
「タテちゃんは、あなたとなんか仲良くしたくないの!」
 強風が白いカーテンをまくりあげた。
「アリカちゃんが、いつも一人でいるあなたが可哀想って、小学校のときから思っていて、だからタテちゃんにお願いしたの。仲良くなってあげて、って」
「なんですと?」
 つい、漫画の吹き出しのようなセリフを吐いてしまった。
「タテちゃんに、あなたと仲良くできたら、一緒にライブ行ってあげるって」
「なんということでしょう!」
 強風にあおられるのはカーテンだけではなかった。
「そこまでしてアリカと仲良くなりたいわけ?」
 ナハハは頷いた。
 私は呆れて顎が外れそうだ。
「タテちゃん。そんなことしても、ナンバーワンはナツナオだから。隣には座れないのに」

 お昼休みはラノベ読みながらお弁当をつっつきたいのに、最近はタテちゃんが入ってっくる。
 昨日起きた地方の災害の話とか、殺人事件の犯人がまだ捕まらない話をする。それは悪くなかった。
 でも、タテちゃんは常に別グループを気にしていた。
 声をかけているのは私だけど、視線は常にアリカグループ。
「お昼さ、タテちゃんそっちに入れてあげないの?」
 ぶっちゃけ、私はどうでもいいから。
「ナツナオが、タテちゃんのこと嫌みたい。あからさまに割り込んでこようとしてるって。アリカちゃんも一番かまってくれるナツナオが大好きだから。だから、アリカちゃんがあなたを押し付ければいいって決めたの」
 たまには遅くまで学校にいるのもいいものだ。貴重な情報を得ることができた。
「だけど誤解しないで。ナツナオいい人だから。リース事件もあなたに同情してたよ。手間暇と予算に差がありすぎで可哀想、って」
「ナハハさん、ありがとう。たいへんためになる話だったわ」
「あのっ、わたしも、タテちゃんのあなたに対する接し方が、いい加減っていうか。仕方なく付き合ってる感がして。それで、あなたがタテちゃんのこと、本気で友達って思ってたら可哀想と思って。いつか声かけなきゃって思ってたの」
 十数年しか生きていないけれど。こんな友情物語に参加できるなんて。貴重な体験だ。
「あの、わたしから聞いたって言わないでね」
「大丈夫。私たち同じクラスなのに話したこともないんだから」
 ナハハは、ちいさな声で「ごめんなさい」と言った。
 なにが「ごめんなさい」なのか、まったくもってわからない。
 ナハハは敵前逃亡するように教室を出て行った。

「帰ろ」
 近くの小学校から夕焼け小焼けが流れてきた。良い子は帰る時間だ。

「さて、どうやってあいつらから嫌われるかな」

 私は、3次元ではしがないモブキャラ。
 だけど雑魚じゃない。

「まずは美容室行って、コンタクト作るか」

 私が納得できるさよならをはじめよう。
 私なりのやりかたで。

              〈完〉
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