緊急記者会見

文字数 6,197文字

タイトル:緊急記者会見
書いた人:甘らかん(かんらかん 責められたら泣きます)


日時:20※※年 9月某日 15時~
会場:帝王ホテル 花吹雪の間

司会者「それではお時間になりましたので会見をはじめさせていただきます」

 拍手のようなフラッシュの音。一人の男が下手(しもて)から現れる。とたん報道陣から地を揺らすどとめきがおきた。白髪まじりではあっても大草原だった髪の毛が見事なまでに丸坊主になっていたからだ。
 紺色のスーツに紺のネクタイ姿の男は木魚のような頭を深々とさげる。
「ロン毛はヅラだったのか?」
 誰かがつぶやき、息がつまるようにシャッター音が途絶えた。その間にひな壇に用意された席につく男。テーブルにはマイクの花が咲いている。そのなかに固定されていないマイクが一つ。ブラックマイクだ。義務のようにそれに手を伸ばす。

「はじめに」

 と男は切り出す。

「こうしなくては地球はコッパミジンコ」

 数秒の沈黙……のあと。
「それいいわけだろ!」
「いいわけないだろ!」
「まずは被害者に謝るのが先じゃないのか!」
「反省の色が微塵もない!」
「ミジンコにあやまれ!」
 たちまち罵声が襲いかかる。男はマイクを持っていない方の手をあげた。

「あなたがたは私を信じますか」

「子供に足をひっかけて転ばせるような大人をだれが信じますか!」
「わざとだろ! 防犯カメラが物語っているぞ!」
「木っ端にもあやまれ!」
司会者「それでは最先端の音声付き防犯カメラの記録をご覧ください」
 男の背後にある巨大スクリーンがカウントダウンをはじめた。10から。

 防犯カメラなので店内を上から見下ろすかたちになる。喫茶室が一緒になっているパン屋のようだ。
『キエエエエエエエエーーーーーッ!』
 カンフーの達人が現れた。
 いや、違う。幼稚園にあがるかあがらないかという小さな男の子がトングを持って狭い店内を走り回っているのである。
「子供はあれくらい元気でないと」
 という女性雑誌記者の横顔がテレビカメラにキャッチされた。
『キャアキキキキキキッ』
司会者「交信してますね」
 それにはだれもこたえなかった。静まり返った大広間。司会者はスーツのポケットからハンカチを出して額の汗を拭う。だれもがスクリーンを行儀よく眺めるなか、ひな壇の坊主男だけが憐れむようなまなざしをむけていた。ハンカチを握りしめる司会者と目が合うと、穏やかな笑みを浮かべて頷いてみせた。動画配信サイトのノコノコ動画から会見を見ているネット民が「坊主頭やさしいな」「相手にしてあげてる」などとざわついたが現場のシャッター音は聞こえない。
『キャーーーーーーッ!』
 子供はトングを振り回しパンを選ぶ客の間を縫って走り回る。母親らしき姿はあるのだがレジで会計に全神経を集中したいのか、まったくの無関心である。
 嫌悪を漏らす場面にはいる。奇声が消えたと思ったら、トングの先を口に入れはじめる子供。注意しない客、気付いていない店員、見ていない母親。
『うわああああああん!』
 今度は泣き出した。子供は忙しい。転んだのだ。幸いだったのはそのときはトングを口からだしていたこと。大きな怪我はしていないことはわかるが問題は泣きわめく子供の隣で優雅にコーヒーをたしなむ白いスーツにつばの短いストローハットのロン毛の男。ガニ股というわけでもないのにこのときの彼は大きく足を広げて腰掛けていた。その足に子供がつまずいたのだ。
 隣で子供がワンワン泣いているのに無言でコーヒーを口にしている。
 我が子の惨状にようやく母親が悲鳴をあげて駆け寄った。床に転がるトングを踏みつけ我が子を抱き上げる愛情に胸を押さえるのは若い女性レポーターである。どアップでライバル局のカメラにぬかれた。
 ロン毛男は周囲の客に取り押さえられ、羽交い締めにされ、警備員が現れて、野次馬に囲まれて、母親は泣きじゃくる我が子を抱きしめ危害を加えたロン毛男にむかって唾を吐きかける勢い。

司会者「以上です」
「傷害罪ですわね!」
「謝りもしないなんて!」
「いい大人が!」
 老いも若きも報道陣は意気投合。だが、なかには首をかしげる者がいなくはない。ごくわずかだが。
「はいはい!」
 たまらず男性記者の一人が手を挙げた。
司会者「ご質問はのちほど時間をとりますので」
「あなた職業はなんでしたっけ?」
 司会を押しのける勢いで男性記者。報道陣はずいっと前のめり。
 男は再びマイクを握る。

「いやですよ。あなたがたはまた私を馬鹿にするつもりでしょう」

 記者たちのため息がむさ苦しい塊となって男に襲いかかる。
「馬鹿にしているのはあなたでしょ!」
「わたしたちはただあなたのお仕事はなんですかと聞いているんですよ!」
「妄想ではなく現実のお仕事ですよ!」
「住所不定無職が派手なスーツ着ないでしょ!」
「キザでピカピカのダンディ気取りか!」
 防犯カメラのなかでは真っ白なスーツを着て、つばの短いストローハットからロン毛を出していた。おしゃれさんである。今日は紺色だがそれも記者会見に白なんて不謹慎だと着替えさせられたのだろう。手のひらが袖で隠れているあたり、サイズが合っていない。

「ああしなければ、地球はコッパミジンコ」

 大切なことだから二度言った。男は深くうなずいている。
「ごまかす気か!」
「地球に対する冒涜じゃあないんですか!」
「聞き分けのないあんたの頬をひとつふたつ張り倒してやろうか!」
司会者「過激な発言はおやめください」
「それならそいつの嘘発言を謝罪させろ!」
「職歴詐称だぞ!」
 方々から笑いが漏れた。
司会者「お静かに願います」
「犯罪者をかばうんですか!」
司会者「聞き分けのないこと言わないでください」
 たまりかねたのか。渦中の男が黒マイクの頭をなではじめた。ハウリングが起きてみんな耳をふさぐ。静かになった。
 スポットライトが当たったらかぶっている帽子を飛ばして昭和歌謡でも歌いだしそうな雰囲気で男はこう語る。

「子供はあの日を境に公共の場で奇声をあげ走り回り備品を咥えることは悪いことだと知った。それは将来彼にとって地球を救うヒントとなるのです」

 ネット民が書き込みで一斉に揚げ足をとりはじめた(一部抜粋せずとも安易に想像ができる揶揄の羅列である)。
「キタッ!」
「お告げ!」
 一斉に焚かれるフラッシュ。危ないので直視しないでくださいと視聴者には訴えるが、当の本人は大丈夫なのだろうか。

「目が、目が」

 両手で押さえている。大量の光は当の本人にもよくないようだ。
「あなたなら大丈夫なんじゃないですか!」
「これくらいの光いつも浴びているんでしょ!」
「いやいや、発してんじゃないんですか!」
 フラッシュの嵐に笑いの洪水。男はそのまま頭を抱えてしまった。
司会者「あのっ、大丈夫ですか」
 司会者が声をかけたとたんジャイアントコーンがポップコーンになったらここまでの音がするかもしれない。というはじけた音がした。
「キャーッ!」
 会場をつんざく女性記者たちの悲鳴。
 回線がショートしたか、だれかのカメラが爆発したか。すべてのカメラが男から外れ天井や床を彷徨った。
 男がキレてどこかから盗んだ拳銃の引き金をひいたのではなかろうかと錯覚する。それはそれで自分さえ助かればオイシイ展開。これはわれらマスコミのせいではない。自分を神と名乗るおっさんが悪いのだ。さあもっとおかしな発言をしてくれ。マスコミが男をいじり倒すのはここからだ。
 カメラが男に戻った。

「私の言うことは信じてもらえませんか」

 マイクを握る男の頭には防犯カメラに映ったのと同じくらいフサフサの髪の毛があった。
「え?」
「なんで?」
 しかも真っ白なスーツを着ている。
「手品?」
「早着替え?」
「ショーなのか?」
「今のは坊主のヅラを取った音なのか?」
「いや、これがヅラじゃないか?」
 考えタイムの静寂が数秒。
 男が口を開く。

「あなたは私を信じますか」

「あれだけ大量の髪が坊主のヅラに入っていたとは!」」
「いや、大量の髪のヅラを隠し持っていたんだろ!」
「ふざけないでください!」
「子供に怪我させてよくそんなこと言えますね!」
「私にも同じくらいの男の子がいますけど。言葉で注意していただければわかる年齢です!」
 男たちの疑問は女たちにかき消され、ネットの書き込みでは「信じる人~」で様々な顔文字が画面を埋め尽くしているところである。

「みなさんのためによかれと思ってしたことでこんなに責められるとは」

「よかれ、よかれですって!」
「あなた自分が訴えられていることご存知ないの!」
「その前に住所も名前も不明ですよね! いい加減ご自分のことぐらい正直に話したらいかがですか!」
 鼓膜をつんざくキンキンはマイクのハウリングか子を思う親の立場としてのエキサイティングなのか、大半の人間が耳に指を突っ込んでいる。
 男が肩を落とした。

「ならば、時をあのパン屋に戻しましょう」

 ハウリングがやんだ。

「子供は転ばない。それならばいいんですね。たとえ60年後に地球がコッパミジンコになっても」

 棒読み。男は鼻をすする。

「大抵の大人たちは死んでいるでしょう。恐怖を味わうのは今とこれから生まれる子供達だ。愛着があるから助けようと思い立ったのに残念なことです。こんな世界ならコッパミジンコになったほうがいいのかもしれない」

「なに言ってんだこいつ?」
「薬やってんじゃないのか? 尿検査したのか?」
「え? なに? 警察に連行されてからトイレに行ってない? なんだそのガセネタ、どこからわいて出た?」
「しかもなにも口にしていない? んなバカな、何日経っていると思う?」
 記者たちがざわつきはじめたと同時にネットの民たちは右から左に流れるコメントに目を奪われたのと男の声がボソボソなおかげで会見場が把握できない。もう一回言って、ワンモアプリーズ、神様お願い。という文字が流れていく。

「転ばない人生を歩んだ子供はなにをやっても許されるんだという考えが少年になっても続き、だれからも相手にされなくなり、25歳のとき子供を殴って逮捕されますが、それも人生ですね。どうせ60年後には滅ぶ世界です。それもいいでしょう」

「新しい脅しですか?」
「SF小説に感化されすぎだろ?」
「それもいいわけないんじゃないの?」
 引きつった笑いを浮かべる報道陣を目を細めて眺める男。フラッシュが延々炊かれている。
「早く謝ってください!」
「まずはそこからですよね。冷静にお考えください。この記者会見は無抵抗な子供をわざと転ばせて怪我を負わせた傷害罪について、罪を認め、謝罪するものですよね!」
 記者会見はそういう趣旨で開かれた。男の言うことが奇天烈だから開かれたのでは決してない。真面目に正直に自分の素性を明かし、小さな子供をどのような気持ちで手に……足をかけたのか。洗いざらい吐いてもらって反省を見せる。そうすれば被害者の親も告訴をとりさげてくれるかもしれない。
 なのにこの男はお膳立てをしてくれた人々の好意を踏みにじり、あくまでも自分は間違ったことはしていないと言い張る。素性に関しては10人中10人が嘘とわかるし、怪我をさせた理由もミジンコですら納得しないものだ。
 それなのに、今度は転ばせたことをなかったことにすると言い出したのだ。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「全国のお母さんを敵に回した自覚はありますか!」

「みなさんのお望みの通りにします」

 男はどこから出したのか、つばの短いストローハットを手元で一回転させてかぶる。
「くるりりん!」
「ぱっぱ!」
 芸能記者ふたりが息の合ったセリフ。
 無視して大きく両手を広げる男。大きく息を吸い込んで。吐き出す。

「ハァ~~~~~ッ」

司会者「待って、待ってください」
 チラリ、男の視線が動く。
司会者「私は信じます」
 報道陣もネット民も「え?」を合唱した。
司会者「私はあなたを信じます。ダメですか」
「お前自分の立場わかってんのか!」
「何様のつもりだ!」
司会者「私はあなたを信じたい」
「なんで?」
「どこに信じられる要素がある?」
 フラッシュが司会者に移動した。視聴率稼ぎとしては愉快な展開かもしれない。盛り上がってきたのでテレビ局はなかなかCMを挟めない。
司会者「この人だけが私のツッコミに反応してくれたからです」
 意味がわからない。ここにいる全員がそう思ったが、ネット民には思い当たるふしがあったようで、愛だね、とか、信者一号などの文字が流れていく。
 男が振りかざした両腕を静かに下ろした。

「ひとりでも信じてくれる人間がいるなら」

 男はひな壇をおりた。深々と一礼する。

「地球の寿命は延びました。感謝ならその人に言いなさい」

 司会者に向けるやさしいまなざしはアロマのような癒し効果があったという。
「おい、なに退場しようとしてんの?」
「謝罪は?」
「めでたしめでたしじゃないでしょ?」
「それでうまく誤魔化したつもり?」
 再度頭を下げる男。これ以上言うことはない華麗なる幕引きとでも言うように堂々と上手(かみて)へ向かう。
 このまま退場するのか。これにて終了なのか。

「みつけたぞ」
「こんなところにいやがった」

 待ってましたとばかりに屈強な警察官が4人なだれ込んできた。制服が漂白でもしたのかというくらい真っ白なのだがそれ以外は警察官の制服なので警察なのだろう。
 男はあっという間にマッチョなホワイト警察官に両脇をがっしり掴まれた。
「マジ手間かけさせやがって」
「おいコラ、事情聴取はこれからだ、マジわかってんのか」
「マジ言い訳は上でたんまり聞いてやるよ」
「ったくよぉ、勝手にこんな奴ら助けやがって。マジで」
 筋肉モリモリなホワイト警察官に持ち上げられて男の足は宙に浮かんだ。空を切るバタバタ足はそのうちだらりとおとなしくなる。
「人間どもの吊るし上げはマジ生ぬるいな」
「人間の子供なんかマジ放っておけばよかったのにこの男はよぉ」
「人間に味方するなんてマジ怖いわ」
「はいはい解散。人間どもはお家に帰りな。マジで」
 囚われの神が司会者の前を通過する。
司会者「え、え? どういう?」
 唾を吐く勢いの警官に懇願し、白いスーツの男はほんの数秒司会者の前で止まることを許された。泣きそうな声で最後の言葉を残す。

「私を信じたことによりあなたは苦難の人生を送るでしょう。しかし案ずることはありません。60年後にはあなたは正しかったことが証明され、地球を救ったヒーローとして語り継がれますから」

 何度も頷く男はホワイト警察官に毒づかれながら司会者から離されていった。
司会者「98歳になるが、生きているのか」
 上手から出て行った警察官と男。その後の目撃情報は得られていない。

                  〈完〉
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