46話 白い羽根(中編)

文字数 1,590文字

「義兄さん」
「……」
「義兄さん?」
「……」
レイはキルトールに話しかけていたが、彼は全く気付かないようで、羽根を持つカロッサを凝視している。

いや、今は彼女の安全を守るべく、目を離さないでおくべきだ。
義兄の態度が正しい。
そう思い直し姿勢を正したレイが、後ろから
「やーい、無視されてやんの」と小さくからかわれて
「うるさい」と小声でサンドランを睨みつけた。

キルトールの表情は無表情だったが、その紫がかった青色をしているはずの瞳は、青紫よりももっと鮮やかな紫に変わっていた。
まるで、本来の色に桃色を溶かしたかのように。
(闇色をした翼など、あの者以外にないだろう。これを、レイザーラとサンドランに知られてはならない……)
どこか呆然とカロッサを見つめるキルトールは、自分の意思が、じわりとあの方に誘導されている事を感じつつも、抵抗出来ずにいた。
『天使の品格を守る為なら、多少の犠牲は仕方ありませんね』
頭の中で囁かれて、キルトールは「はい」と心で答える。

けれど、いざとなればその場の天使を全部殺ぜば良いと囁く声に、キルトールは「はい」とは答えきれなかった。
となれば、彼が殺せるのは彼女の方しかない。

大丈夫だ。
探す手間が増えるだけだ。
時の魔術師なら、またすぐ現れる。

問題は、どうやって殺せば、レイザーラに疑われずに済むか。だ。

疑われたなら、彼の記憶をまた消してしまえばいい。
そう囁く声に、聞こえないフリをして。
……もう忘れられるのは嫌だ。
レイザーラに、また初めましてと言われるのは、今のキルトールには耐えられなかった。
だからこそ、何度も何度も、彼が思い出さないように、何重にも術をかけた。

一体、どうすれば……。
焦るキルトールの胸に、あの日の彼の言葉が蘇った。

『……私のせいにしたら、いいですよ』

キルトールは、ハッと視線をカロッサの向こうの久居に投げる。
距離は大分離れていたが、久居はリルと何やら話しているようだった。
その優しく微笑む姿に、あの日の彼の姿が重なる。
(……そうか)
彼なら、もしかすれば、自分では無いとは言わないかも知れない。
いや、もし言ったとしても、闇の者の言葉に耳を傾ける天使などいるだろうか?
(……そうだ)
私が、彼がやったと言えば、疑う者などいないだろう。

……決まりだ。

キルトールはようやく据わった目で、冷たくカロッサを見た。




一方カロッサは、目を閉じて、羽根の持ち主の心を引き寄せていた。

本人から離れた部品では、過去を見ることまでは出来ない。
それでも、今現在の強い思いが過去から続くものであれば、それを理解する事は出来た。

この羽根の持ち主は、遠い昔から今日までずっと、同じ傷を抱えていた。

リルが耳をピコピコっと動かす。
久居は、彼が何か聞き取ろうとしている事に気付いて、邪魔をしないよう息を潜める。

「リル君、そのまま聞いて」
カロッサの小さな小さな声。

カロッサはレイ達天使に背を向けている。
この声なら、リル以外聞き取れないだろう。

「四環は、ここから北東の……」
リルが焦ったように視線をキョロキョロさせるので、久居は、もしやと紙と筆を差し出す。
リルがそこへ、慌てて何やら方角と地名らしきものを書いてゆく。
城。と書いて丸で囲んだリルが、ふぅ。と一息ついているので、どうやら必要な事は書きとめられたようだ。

「この羽根の持ち主は、レイ君の妹よ」
リルの大きな目が、さらに大きく見開かれる。
何か驚くような事を告げられたのだと、久居にも分かった。
「この子は、レイ君に捨てられたと思っていて、とても悲しんでる。悲し過ぎて……恨んでしまっているのね」
リルがションボリと目を伏せる。
久居は、その頭を撫でようかどうしようか迷う。
「この子はずっと、天使に命を狙われてるみたいね。この子を狙ってるのも、レイ君の母親を殺したのも……」
そこからしばしの沈黙。
リルはじっと次の言葉を待っていた。

「これから私を殺す奴よ」
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