第1話

文字数 1,999文字

 おじいちゃんが死にかけている。そう聞いて、ぼくとパパはおじいちゃんに会いに行くことになった。ぼくは、おじいちゃんがいるなんて知らなくてびっくりした。パパは、ママと結婚する時『カンドウ』されたから、ずっと帰らなかったんだって。
「パパはどうしてカンドウされたの?」
「おじいちゃんは、ママとパパを結婚させたくなかったのさ。でもパパはママ以外の人なんて考えられなかったからね」
「ふうん。ぼくも、ぼくのママはママ以外に考えられないな」
 パパは笑ってぼくの頭をなでた。

 おじいちゃんは大きな病院の個室にいた。
「お父さん、ご無沙汰しています。この子はあなたの孫です」
 おじいちゃんはパパとよく似ていた。
「ふん、親不孝モンが」
 おじいちゃんは、それだけ言うとぼくの方を見た。おじいちゃんの目は鋭かった。でもなんて言ったらいいんだろう、すごく透き通ってもいた。うん、雨上がりの葉の雫みたいに。
「医者がお前と話したいとさ」
 おじいちゃんは、視線をパパの方に向けて言った。
「じゃ、ちょっと行ってきます。サトル、ここで待ってるんだぞ」
 パパは、ぼくにそう言い置いて部屋を出ていった。

「サトル……か」
「うん。おじいちゃん、はじめまして」
「挨拶はできるんじゃな」
 ぼくは、何か話したほうがいいのかなと思ったけど黙っていた。
「サトル、おまえは大人になったらなにになるんじゃ」
 おじいちゃんがぼくに聞いた。大人がよくする質問だ。
「ぼく、探偵になるんだ」
 おじいちゃんは眉をしかめた。
「探偵?」
「そうだよ」
「探偵なんてスパイみたいなもんじゃろ」
「探偵とスパイは全然ちがうよ」
「なんで探偵なんぞになりたいんじゃ」
 ぼくは人気の探偵漫画のタイトルを言った。もちろんおじいちゃんは知らなかった。
「漫画なんぞに影響されて探偵なんぞになりたいとはな」
「なんぞ、ってなに?」
「おまえの言ってることが納得できん、という意味じゃ」
 ぼくは顎に手をあてた。探偵がよくやるポーズだ。
「おじいちゃんは、パパがママと結婚するのも納得できなかったんでしょ?」
 おじいちゃんは眉を吊り上げた。
「でも、ぼくはパパがママと結婚してくれてよかったよ。じゃないと生まれなかったもんね」
「それとこれとは別じゃ」
「それとこれって?」
「おまえが探偵になりたいことと、おまえの両親の結婚じゃ」
「そうだね。でも別々に見えることがつながってることもあるんだよ」
 おじいちゃんは、さらに眉を吊り上げて、今度は肩もすくめた。
「たしかにおまえの言う通りじゃ。それなら、今からする話はどうかな? 考えてみろよ、サトル探偵」
「うん」
 ぼくはちょっとワクワクしてきた。
「おまえは妖精を信じるか?」
 今度はぼくが肩をすくめた。
「ピーターパンに出てくるみたいな?」
「そうじゃ」
「妖精と、パパのことと、ぼくが探偵になりたいのと、つながるのかな?」
「考えろと言ったじゃろ」
 ぼくはまた顎に手をあてて、少し考えた。ピーターパンのお話は大好きだ。あのお話に妖精のティンカー・ベルが出てこなかったらつまらないだろう。
「信じるよ。妖精はいた方がいいもの」
「いた方がいい、か」
 おじいちゃんは、今度は少し目を細めて笑った。
「じゃあな、わしが妖精だったらどうする?」
 祖父の予想外の言葉に、サトル探偵は驚きを隠せなかった。
 ……というト書きがぼくの頭に浮かんだ。
「おじいちゃんが妖精? ありえないよ」
「イメージと違うからか」
「うーん。だって妖精は小さくて可愛くて、羽のはえた女の子でしょ。おじいちゃんは違いすぎるよ」
「ふん。探偵なら、目に見えないものや本質も見抜けなきゃならんのじゃないか?」
そう言われれば、その通りだ。でも、おじいちゃんが妖精だなんて。
「わしの妻……つまり、おまえのばあちゃんも妖精だったんじゃよ」
「え?」
「わしの家は代々、人間に化けて暮らしとる妖精なんじゃ。だから結婚相手も妖精じゃなきゃならん。でも、あいつは本物の人間と結婚しおった」
「てことは、パパも妖精なの?」
「ふん。あいつは信じなかったからな。力が封印されたままのつまらん男じゃ」
「じゃあ、ぼくは妖精と人間のハーフなんだ!」
 ぼくはさらにワクワクしてきた。妖精の力を持つサトル探偵!
「そうじゃ。妖精の粉に触れれば力を得るぞ」
 おじいちゃんはニヤリと笑った。
 妖精の粉ってどこに……って聞こうとした時、ドアが開いてパパが戻ってきた。だから、その話はそこで途切れた。なんだかパパの前でその話を続けちゃいけないような気がしたんだ。

 翌朝目が覚めた時、パパが枕元でぼくに言った。
「昨夜、おじいちゃんが亡くなったよ」
 病院に行くと、おじいちゃんのベッドは空っぽだった。
 でも探偵の目を持つぼくは見つけたんだ。シーツの上に金色の粉が残っているのを。これはきっと……。
 ぼくとパパはそれに触れた。するとぼくたちの目から、涙がポロリとこぼれ落ちた。

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