第2話

文字数 1,399文字

 結局俺はこんな風にして毎日を生きている。大学に通って、週に三日アルバイトに行く。東京の外れの、特にこれといった魅力もない街に住んで、主に親の仕送りで生き延びている。自分が二十二年も生きていることにときどき驚きを感じることがある。俺は本当はもっとずっと前に死んでいるべきだったんじゃないか、と本気で思うことがあるのだ。高校時代に死んだ同級生のことが最近よく頭の中に浮かんでくる。彼は自転車に乗っているときに、信号無視をした大型トラックに轢かれて死んだ。あっという間の出来事だった。何を考える暇もない。何かを思い出す暇もない。

 正直彼とそこまで親しかったわけではないにしろ、あのとき死ぬべきだったのはむしろ自分なのではないか、という思いがときどき湧き上がってくる。なぜなら俺には生きるだけの価値がないからだ。何も謙遜しているわけでも、悲観しているわけでもない。

そうなのだ。俺は正直なところまわりの人間たちに教えてやりたいと思っている。本当のことを、だ。あなた方は別に存在していなくても何の支障もない人々なんですよ、と。こんな社会ない方がどれだけ地球のためになるか。いいですか? 目をつぶってください。そして人のいない世界を思い浮かべるんです。そうです。それこそが本来の世界のあり方です。我々はここにいるべきではないんだ。そのことをよく心得ておいてください。

 もっとも俺はそんなことを考えながらもなおだらだらと生き続けている。あるいはまわりの人間たちと同じように、年老いるまでそうやって生き続けるのかもしれない。あたかも自分という存在に何かの意味があるかのように。でも駄目だ、と俺は思う。やっぱりそんなことには耐えられない。俺はそこに至る前に、おそらくは自ら命を絶つだろう。そもそも生まれてきたことが間違いだったのだ。そして間違ったまま二十二年もの間、生存を続けてきた。

 そのときカラスの鳴き声が聞こえる。あいつらは一体何を考えて生きているんだろうな、と俺は思う。本当のところ、俺は人間というよりも、カラスに近い存在なんじゃないかとときどき思う。俺はできることなら何も考えずに空を飛んでいたい。そしてガーガーと鳴き(わめ)くのだ。何一つ見ようともしない人間たちの頭上で。

 雨が強くなってきた。俺はこんなところで何をしようとしているのだろう? いまだに何かを期待しているのだろうか? この人生に。もちろん今の時点で結論を下すのは早過ぎるかもしれない。それは十分にあり得ることだ。俺なんてまだ何も経験していないひよっこに過ぎないのだから。でも、にもかかわらず、俺の中には一種の確信のようなものがある。これからどれだけ生きたところで、結局はこの世界を抜け出すことなんかできないのだ、という確信だ。ちょっとまわりを見てみたらいい。人々は生きれば生きるほど退屈になっていく。そしてそのことに気付きすらしない。せっせと働いて、子孫を増やす。何のために? 



 俺はポケットからスマートフォンを取り出して、川の中に投げる。それは小さい泡を残して、どこかに消えていく。そのあとアパートの鍵を出して、それもまた川の中に投げる。そうするとすごくすっきりした気分になる。すぐ後ろを大型トラックが通り過ぎていく。カラスがまた鳴いている。雨がまた強くなってきた。俺は橋の下を見る。もう落とすべきものは一つしか残っていない。

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