第1話

文字数 838文字

 今夜の積荷はずいぶんと生臭いな。ジョーは鼻をひくつかせ眉を(ひそ)めたが、パワーウインドウを下ろすや外気で臭いを吹き飛ばすかのようにアクセルを踏み込んだ。
 運び屋ジョーの仕事は依頼主(クライアント)から預かった荷物をただ届けること。積荷はなんでもありだ。ジョーのルールは積荷の中身を見ないことと秘密を守ることだ。運び屋を始めてから墓に入りきらないくらいの秘密を知った。だからジョーには最低でも墓が二つは必要だ。
 ジョーはナビを確認し、視線をインパネのデジタル時計に移した。目的地(ゴール)まで150キロ。順調だ。デートにも間に合う。ジョーは20キロほど走り、サービスエリアにピットインした。
 ホットドッグで腹を満たし、ブラックコーヒーで眠気を眠らせたジョーは、男の子の泣き声に気がついて、天井付近のテレビモニターに顔を向けた。夜のニュースで小学生くらいの男の子が泣いていた。
「ぺんぺんを返して……ぺんぺん……」
 男の子の涙声に、インタビュアーの女も涙ぐんでいる。飼っていたペンギンが盗難に遭ったようだった。スタジオの司会者が、ペンギンは高値で取引されており、七十万円からなかには一千万円の値がつく種類(もの)もあると解説していた。ジョーは嫌な予感がした。守秘義務の遵守は絶対のルールだが、弱い者を泣かすようなルールは持ち合わせていない。車に戻ったジョーが荷台の大きな木箱を開けると、水槽の中にペンギンがいた。ニュースで見たものと同じ種類に違いない。水から頭を出したペンギンはつぶらな瞳で「フェッフェッ」と鳴いている。
 スマートフォンでSNSをチェックすると、ペンギンのニュースが拡散されてトレンド入りしていた。ジョーはハンドルネーム“ちょこざいな小娘”にDMを送った。会ったことはないが、いつもジョーに協力的なアカウントだ。数分後「とりあえず渋谷区の松濤(しょうとう)に向かって」と返信だ。ジョーは水槽の蓋を閉じて、運転席(コクピット)のバケットシートに身体を沈めると「しょうがねえ、残業か」と呟き、男の子が待つ松濤に向けてアクセルを踏んだ。
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