第2話

文字数 780文字

 夜の松濤は都心とは思えないほど静謐(せいひつ)だったが、男の子の邸宅の前だけは集まった報道陣のライトで賑やかだった。ジョーは車のヘッドライトを消し、邸宅の塀の角に水槽を降ろした。報道陣からは死角になる。降ろした水槽の写メを撮り車に戻ると、「これ拡散頼む」と、ちょこざいな小娘にDMを送り現場を離れた。
 ジョーは子どものころ芝犬を飼っていたが、その子が家出をしたことがあった。一日で帰ってきたのだが、あのときはわんわん泣いた。きっとぺんぺんの飼い主の子は、これからもっとぺんぺんを大事にするだろう。今宵は美味い酒が飲めそうだと思ったが、問題がもう一つあった。依頼主にペンギンを届けなければならない。代わりを買って届ける手もあったが、(くだん)のペンギンは五百万円で、おまけに飼育許可がないと買えない代物だった。生息域は南半球。念力で一匹移送(テレポート)することは容易(たやす)いが、ワシントン条約に抵触する恐れがある。(ギフト)を犯罪に使わないのがジョーの鉄の掟だ。ジョーはマールボロにジッポで火を灯すと、肺の奥まで深くニコチンを吸い込んだ。

「おい、どうゆうことだ?」
 目の前の男が声を荒らげた。
「だから積荷が逃げ出したんだ。帰巣本能ってやつだと思う。俺もガキのころ飼ってた犬が……」
「黙れ! ペンギンに帰巣本能があるってか? ふざけんな!」
「飼い主の子と赤い糸で結ばれてたのさ。ロマンチックじゃないか。とは言え俺の過失もある。だから報酬(ギャラ)は貰わない。ダメかな?」
 男は「チッ……」と舌打ちすると右手を腰に廻し、抜いた銃をジョーに向けた。
「てめえは秘密を知った。運が悪かったな」
 男が薬指を引き金にかけた瞬間、ジョーが力を発動させた。
「うわっ!」と、うわずった声だけを残して男が目の前から消えた。ジョーが念力で南極に飛ばしたのだ。
「気が済むまでペンギンと(たわむ)れてろ」
 ジョーはマールボロの紫煙をふうっと吐き出した。
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