二幕
文字数 1,817文字
4月を迎え、今日から新入社員が入ってくる。色々悩んだが、結局辞めることも出来ず、
今日もここにいる。だが新年度と温かい陽気のせいか、少しだけ前向きな気分にさせられる。
それも今だけだとわかっているが、今日の自分はかなり浮ついている。
今年の営業配属の新入社員は一人だけだと聞いている。せっかく後輩が出来るんだから、仲良くしたい。
本音を言えば、自分の味方が欲しい。俺が入社した時同期が一人いたが
すぐにやめてしまい、励ましあい、助け合え、時に愚痴をこぼせる同僚はいない。
演技経験でもあるのだろうか。
滑舌がよく、イイ声をしている。
自分が好きな声だ。
だが、その声に、急に不安に襲われ、頭が痛む。
何か思い出しそうな気がしたが、思い出せない
でも心は何かを警告している。
そんな気がした。
彼を注意深く見てみる。
その顔をじっくり見ていると
なぜか懐かしさを感じ、さらにもやもやした気持ちにさせられる。
なんだこの感情?
知り合いだったかな?思い出せない。
でも、どこかで会ったことがあるような気がする。
人の顔を覚えるのは得意だ。それが目鼻立ちの整った綺麗な顔立ちをしているなら
なおさら忘れようがない。
自分が地味な顔のせいで、人の容姿には敏感になっている。
木ノ本という男をよく観察してみる。
やはり思い出せない
あ、俺の顔を見て、露骨に顔をゆがめた。綺麗な顔が台無しだ。
やっぱり、知り合いなのか。だが彼のことを思い出せない。
俺は知らないけど、彼は俺を知っている。まさか、学校の後輩?それともファン?
それならどうしてそんなに嫌そうな顔をするんだろう。
不快になるはずなのにその顔をずっと見ていたくなる。不思議だ。
芸能界にいたら、さぞ人気が出ただろう。
突然、心配そうに上司が顔を覗き込んでくる
頬に触れると、確かに濡れている。
どうして涙なんて流れるんだ……
木ノ本を見ていたから?
やっぱりどこで会っているのか
と言い、課長は自分のデスクに戻った。その後に
入社前研修を受けていることもあり、営業の基本部分はしっかりと学んでいるようだ。
実戦経験を積めば、優秀な即戦力になる人材かもと考えていると
急に「先輩」と木ノ本に呼ばれ
期待を込めて聞いてみるが木ノ本の反応は「初対面です」と冷たい対応だった。
そして、人生の戯曲の始まりだった。