渡来海渡 探偵事務所にて

文字数 3,064文字

渡来海渡 探偵事務所・・それは九段下の古いビルの3階にあった。タイガービルと言うなんとも古めかしい名前のついたそのビルは、靖国神社のちょうど裏手にあって、都会の喧騒から少し離れた、ほど良い落ち着き感を醸し出していた、時代を感じさせるビルの佇まいは、このビルを包む空間だけが、遠い昔にタイムスリップしているのではないかと思わせるのだった。

探偵事務所の朝の始まりは遅く、10時始まりなので満員電車に悩むこともなく、船堀から九段下までの約20分の通勤時間を私は、楽しむことができた。
その一方、渡来所長の朝は早く、8時頃から自慢のサイフォンでコーヒーを作り、煎りたてのコーヒーを飲みながら、これまた自慢のスタンウェルのパイプをくゆらすと言う優雅な時間を過ごしていた。
 なので私は出勤すると、いつも最初に所長のご自慢のコーヒーを頂きながら、パソコンに届いたメールを見るのが日課となっていたのだった。

「所長、例の渋谷の事件の関係なのでしょうか?カトリック中央協議会からの依頼メールです。今、転送します。」



それは、カトリック中央協議会の代表役員 苫米地 恵
が、イスラム国から殺人のターゲットにされたと言う内容のメールだった。

「拝啓、渡来 海渡様 私は、カトリック中央協議会の司教協議会秘書室の星野ケファ啓一と申します。渡来様のご活躍は予てから様々な方面でお伺いしておりました。渡来様も、すでにニュース等でご存知かと思いますが、先日、ローマ教皇が、アルメニア訪問の後に記者団から、同性愛者について意見を求められた際に、これまでの歴史の中でキリスト教が同性愛者を認めてこなかった事、差別をして来た事に対して謝罪し許しを請わなければいけないと発言をしました。その発言を受けて
同性愛者に対して激しい憎悪を持っているイスラム原理主義者の過激派組織であるイスラム国のキルリスト
に、ローマ教皇を始め日本の苫米地 恵もリストアップされたのです。具体的な脅迫状が来たわけではないので
警察も動いてくれないのですが、私はあるルートから日本にもイスラム国を支持するグループがある事を聞いておりました。彼らは、日本人でありながらイスラム原理主義に深く傾倒しているのです。単なる宗教を信じていると言うのではなく、限りなく政治的思想を持ったグループである事は明白なんです。私はどの国よりもカトリックを標的にしたテロが起こる確率は日本が高いのではないかと危惧しています。何卒、渡来様のお力をお借りしたくお願いする次第です。 敬具」

メールには、江東区潮見の住所と電話番号、面談の希望日が書かれていた。

「圭ちゃん、渋谷の例の事件も進展がないようだね?
佐久間君からは何か聞いてる?」

「いえ、事件のことは彼は何も話してくれません、あれからほとんど会ってもいないんですよ。相変わらず忙しいみたいですね・・・でもこの事件の真相について色んな人が色んな事を言っていて私も何が何なのかさっぱりわからないです。」

「そうだね、イスラム国の犯行説の他には、キリスト教系のカルト教団説や、北朝鮮の工作員説、はたまた最近は、LGBTのグループ内の紛争説も飛び出しているね・・・とにかく圭ちゃん、そのケファさん?と面談する段取りをとってくれるかな?ケファって何なのかね?」

「ケファってクリスチャンネームですよね?確かイエスキリストの弟子のペテロのあだ名ですよね・・・プロテスタントはクリスチャンネームを普通持たないのでよくわかりませんが、本来は、ミドルネームには使わなかった様な気がします。ケファ星野啓一が正しいのかと・・・私は、もしつけるんだったらマグダラ伊集院圭子がいいなぁ・・・」
「じゃ私は、イエス渡来 海渡かな?」
「あっ、それは反則かも・・・でもそんな名前の人もいましたね?よく選挙に出ていた・・・あ!仙石イエス そうだ仙石イエス、最近は聞かないですね? 」

「イエスの方舟事件だね? 仙石イエスも確か福岡で亡くなったと聞いているよ、もうだいぶ前の話だよね?」

そんなたわいもない話もそこそこに、私は星野ケファさんに連絡をして週末の土曜日に潮見のカトリック中央協議会のアポイントを取った。


その日は、朝から激しい雨が降っており午後は春の大嵐になると予報が出ていた。 私と渡来所長は、所長の運転する1971年式のクーパーSで江東区の潮見に向かった。 大雨の中、クーパーSのワイパーは壊れそうな勢いでキュキュ・・・グググ・・・と大きな音を立てて雨をはじいていた。
「所長、大丈夫ですか?ワイパーもげそうですよ」
「ばか、クーパーSをなめるんじゃないよ、この車はそこらのミニとは別物なんだから、ジョンクーパーに失礼だぞ!」私は、所長のクーパーSの自慢話しがまた始まりそうだったので、その言葉はスルーする事にした。
「所長、もうそろそろ潮見ですか?」
「そうあれが曉橋、あれを超えたらすぐにつくかなぁ・・・」
71年式のクーパーSには、ナビついているわけもなく
すべては所長の生身のナビに頼っていた。
「この辺のはずだけどなぁ」暁橋から3つ目の交差点を超えたところでクーパーSを止め、生身のナビは、あたりを見渡すのだった。

相変わらず、雨は激しく降っていたが、約束の時間も迫っていたので、私は車を降りてカトリック中央審議会を探しに行く事にした。
「所長、ちょっと探してきますね・・・」
そう言って、車を降りた私だったが、車を止めた正面が、潮見教会である事はすぐにわかった。
「所長!所長!ここが潮見カトリック教会ですよ、という事は、その後ろのビルがカトリック中央審議会です。車を迂回させてぐるっと回りましょう。」あらかじめ地図で調べていた私は、潮見カトリック教会と中央審議会の位置関係をある程度理解していたのだった。
「おぉ、時間にギリギリ間に合いそうだな」
71年式クーパーSは、道路端に溜まった雨たまりの雨水を豪快に跳ね飛ばし発進した。東雲運河方面から京葉線方面に左折しぐるりと一周してカトリック中央協議会まではほんの数分で到着した。生身のナビは一時思考停止になったが、それでも私たちは、なんとか待ちあわの時間にカトリック中央協議会に着くことができた。

 そしてこの日から、苫米地 恵という不思議な人物との
物語が始まるのだった。

カトリック中央協議会の応接室にて・・・

「渡来様、本日はこのような天気の中わざわざお越しくださり感謝いたします。私は星野啓一と申します。どうぞよろしくお願いします。そしてこちらが、代表役員の苫米地惠です。」

苫米地 惠・・・私は初めて彼を見た瞬間にその中性的な風貌に驚いた。カトリックの現役の17人の司教のトップに君臨するといわれている苫米地 惠という人物は、
プラダの靴を履き、シャネルの時計を身につけ60歳を超える年齢にも関わらず、一ミリの隙もない少し人工的な雰囲気を醸し出していた。

「はじめまして、苫米地と申します。渡来様のご高名は予てからお伺いしておりました。実際にお会いできて光栄です。」 

私は、この苫米地という人物が醸し出す雰囲気に圧倒されていた。うまく口では説明できないのだが、有無を言わさぬ圧倒的なオーラ・・・それもピンク色のオーラが強烈に発されているのを感じるのだった。

所長も同じ感じを受けていたのか、いつもの調子がつかめていないのが私にはよくわかった。


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