満開の桜

文字数 2,852文字

それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。

第1コリント6章9節〜11節

「まるで天国だね」・・・彼は独り言の様につぶやいた。

「えっ天国に行ったことがあるの?」と私・・・

「あるよ」と彼・・・

顔を見合わせて笑う二人・・・

満開の桜は、永遠に続くかの様な桜の花のトンネルを作っていて、その桜の花をたたえた枝は、花の重みでしなって手の届くところまで下がってきていた。

私は、桜の花の香りで少し頭が痛くなっていた。

「ねぇ・・桜の花の香りって頭が痛くならない?」と私

「そうだね・・確かソメイヨシノには匂いがほとんどないけど、オオシマザクラやヤマザクラの系統の桜は匂い桜って呼ばれていて、その匂いの成分に、クマモンって言う毒性の成分が含まれているんだって・・・そのせいじゃないかな?桜の木の下には、植物が育たないのもその毒性のせいとか聞いたけど・・・」
   「へぇー龍也って意外と物知りなんだ・・・(笑)でもクモ
モンじゃなくク・マ・リ・ンだよ。クマリン!クマモンは熊本県のゆるキャラの名前じゃない!」

彼は、天を仰いで大笑いした。

「ごめん、ごめん 圭子が気がつくかなと思ってわざと間違えたんだよ(笑)」

「よく言うよね」私は呆れて目が点になった。

彼の名前は、佐久間龍也、これでも警視庁の刑事で期待の新人と呼ばれているらしい。一方の私は、彼の幼馴染で伊集院圭子、昨年から都内の探偵事務所で働き始めたばかりの探偵屋さんだ。期待の新人っていうわけでもなく、それなりに経験は積んでいるつもりだ。

今日は、龍也も久々のオフで二人で一緒に新川の桜まつりに来ていた。まだ朝も早い時間だったが、すでに多くの人が来ていたのは驚きだった。

「すごい人だね」
「10時になったらそこの新川さくら館っていう建物の前からお花見和船が出るらしいよ、みんなそのチケットを買うのに今、並んでるんだね」

 新川さくら館というのは、江戸川区の施設で色々な催し物ができる多目的ホールなのだが、一見すると江戸時代の建物の雰囲気を持った風情のある建物だった。

その新川さくら館を後ろに見て私たちは、荒川方面に
桜のトンネルの中を歩いて行った。春のそよ風が頬にあたり本当に至福を感じる時だった。龍也の「まるで天国だね」と言う言葉はまさに言い得て妙だった。
 5分ほどで、私たちは、船堀街道まで到達した、そして船堀街道の下をくぐる様につながっている遊歩道を進んだ、船堀街道の高架の下の遊歩道は新川に浮かべた木の板の上を歩く様になっていて川の上を歩いているという感覚が足に伝わってくるのだった。
「なんか面白い感覚!」と龍也が子供の様にはしゃいでいた。確かに水の上を歩いている様な妙な感覚を私たちは楽しんで声をあげて笑いあっていた。

 船堀街道を過ぎると風景が急に開けて来て何か別の場所に来た様な錯覚を感じた。遠くに首都高速中央環状線が通っているのが見えた。またその先にはスカイツリーがくっきりと見えていた。
 この中央環状線の東側区間 港北ジャンクションから葛西ジャンクション間は中央環状線の区間の中でも最も早く開通した区間だった。その大半が新川の堤防の上に建設されていて用地買収の必要がなかったからだ。

「あれは何?」と龍也
「ああ、あれは江戸時代の火の見やぐらを復刻させたものなんだって、無料で上まで登れるらしいよ。登ったことはないけど・・」

荒川沿いの新川西水門広場に建てられた火の見やぐらは、二重の塔の様な体裁で15Mほどの高さがあった、そして二階部分は窓が四方に空いていて、見張り小屋になっているのだった。

「へえ見張り塔なんだ・・・“見張り塔からずっと”ってボブディランの歌があるけどね、圭子は知ってる?」
「知ってるよ、あの伝説のギタリスト、ジミー・ヘンドリックスも歌ってるよね? でも龍也はボブディラン派だよね?この歌が人気がある理由は、歌詞にあるってどこかで読んだよ、確か、聖書のイザヤ書からインスピレーションを得てるんだって・・・」

「へぇ・・・イザヤ書って預言書だよね?」

「そうだよね・・イザヤの時代の世界帝国だったバビロニアの崩壊を見張り塔から見張りをするバビロニアの王子の前に帝国の崩壊を告げる2人の使者が現れるって場面で不気味な山猫の唸り声に風も唸り始め帝国の崩壊を告げているというと言う感じの詩じゃなかったかな?うる覚えだけど(笑)」

そんなたわいもない話をしながら、二人は火の見やぐらの下まで来ていた。近くで見ると、かなりの高さがある建物だ、これまでも圭子は何度か来たことがあったが、実際に火の見やぐらに登ったことはなかった。
「へぇこんな風になっていたんだ」圭子は初めて火の見やぐらの中を見て感激するのだった。これまでは、レプリカということで中は鉄筋コンクルートで作られていて外壁だけに黒い木の板を貼ってそれっぽく作られているのかと想像していたのだが、実際の中はとても立派な木をふんだんに使った本格的な木造建築であるというのは一目でわかったからだ。
火の見やぐらから見る新川の桜は、本当に綺麗だった。心地よい風が二人を包んだ。
その時、龍也の携帯が鳴った。
龍也は、少し離れたところで電話にでた。
「は!はい 了解しました。」
神妙な龍也の顔から事の重大さが感じ取れた。
「ごめん、圭子 いかなけゃいけなくなった。」
「わかった。すぐ行って」
私たちの間では、事件については、職業がら
あれこれ詮索しないルールになっていた。
私は、火の見やぐらから龍也がタクシーに乗るのを見送った。
龍也は、タクシーに乗る際に、火の見やぐらにいる私を見上げ、冗談っぽく敬礼をするのだった。
私は、龍也に手を振って、そして小さく祈った。「神様、龍也を守って下さい。」と・・・
アパートに帰った私は、すぐにTVをつけた。
緊急速報のテロップが流れていた。代々木公園での何かのパレードに車が暴走して突っ込み2人の人が亡くなり43人が怪我をしたという内容だった。
NHKにチャンネルを変えると、現場の映像がちょうど映し出されていた。逃げ惑う若者たち、そして横転した銀色のトラック、顔面を血で染めて救急隊に治療を受けている人たち・・・
まさに地獄絵だった。
「これは、テロだ!」
「イスラム国のしわざだ!」
「アラブ系の2人組を逃げるのを見た!」
口々に叫ぶ若者たち・・・
道路上には、あちらこちらに血の海があり、あちらこちら
で人が倒れていた。
怪我をした人を看護する救急隊員・・・
多くのマスコミ、そして見物人・・・
空だけが底抜けに青かった。










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