偽りの証言

文字数 2,946文字

「田坂さん!遅くなりました。」
「おぉ、待っとったぞ佐久間ちゃん。えらいことになっとるぞ、大事件や!」
田坂刑事は、関西弁ばりばりだった。
俺は、出来るだけ標準語で通したかったのだが、田坂さんと話すとどうしても関西弁になってしまう自分がいた。
「あれが犯人の乗っていたトラックですか?」NHK放送センターの前にある国木田独歩が住んでいたという住宅跡地のちょうど前にセブンイレブンと大きく書かれたトラックが横倒しになっていた。トラックのフロントガラスは割れ、全面が大きくへこんでいた。
「せや、犯人は別の車で井の頭通りを渋谷の方に走り去ったということや、今100人規模の交通機動隊が渋谷一体で大規模な検問をしているところや・・・」
パレードに参加していた人数は約300人で皆、虹色のTシャツや虹色のアフロヘアーの様な被り物をしていた。
中には顔中を虹色にペイントした者や体じゅうにペイントした者、何故か宇宙人の様な変装をしている者もいた。

「田坂さん、何なんですか?この連中は?」
「なんでもな、山本が言うには、LGBTちゅう連中らしいぞ・・・」 
「山本先輩も意外と物知りなんですね・・・」俺はLGBT自体はわからなかったが、何となく感心するのだった。
そして「佐久間ちゃんも山本君と一緒に聞き込み調査をしてくれよ」と言う田坂刑事の指示で俺は山本先輩に合流した。
「山本先輩、ご苦労様です。」
「おお佐久間、待ってたぞ」
「さっき、田坂さんに聞いたんですが、このパレードはLGBTのパレードだそうですね、この事件とLGBTは何か関係があるんでしょうか?そもそも、LGBTって何なんなんすか?俺には理解不能ですよ・・・」
「あぁ、この事件とLGBTの関係性があるのかどうかはわからんが、LGBTって言うのは、レズのL、ゲイのG、バイセクシャルのB、トランスジェンダーのT、それでLGBTって言うそうや、俺もさっき聞き込みで彼らから教えてもらったばっかりや・・・」
「レズ、ゲイは分かりますが、バイセクシャルとトランス何たらと言うのは何なんすか?」
「バイセクシャルっていうのは、両性愛者という事らしい、男でも女でもOKっちゅう奴や、それで、トランスジェンダーと言うのは、ちょっと説明が難しいって言ってたけど、要は、自分の性に違和感を持っている人のことらしいな、体は男性なのに心は女性とか・・・」
「それで、彼らは虹色の衣装をつけて何を主張しているんですか?」
「まぁ、俺は良くわからんが・・・多分、LGBTも一つの個性であって、その個性を尊重してくださいねって事なんじゃないかな?」
「あほ、お前ら何を井戸端会議しとんねん、見てみ公安警察のお出ましや」田坂さんの目線の向こうに、いけ好かない公安警察の連中が車から降りてくるのが見えた。
「公安警察が来ると言う事は、これはテロという線があると言う事ですね?」
俺の質問に田坂さんが答えてくれた。
「そうや、数人の人間がアラブ系の若者がトラックから降り来て用意していた車に乗って逃走したと証言をしていたそうや」
「でも、それを証言した人が見つからないんだよ」
その時遠くから声があった。 公安部の外事三課の岡田課長だった。
「田坂さん、ご苦労様でした。この事件は公安部外事三課の担当になりますので、もう帰って良いですよ」 
田坂さんは、そんな嫌味も聞こえないかの様にこう
切り返した。
「岡田さん、公安外事が出て来るちゅう言うことは、この事件が国際テロやと言う証拠でもつかんどるんですかね?」
「あぁ今しがたイスラム国と名乗る人間が、動画サイトに犯行声明を出したんだよ、これが本物かどうかは調査中なんだが・・・とにかくテロの線が濃厚なのは間違いないだろう。」
「確かに事件当時、これはテロだ!アラブ系の人間を見た!と言う人間が数人いたらしいんですが、そんな証言をした人間がいくら探しても出てこんのですよ・・・私は、狂言だった可能性もあるんじゃないかと思うとるんですよ・・・」
岡田課長は田坂さんのその言葉に一瞬、顔が引きつった様だったが冷静さを装いながら「田坂さんが、そう思うなら頑張ってくださいよ、無駄な努力にならないことを祈りますがね・・・」こう言い放って去って言った。
「相変わらず嫌なやつですね」俺は本当にムカついていた。
「仲間内で喧嘩しても始まらんぞ」そういって微笑む田坂さんの顔を見ると、俺は、田坂さんの人間の大きさを見た気がした。
「そうですね・・・じゃ自分らは聞き込みを続けますので・・・」俺は、山本先輩と聞き込み捜査を再開した。やけに暑い日だった。NHKホールの前の代々木国立競技場に続くケヤキ並木通りには、まだ数百人のパレードに参加していた若者たちが行き場を失ってたむろしていた。
俺はできるだけまともそうな格好をしている若者を選んで聞き込みを始めた。山本先輩は、全身タイツをまとった連中や虹色のアフロヘアーの被り物をしている連中に聞き込みをしていた。俺は、「先輩・・・大丈夫ですか?」と心の中でつぶやいていた。
その時、TokyoRainbowPrideと大きく書かれたTシャッツを着た20歳前後の頭の良さそうな青年が俺のところに歩み寄ってきた。彼はこのように話始めた。
「刑事さん、自分は、この事件をLGBTに反対する団体の事件じゃないかと思っているんです。」
「えっ、なんで君はそう思うの?」 
「実は、あのセブンイレブンのトラックから降りてくる人間を自分は見たんです。40歳位の日本人でした。あっ・・日本人かどうかはわかりませんが間違ってもアラブ系の人間ではなかったんです。その犯人は、人混みの中に消えて行きました。その時の自分の後ろの方から、これはテロだ!アラブ人の仕業だ!と叫ぶ人たちがいたんです。自分はおかしいな?何をこの人たちは言っているのかわからなかったのですが、友人が言うにはLGBTをよく思わない人たちが一部のキリスト教を信仰している人たちにいるらしいんです。彼らはそのような人たちじゃないかと思うんです。」
俺は、これはこの事件の鍵を握る証言と確信し、
彼の連絡先を書き留め、後日、こちらから連絡することを約束した。
そして俺は、先輩に合流した。

「先輩、何か情報ありましたか?」
「おお佐久間、彼らも変な格好してるが、意外にまともだぞ、いろんな情報が聞けたよ」
「LGBTに異を唱える団体のこともですか?」
「あぁ宗教関係だけでもなく、右派系の市民団体LGBTに反対しているらしい」
「俺の方では、トラックから降りて着たのは日本人の様だったと言う証言が取れました。アラブ人だ!テロだと叫んだ連中は、先輩が言ったLGBTに反対するどこかの団体の連中で、本当にこの事件を起こした団体の連中じゃないかと思うんです。」
「そうだな、そのアラブ人、イスラムに罪をかぶせようとした連中を特定することが必要だな」
俺たちは、何時間も聞き込みを続けた。
しかし、それ以降に有効な証言は得られなかった。
気がつくと太陽はオレンジ色に変わり、パレードに参加
していた若者の姿もほとんどいなくなっていた。






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