0.「 boy meets a girl in town 」

文字数 1,561文字





 澄清を飛行機雲が引き裂いていた。
 東から西へ伸びるそれは東京の街では眺めることのできない景色で。視線を落とすと雑踏、朝の通勤ラッシュと呼ばれる人々の往来があった。
 アスファルトで舗装された地面、連なるビル群のすぐ隣には新しい建設物。十年前の東京はこれ以上にビルが聳え立ち人口も多かったと言われても、今の子供たちはそれを想像することが出来ないだろう。
 風が湿っぽく感じるのは昨晩の雨の名残か、この街が海に面している故か。肩がぶつかるほどではない、適度な間隔をとって歩く人々の隙間を走る独特の匂いもまた、東京にはないものだった。砂利の混じったような、生温かい潮の香り。
 歩道に一番近い真新しいビル、その側面に巨大なテレビモニターが貼り付けられていた。画面上部には今日の日付2071年5月26日(月)の文字、その下に日本地図の映像。

『全国の天気です。北海道、東北、中部では急な雨にご注意ください。近畿以南は雲ひとつない晴れ空で……』

 女性キャスターの解説に合わせ、北海道にあった指し棒が東北地方から日本海に沿って進む。緩やかに動いていた指し棒だが茨城県の半分まで来たところで急に素早く移動し、近畿地方で再び速度を戻した。
 女性の声色は変わらない。当たり前のように関東地方を素通りして、中四国地方の天気解説に入る。

「どうして関東、東京は載ってないんだろう」

 地図には各地域区分の主要都市名が記載されているが関東部分だけ無記載、[東京]表記は見当たらない。
 関係ない、そう思っているのだろう。
 この町の人間が、平和な田舎で暮らす人々が東京に足を踏み入れることはないから。
 傍観者の町と誰かが言っていた、田舎の人間は他人に興味がないと。
 そんなことを思い出していた時ふと、背後から声が聞こえた。

「あ、本当だ」

 呟いたような小さな声に振り返ると、制服の上に白いカーディガンを羽織った女子高生がモニターを見上げていた。
 胸元まで伸びる色素の薄い柔らかそうな髪、服の上からでもわかる華奢な体躯。
 線の薄い可愛らしい少女。

 その時、風が止んで彼女と目があった。

 海辺では朝、風の動きが止まるという。その現象だったかはわからないが、確かに一瞬、風が止まって互いに見つめあった。
 ザアァっと音を立てた強く分厚い風が吹くと同時に通行人が彼女の前を横切り、次に見えたのは後ろ姿だった。耳を真っ赤に染め、慌てたように歩き出す少女。足を進めると都度、肩甲骨まである髪がふわりふわりと揺れる。
 足を止めたのはその少女だけだった。誰もがみな、テレビモニターを気にすることなく足早に去っていく。
 天気予報が終わりニュース情報に変わった画面には、[今日のニュース一覧]という項目が映し出されている。その中に、東京で行われている内戦に関しての話題はない。
 笑顔の女性キャスターが東京を除いた日本情勢を告げる。誰も聞いていない、騒音にすらならない音。

 遠い街の事件と事故、テレビの中の出来事。

 例えば、犯罪者の数が増加したとか。
 親のいない貧しい兄妹が行方不明になっただとか。
 孤児院で暮らす子どもの数が減ったとか。
 彼らが全員、東京へ連れて行かれた、兵器に変えられた。制服を着て学問に勤しむはずの少年少女が戦場で殺し合っている、とか。
 そのようなニュースは一切流れない。日本の中心地が戦場になってようといまいと、そこで他人が死のうと生きようと。
 彼らは気にしない、関心すら持たない。

『それでは、次のニュースです』

 世界は回る。誰も見ていなくても、気にしていなくても、声を上げなくても。
 遠い街で行われているテレビの中の戦場。

 隣人は他人、知らない人。

 その理念が蔓延した日本。
 医療科学が発達した、振り返らない世界。

 そのとき、世界全てが傍観者になっていた。
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登場人物紹介

白河 朝季(しらかわ あさき)

 179cm.18歳。

 戦場で最強ランクとされる【無制限】の能力を持つ人間兵器(アテンダー)。所属は反乱軍、北域部隊隊長。

 幼い頃の記憶がなく戦場の民家にいたところを白河夕季に拾われ、義兄弟の関係を結んだ。

 八部隊五編制では一番部隊隊長。

白川 凪(しらかわ なぎ)

 158cm.15→16歳

 EMP(外傷専門の戦場医療班)部隊所属。

 平和な田舎の町で暮らしていたが、朝季と出会い彼を追って戦場入りした。会話下手で、人の顔を覚えるのが苦手。

 線が細く華奢、師匠である修二からは「洗濯板」と揶揄されている。

 八部隊五編成では四番部隊副長。

雨月 三次(うづき みつぎ)

 170cm.16歳。

 凪の隣の高校に通う男子学生。

 雨の日に傘を忘れた凪に声をかけ親しくなるが、それには裏の目的があった。

 戦場で母親を失い、特例として田舎に帰れていた元反乱軍の人間兵器《アテンダー》

神谷 景子(かみや けいこ)

 153cm.17歳。

 朝季の幼馴染み的存在の女性|人間兵器《アテンダー》。口下手で毒舌、敬語で話すのが癖。たすくとは犬猿の仲。

 東京入りしてから訓練校に入所したが、その生活が嫌で逃亡したところ朝季に拾われ、特別待遇で白河義兄弟の側で暮らす事になった。

 八部隊五編成では七番部隊隊長。

綾音 たすく(あやね たすく)

 173cm.19歳。

 凪が戦場入りした際に教育係になった戦用|人間兵器《アテンダー》。

 内戦が始まってすぐ、東京送り確定孤児院に入所させられた。

「迎えに来る」の母の言葉を信じていたが叶わず、施設内で浮いた存在になり問題を起こしていち早く戦場に送られた、一番最初の孤児院出身者。

 八部隊五編成では六番部隊隊長。

相澤 修二(あいさわ しゅうじ)

 182cm.19歳。

 EMP一種(医者レベル)資格を持つ凪の先輩及び上司。

 反逆者で構成された必死部隊、特攻隊唯一の生き残り。その時の出来事が所以でEMPを目指し、僅か四ヶ月で一種の資格を取得した。

 たすくとは同郷で、戦場に来る前にある約束を交わしていた。

 八部隊五編成では四番部隊隊長。

三上 冬那(みかがみ ふゆな)

 162cm.25歳。

 朝季の保護者的存在。

 上層部と呼ばれる、東京の街で強い権力を持つ組織に属している。

 朝季の義兄、白河夕季とは戦前からの知り合いだった。

茉理 隼人(まつり はやと)

 175cm.24歳。

 人間兵器《アテンダー》の開発及び修繕を行う学医の資格を持つ。戦内戦中は北域部隊司令長の職に就いていた。

 東京軍では総司令職を務め、三十人程度なら同時に声を聞くことができる。人間兵器を開発した、最初の学者の息子で、本名は姫乃隼人。

沼津 弥市(ぬまづ やいち)

 165cm.16歳。

 凪と同い年の分析系人間兵器《アテンダー》

 たすくと同じ施設に入所し、三年前に東京入りした。女顔である事がコンプレックスで、たすくに憧れて真似をしている。

 頭の良さはランク一位だが、言動がアホ故に八部隊五編制では五番部隊副長に就く。

羽田倉 斗亜(はたくら とあ)

 162cm.16歳。

 政府軍のエース、戦闘狂な人間兵器《アテンダー》。

 無制限で戦場ランクは二位。

「斗亜が現れたら必ず死人が出る」と言われており、殺し方も残虐。

 八部隊五編制では二番(精鋭)部隊隊長。

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