第1話

文字数 1,201文字

 去る(2023年)10月21日早朝、仙台で開催された学会からの帰途についた。
 前回の出張帰りに偶然にニッカウヰスキー宮城峡蒸留所に出会ったご縁にあやかって、今回も仙台から国道47号線を行くことにした。天候は曇り時々晴であった。
 国道47号線を新庄(しんじょう)方面に下るにつれて山の木々が両脇に迫って来る。今年の猛暑のためだろうか、紅葉にはまだ早く、木々には緑が濃く残っていた。
 やがて鳴子温泉駅近くになると陸羽東線が国道47号線と右に左に伴走し一気に山合いの温泉の雰囲気が出てくる。国道沿いの木々にも紅葉が混じる。
 鳴子温泉駅を過ぎてさらに山合いをくねくね上ると緩い右カーブの先で視界が開ける。鳴子峡にかかる大深沢橋だ。
 鳴子峡は大谷川が造り出した深さ100mにおよぶ峡谷である。紅葉の名所で、陸羽東線の撮影スポットとして知られている。
 私は注意して通るのは今回が初めてだった。時刻は朝の7時10分、天候は晴れだが雲は多くその動きは速かった。
  大深沢橋の歩道に撮り鉄が一人いた。橋の歩道の手摺(てすり)から渓谷を覗き込むようにカメラを構えていた。
 これを放って通り過ぎては撮り鉄の沽券(こけん)に関わる、と車をUターンして橋の手前の駐車場に車を停めた。
「お早うございます! ここで撮影してもいいですか?」
 と、先に陣取る撮り鉄に仁義を切る。
「どうぞ。」
「まだ紅葉には早いですねぇ?」
「そうですね。まだ季節でないので、列車は徐行もせずに行ってしまいますよ。」
 紅葉の盛りの時は、JRは乗客に車窓からの絶景を楽しんでもらうため、速度を落として鳴子トンネルを出るのだそうだ。
 だから橋の上から狙う減速しないで通過する列車のシャッターチャンスは一瞬で、鳴子トンネルを出た鉄橋の上、車両1両分しかない。よそ見をしている暇もないのだ。
 狙う列車は鳴子温泉駅を7時30分に出発する。鳴子トンネルは7時34分頃に通過する計算だ。
 雲の動きは速い。太陽は出ているが、7時25分頃から、雨が降ってきた。天気雨だ。
「あ~、また雨だぁ。」
 隣の撮り鉄が(つぶや)いた。
「えっ? もう一本前の列車も撮っていたんですか?」
「そうです。ちょうど天気雨になって、太陽の光で雨がはっきりと写ってしまうので露出をどうしようか?っていじっていたら、あっと言う間に列車が通り過ぎて撮り逃がしたんです。」
「そうですかぁ。 自分は天気雨は初めてで、露出はど~したらいいんですか?」
「僕にも分かりません。 あ~、もう時間がないっ。」
 時計は7時33分だった。
「もう迷わずカメラ任せですね。」
 その時、列車がトンネルから顔を出した。
  カシャカシャカシャカシャ
 連写して撮った写真の一枚である。

 雨が写っている。澄んで湿った空気を深呼吸したくなる、逆に渓谷に深呼吸されそうになるような不思議な写真だ。
 天気雨は別名、「狐雨」「狐のご祝儀」ともいう。

 んだんだ。
(2023年11月)
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