中編

文字数 3,566文字

 コン太がいろいろ考えているうちに料理ができた。
「さあ、できたよ。悪いけど、お椀を取りに来てもらえないかな。」
「分かった。」
 コン太は立ち上がって、台所へ歩いて行った。
「痛い。」
 コン太は足の裏に鋭い痛みを感じた。見ると床に食器のかけらが落ちていた。
「大丈夫かい、コン太君。ごめん。朝、茶碗を割ってしまったんだ。まだ破片が残っていたんだね。」
「いや、いいよ。ポン吉君。僕は大丈夫だから。」
 コン太は怒りを抑えながら笑顔で答えた。
 痛かったな。ポン吉の奴、何でちゃんと片づけないんだ。本当に使えない奴だな。
 コン太は足の傷を見ながら、少し冷静になって考えた。
 いや、もしかしたらわざと残しておいたんじゃないだろうな。でも、あいつは俺がここに来ることは知らなかったはずだ。だから、それはないか。いや、一旦片づけた破片を今、落としておいたという可能性はある。
 俺も前にシカのツノ助の家の前にあった植木鉢につまずいて転んで足を怪我したことがあったけど、あの時は本当に腹が立った。だから、こっそり後ろから石を投げてやった。そうしたら、見事頭に命中してツノ助の奴はしばらくうずくまっていた。あの時は本当にすっきりした。俺の怪我はたいしたことはなかったけど、ポン吉は、足が不自由になるかもしれない程の傷を負わされたんだぞ。何か仕掛けてきてもおかしくない。
「ごめんね。コン太君。僕が余計なことを頼んでしまったばかりに君を怪我させてしまって。後は僕が準備するから、君は座っていていいよ。」
 ポン吉はそう言いながら、食卓に鍋とお椀を置いた。
「君のために特別に作った鍋だよ。ぜひ、遠慮せずに先に食べてくれ。」
 コン太は考えた。
 これは言葉通りに受けとっていいのか、それとも何かの罠か。鍋に毒でも入れたとか。いや、ポン吉に限ってそれはないか。でも、油断はできない。とりあえず、この鍋を先に食べるのは危険だ。よし、ポン吉に先に食べてもらおう。
「いや、僕は熱い物が苦手だから、ポン吉君から先に食べてくれていいよ。」
「そうなの。確か前は熱い物は熱いうちに食べるのがいいって言ってなかったかな。」
 くそ、余計なことを覚えていやがる。
「今、口の中に出来物ができて、熱い物を食べるとしみるんだよ。」
「そうか、じゃあ仕方ないね。僕から先にいただくよ。」
 ポン吉はそう言って、鍋の具をお椀に取った。そして、それをゆっくりと口に運んだ。コン太はその様子をじっと見ていた。
 本気で食べるつもりか。さあ、早く口の中に入れてみろ。
 ポン吉はそのまま口に入れた。
 さあ、次はそれを早く飲み込むんだ。
 コン太はポン吉から目を離さなかった。
 ポン吉は、ゴクンと飲み込んだ。
「コン太君、おいしいよ。そんなに熱くないよ。」
 何ともなさそうだな。俺の考えすぎか。冷静に考えればポン吉がそんなことをするはずがないか。あまり警戒しすぎていたらかえって不自然だ。よし、食べてみよう。
 コン太は鍋の具をお椀に取った。そして、ゆっくりと口に入れた。
 変な味はしない。大丈夫だ。普通においしい。
 味を確認してから飲み込んだ。
 飲み込んでも何ともない。本当に大丈夫だ。
「おいしいよ。ポン吉君。」
 コン太は本心から言った。
 やっぱりポン吉は気づいていない。こいつはやっぱり何も知らない馬鹿なお人好しだったんだ。

 しばらく、お互い無言で鍋を食べていた。ポン吉はもともと無口だし、コン太はボロが出ることを恐れて、必要以上のことはしゃべらないようにしていた。
 食事が終わりかけた頃に、ポン吉が申し訳なさそうに重い口を開いた。
「コン太君、こんな時に話すことじゃないかもしれないけど、実は母が5日前に亡くなったんだ。」
 コン太は少し驚いた。
「そういえば、君のお母さんは病気で体調を崩していたよね。」
「せっかく、君がわざわざ特別な薬を取り寄せてくれたのにだめだったよ。」
 実はポン吉の母の死にもコン太は関係していた。
 特別な薬って、俺が適当に葉っぱと根っこをすりつぶして作ったあの粉のことか。そうだ、それを特別な薬だと言って、ポン吉に高く売りつけたんだった。友達だから安くしておいたと言ったら、逆に感謝されたんだったな。でも、死んでしまったとは知らなかった。
「そうか。残念だったね。結局、僕は何の役にも立てなかったんだね。」
「でも、コン太君の薬がなかったら、母はもっと早く亡くなっていたかもしれない。母は君に感謝していたよ。だから、今日は母に代わってお礼を言いたかったんだ。」
「いや、感謝されるとかえって申し訳ない気持ちになるよ。それに僕の薬の効果だけじゃないかもしれない。」
「いや、あの薬を買うためにお金を使ってしまったから、他の薬が買えなかったんだ。僕はコン太君を信じていたから、それに賭けたんだ。」
「それは悪かったね。力になれなくてすまない。」
「いや、コン太君のせいじゃないよ。病気のせいだよ。特別な薬でも治らなかったんだから、ある意味、納得できたよ。」
 いやいや、何を納得してるんだよ。要は俺の偽薬のためにお金を使ってしまって、他の薬が買えなかったんだろう。死んだのは病気のせいかもしれないが、死期を早めたのは確実に俺のせいじゃないか。こいつは本当に気づいていないのか。
「本当に優しい母だった。僕は父を早くに亡くしているから、女手1つで僕を育ててくれたんだよ。きっと、長年の無理が祟って、体力が落ちていたんだと思う。僕は迷惑ばかりかけて、母には何もしてあげられなかった。できればもっと親孝行したかったよ。」
 ポン吉は目にうっすらと涙を浮かべていた。
「最後の数日は本当につらそうだった。母の苦しむ顔が今でも頭から離れないよ。」
 コン太は黙ってポン吉の話を聞いていた。
 こいつ、こんなことを俺に語っているけど、本当に何も知らないのか。俺に罪悪感でも植え付けて、本当のことをしゃべらせようとでもしているのか。
「あ、ごめんね、こんな暗い話ばかりして。そうだ、お茶を入れるのを忘れていた。ちょっと待っていて、すぐ持ってくるから。」
「いや、喉は乾いていないからいいよ。」
「大丈夫、もう冷めているから、多分、飲めるよ。」
 いや、冷めているとかそういう問題じゃなくて、これ以上、お前が作ったものを口にするのがいやなんだよ。
 ポン吉は湯飲みにいれたお茶を二つ持ってきて、そのうちの一つをコン太の前に置いた。
 コン太はまた考えた。
 これを飲むべきか。あんな話を聞かされた後では飲みにくい。母親が俺のせいで苦しんで死んだかもしれないんだぞ。
 そう言えば俺もちょっと前に、腹が痛くてのたうちまわっていた時、藪医者のヤギのメイが薬をくれたが、全然効かなかった。きっと俺が薬代を安くしようとしたから、いい加減な薬を渡したに違いない。おかげで3日も苦しんだ。俺があんなに苦しんだのにあいつは何事もなかったように医者を続けていたから、仕返しに家に火をつけてやった。まあ、早く気付いたから家はあまり燃えなくて、あの藪医者もやけど程度で済んだけど、あの時は本気で殺してやりたいと思った。
 ポン吉も気づいていたら、俺を殺してやりたいと思うかもしれない。だから、このお茶をこのまま飲むのは危険過ぎる。どうしようか。そうだ。
「ポン吉君、悪いけど、ちょっとだけ外の様子を見てきてくれないか。今、玄関の方で音がしたような気がしたんだよ。」
「僕には何も聞こえなかったけど、心配だったら見てきてあげるよ。」
 ポン吉は右足を引きずりながら玄関の方へ歩いて行った。
 よし、今がチャンスだ。
 コン太はすばやく、自分とポン吉の湯飲みを入れ替えた。
 これで大丈夫だ。何を企んでいるのか知らないけど、もし俺のお茶に毒を入れていたら、死ぬのはお前だ。
 しばらくするとポン吉が戻ってきた。
「何もなかったよ。安心して大丈夫だよ。」
「そうか、ポン吉君ありがとう。僕はちょっと、神経質になり過ぎていたのかもしれない。じゃあ、お茶をいただくよ。」
 待てよ、俺が先に飲んで、何もなかったら、入れ替えたことがばれてしまう。かと言って、毒が入っているかどうか分からないのに、苦しそうな演技をするのも変だ。やっぱり、ポン吉に先に飲んでもらわないといけない。
「ポン吉君、お茶はもう熱くないかな。」
「大丈夫だと思うよ。僕が飲んでみようか。」
 そう言って、ポン吉はお茶を飲んだ。
「やっぱり、冷めているから大丈夫だよ。」
「そうか。ありがとう。」
 そう言いながら、コン太もお茶を飲んだ。そして、じっとポン吉の様子を見守っていた。
 何も起きない。毒なんか入っていなかったんだ。俺の思い過ごしだった。やっぱり、ポン吉は正真正銘の馬鹿だったんだ。こいつは結局何も気づいていない。紛らわしいことばかりしやがって。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み