後編

文字数 3,021文字

 その時、玄関の方から複数の足音と話声が聞こえてきた。今度は本物だった。
「ポン吉君、今度は本当に何か聞こえるよね。」
「うん、今度は僕にも聞こえるよ。ちょっと待ってて、こっそり様子を見てくる。大丈夫だよ、君のことは誰にも言わないよ。」
 そう言って、ポン吉は玄関の方に向かった。
 やばい、ここをかぎつけられたか。どうする。ポン吉が俺を引き渡すとは思えないが、奴らが強引に入ってくる可能性はある。
 ポン吉が戻ってきた。
「コン太君、今、玄関の前に森中の動物達が集まってきている。この家の中まで調べにくるかもしれない。」
「どうすればいい。」
 俺は焦った。まずい、本当にまずい。このままでは捕まるのも時間の問題だ。
「コン太君。実は僕の家の庭の奥に洞穴があるんだ。その洞穴から森を抜けることができるんだ。入口は木で隠れていて、ちょっと見ただけでは分かりにくいから、すぐには見つからないと思うよ。」
「秘密の抜け穴があるってことか。」
「そうなんだ。それで洞穴を少し歩くと分かれ道があるんだ。そこまでは外の明かりで見えるけど、そこから先は真っ暗で何も見えない。」
 ポン吉は一旦、言葉を切った。
「それで、ここからが大事だからよく聞いて欲しいんだ。その分かれ道を左に曲がると森を抜けることができる。でも、右に曲がると道の途中に大きな穴が空いているんだ。」
「間違って、その穴に落ちたらどうなるんだ。」
 コン太はおそるおそる聞いた。
「その穴は深くて、落ちたら多分、死ぬと思う。仮に、助かってもおそらく二度と上がってこれないと思う。」
 コン太はそれを聞いてぞっとした。
「でも、心配しなくても大丈夫だよ。右と左さえ間違わなければ怖くないよ。」
 ポン吉は明るい声で言った。
 ドン、ドン、ドン、ドン。
 その時、玄関を叩く音がした。
「コン太君、もう時間がない。なるべく、家には入れないようにするけど、自信がないから、さあ、裏口から出て、早く洞穴の方に行って。」
「分かった。ポン吉君、本当にありがとう。じゃあ、僕は行くよ。」
「コン太君、分かれ道に来たら、左だよ。右は絶対にだめだよ。」
「分かった。左に行けばいいんだな。」
 コン太は急いで、裏口から出て、洞穴に向かった。一見、木に隠れて見えにくいけど、最初に聞いていたので、洞穴の入り口はすぐに分かった。
 コン太は洞穴の中に入って、奥へと進んだ。数メートル進むと、道が二つに分かれていた。そして、そこからは真っ暗で先が全く見えなかった。
 よし、ここを左に曲がればいいんだな。この道を抜ければ、俺は自由になれる。こんな俺を逃がしてくれるなんて、本当にお人好しで馬鹿なタヌキだ。
 左に曲がりかけたところでコン太は立ち止まった。
いや、待て。本当にポン吉のことを信じていいのか。これが本当の罠かもしれないじゃないか。森を抜ける道という割には真っ暗で明かりが全くない。本当にこっちでいいのか。
 一旦、疑い出すと、疑念は風船のようにどんどん膨らんでいった。
 くそ、分からない。念のため、右の道も見てみるか。
 コン太は右の道も見てみたが、やっぱり、真っ暗だった。
 どっちの道も同じにしか見えない。慎重に行けば、穴があれば途中で気づくんじゃないか。いや、この暗さでは危険だ。ポン吉の話が本当なら、一旦、落ちたら助からない。だから、失敗は許されない。
 コン太は分かれ道の前で座り込んだ。
 どっちなんだ。本当か嘘か。もう一度、よく考えてみよう。そうだ、あいつは最初から俺への当てつけとしか思えないようなことばかり言っていた。俺しか家にきた奴はいなかったとか、俺しかあいつが通る道を知らなかったとか、お金のことも落とし穴のことも俺を疑っていたとしか思えない。母親の話をしたのも俺の薬を疑っていたからだ。やっぱり、あいつは騙している。左は罠だ。右に行った方がいい。
 コン太は右に行こうと立ち上がった。しかし、思いとどまった。
 いや、もう一度よく思い出せ。あいつの表情や声からは微塵も疑う素振りはなかった。あいつにそんな演技ができるとは思えない。やっぱり、ここは左だ。そうだ、結局、鍋もお茶も俺の取り越し苦労だったじゃないか。
 コン太は左に向きを変えた。しかし、また立ち止まった。
 やっぱり、分からない。本当に微塵も疑う素振りはなかったのか。いや、あいつは少しは疑っていたはずだ。だから、お金や落とし穴や母親の話をしたんだ。やはり、この洞穴は罠だ。だから右だ。
 コン太は右に向きを変えた。
 いや、この洞穴で罠を仕掛けるのなら、俺に警戒心を抱かせるようなことは言わない方が良かったはずだ。やっぱり、あいつは何も考えていない。だから左だ。
 コン太は、左に向きを変えた。
 いや、もしかしたら、俺が自分から謝るチャンスを与えようとしていたのかもしれない。でも、結局謝らなかったから最後に嘘をついたということもありえる。だからやっぱり右だ。
 コン太は、また右に向きを変えた。しかし、進むことはできなかった。
 どっちなんだ。分からない。命がかかっているんだ。もっと慎重に考えないといけない。右か左か。ポン吉は俺を騙しているのか、騙していないのか。

 コン太は分かれ道の前で考え込んだ。しかし、いくら考えても答えは出せなかった。
 そうだ。無理に進む必要はないんだ。幸いここは見つかりにくい。村の連中がいなくなるまでここに隠れていて、いなくなったら入り口から逃げればいいんだ。よし、そうしよう。
 コン太は分かれ道の前に座り込んで、村の動物たちがいなくなるのを待つことにした。外は静かだったが、やがて、洞穴の外の方が騒がしくなってきた。
 まずい、やつらがこっちに向かっている。もう、外には出られない。でも、この洞穴の入口さえ見つからなければ、大丈夫だ。
 コン太は暗闇の中でじっと息をひそめていた。
「あっちに洞穴があるぞ。みんな来てくれ。」
 外で誰かが叫んだ。
 まずい。ついに洞穴が見つかった。いや、やっぱり、ポン吉の奴が裏切ったのか。これでもう戻ることはできない。進むしか手はなくなった。どっちだ。右か左か。
 コン太は最後に自分を送り出した時のポン吉の表情を思い出した。あの時のポン吉の顔は本気でコン太のことを心配しているようにしか見えなかった。
 やっぱり、ポン吉は嘘をついていない。左だ。
 コン太は左に進みかけた。
 いや、待て。自分だったらどうする。いくらなんでも気づく。そして、気づいていないふりをして逆を教える。
「よし、みんな入るぞ。」
 洞穴の入口から足音が聞こえてきた。
 もう、迷っている時間がない。よし、決めた。
 コン太は右の道を選んだ。
「ぎゃあ、痛い。」
 一歩足を踏み出した時に、コン太は強い痛みを感じて思わず悲鳴を上げた。
 コン太が振り返ると、クマのゴローが自分の尻尾を強くつかんでいた。
「さあ、捕まえたぞ。おい、みんなこいつを縛り上げろ。」
 ゴローは仲間に声をかけた。

 縛られたコン太は洞穴から連れ出された。外にはポン吉がいた。
「コン太君、どうして、抜け道から逃げなかったんだい。」
「洞穴の入口で転んで足を怪我して動けなかったんだよ。」
「そうか、それは残念だった。でも、僕は今でも君の無実を信じているからね。」
 コン太にはポン吉が本当に残念がっているようにしか見えなかった。コン太はそのまま森の動物たちに連れていかれた。ポン吉は黙ってコン太の後ろ姿を見送っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み