前編

文字数 2,972文字

 キツネのコン太は必死に走った。
 あともう少しだ。あともう少しでポン吉の家だ。あそこまでたどり着けば何とかなる。
コン太は森の動物たちから追われていた。今までさんざんみんなを騙し続けていたため、森のみんながコン太を捕まえようとしていた。
 捕まったらどうなるか分からない。下手したら、袋叩きにされて殺されてしまうかもしれない。とにかく逃げるしかない。頼みの綱はポン吉だけだ。あのお人よしのタヌキは今でも俺のことを親友だと思っている。

 ドン、ドン、ドン
 コン太はポン吉の家の戸を激しく叩いた。
「ポン吉君、僕だよ。キツネのコン太だ。」
 すると、中からポン吉の声が聞こえてきた。
「どうしたの。コン太君。」
「詳しい話はあとでするから、とりあえず、隠れさせて欲しいんだ。」
「分かった。すぐに開けるよ。」
 ポン吉は急いで、戸を開けて、コン太を中に入れた。そして、奥の部屋に案内した。コン太はひとまず安心した。
「ありがとう、ポン吉君。助かったよ。」
 お礼を言った後、言い訳をどうしようかと考えていた。
「いいよ。ところで、どうしたんだい。強盗にでも襲われたのかい。だったら、すぐに森のみんなに知らせた方がいいよ。」
 コン太は慌てた。
 森の連中に知らされたら隠れた意味がない。
「いや、実は森のみんなに追われているんだ。だから、僕がここにいることは誰にも言わないで欲しいんだ。」
「え、どうして。」
「僕は何も悪くないんだ。僕がみんなを騙したと言って、無実の罪で捕まえようとしているんだ。」
「ええ、それはかわいそうだね。」
「ポン吉君は僕のことを信じてくれるのかい。」
「当り前だよ。僕たちは友達じゃないか。コン太君が嘘をつきじゃないことは僕が一番良く知っているよ。」
 コン太は心の中で笑った。
 こいつは俺のことを完全に信じている。今までお前のこともさんざん騙してきたとも知らずに。本当にお人好しのタヌキだ。
「コン太君、じゃあ、僕が一緒に森のみんなのところに行って、君が無実であることを説明してあげるよ。心配しなくてもいいよ。話せば、みんなもきっと分かってくれるよ。」
 ポン吉が言った。
 馬鹿か、こいつは。何が話せば分かるだ。何も知らないくせに、お前に俺が無実だということを証明できるわけがないだろう。
 コン太はポン吉に苛立ちを感じながらも、顔には出さずに答えた。
「いや、今は森のみんなは熱くなっているから何を言っても聞いてくれないと思うよ。それよりもそんなことをして、もし分かってもらえなかったら、君まで悪者扱いされてしまうかもしれないよ。僕なんかのために君に迷惑はかけられないよ。自分で何とかするよ。」
「僕に気を使ってくれなくていいよ。僕たちは友達じゃないか。君が一番苦しいのに、僕のことまで気を使ってくれて、君は本当にいい奴だな。」
 何を勝手に感心しているんだ。俺はお前を利用しているだけなんだよ。まあ、その方が俺にとっては都合がいいけどな。でも、このままここに居続けるのも不安だな。こいつは嘘をつくことを知らないから、正直さがかえってあだになるかもしれない。多分、森の連中も夜には一旦切り上げるだろう。日が落ちるまでにあと1時間くらいか。そうしたら少し安心だ。かと言って、自分の家に戻るのは危険すぎるし、真っ暗な森を歩くのも危険だ。とりあえず、一晩はここに置いてもらって、夜が明けたらすぐに逃げよう。
「僕は明日には出ていくよ。そして、森のみんなにもう一度、きちんと話をしてみるよ。」
「一人で大丈夫かい。」
「ああ、心配しないで。でも、もし一人でできなかったら、君にお願いするかもしれない。」
「分かった。いつでも協力するから遠慮しないでね。」
 ポン吉はそれ以上は何も言わなかった。コン太は一息ついた。
 うまく誤魔化せた。あとは明日の朝までここにいさせてもらえば安心だ。

 グー。
 コン太のお腹が鳴った。
 そう言えば、今日はずっと逃げていたから、朝から何も食べていない。
「コン太君、お腹が空いているんだろう。ちょうど、鍋を作りかけていたところだったから、一緒に食べよう。大した料理は作れないけど、我慢してね。」
「ありがとう。食べられるだけでも助かるよ。」
「いや、本当はせっかくだからご馳走を用意したいんだけど、恥ずかしい話なんだけど、今、お金がないんだ。実は、2週間位前に、泥棒に入られて、いつの間にか家にあったお金が無くなっていたんだよ。」
「ひどい奴がいるんだな。誰だよ一体、ポン吉君のお金を盗むなんて許せないよ。」
 お金を盗んだのはコン太だった。
 馬鹿だな。この前、お前の家に遊びに行った時に、俺がこっそり盗んだんだよ。ちゃんと見つからないように隠しておかない方が悪いんだ。
「ところで、泥棒は捕まったのか。」
 コン太は試しに聞いてみた。
「いや、まだだよ。誰が取ったのかもまだ分かっていないんだ。でも、本当に不思議なんだ。いつも鍵はきちんとかけていたし、遊びに来たのはコン太君だけだったし。」
 コン太は一瞬、ヒヤッとした。
 まさか、こいつ俺を疑っているのか。そうだ、俺ならまず、友達だろうが家に来た奴を最初に疑う。いや、ポン吉は疑うことを知らないから、多分、気付いていないだろう。
「早く、犯人が見つかるといいね。」
 コン太は言った。

 この話をこのまま続けるのは危険だと感じたコン太は何とか別の話題を探した。その時、コン太はポン吉が右足を引きずっているのに気付いた。
「ポン吉君、そう言えば、右足を怪我したのかい。」
「実は、1週間位前に落とし穴に落ちて、大怪我をしたんだ。」
 これもコン太の仕業だった。
 一週間前ということはあの時か。すっかり忘れていたが、そんなに大怪我をしていたのか。
「どうして、怪我をしたんんだい。」
「コン太君は覚えているかなあ。ほら、栗がたくさん取れる秘密の場所があるって教えてくれたよね。だから、僕は君に教えられた道を行ったんだよ。そうしたら、途中で落とし穴があったんだよ。」
「それはひどいな。一体、誰がそんなことをしたんだよ。」
「それが誰だか分からないんだよ。」
 俺だよ。俺がやったんだよ。
 コン太は心配そうな顔をしながら心の中では笑っていた。
「足の傷はまだ治らないのかい。」
「うん、骨折した上に、たまたまそこにあった木が足に刺さって、かなり深い傷になってしまったんだよ。だから、もしかしたら、このまま普通には歩けないかもしれないって言われたんだよ。誰だが、分からないけど、本当に許せないよ。」
 いつもは穏やかなポン吉に少しだけ怒りの表情が見えたため、コン太は少しだけ慌てた。コン太は少し探りを入れてみることにした。
「犯人の見当は全くついていないのか。例えば、誰かに狙われていたとか。」
「あの日、僕があの道を通ることはコン太君以外は誰も知らなかったはずだから、僕を狙って落とし穴を作ったわけではないと思うんだよ。だから、全く見当がつかないよ。」
「そうだよね。君に限って、恨みを買うようなことはないよね。」
 コン太はポン吉の表情をじっと観察していた。
 こいつ、もしかしたら俺を疑っているのか。いや、そんな様子は全くない。わざと気づいていないふりをして、何か証拠になるような言葉を引き出そうとしているのか。いや、こいつにそんな駆け引きができるとは思えない。
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