第1話

文字数 1,107文字

 今は昔、およそ10年ほど前のことだった。
 循環器内科医の異動に伴い、当時80歳代後半の男性患者を引き継いだ。
 前任の医師からの申し送りの内容は、病気のことはさておき、彼が第二次世界大戦時の近衛兵(このえへい)だったことがほとんどだった。

【近衛兵】宮中の警固、天皇の 輿 (こし)の警備などにあたった天皇の親兵。 明治以降は、近衛師団所属の兵*。(*デジタル大辞泉 から引用した)

 私は「近衛兵」にその時まで会ったことはなかった。
 ただ歴史上、二・二六事件 (昭和11年2月26日)でクーデターを計画し決起した青年将校たちによって、側近の重臣たちを暗殺された昭和天皇の震怒(しんど)(はなは)だしく、「(ちん)自ら近衛師団を率いて、此れが鎮定に当たらん」と述べた言葉はあまりにも有名である。
 このように近衛師団は、天皇と皇居の警護に当たる部隊で、全国から優秀な兵が集められたいわばエリート兵団で、近衛兵は郷土の(ほまれ)だった**。(**NHKアーカイブス>戦争>「郷土の誉れだった近衛兵」 から引用した)
 「彼は体格も立派だ。近衛兵を輩出した家柄はこの辺では(←実際の範囲は不明)2軒しかない。」
と、前医は興奮気味に話してくれた。

 初めて診察室で元近衛兵の彼と対面した。
 彼は診察室に杖を突いて入って来た。背筋がピンと伸びて背が高いのに驚いた。聞くと175 cm とのことだった。
 語り口は穏やかで、無駄なことはしゃべらなかった。
 その後、よる歳には勝てず車椅子での受診になった。それでも車椅子に座って胸部の聴診の際には、背筋を伸ばして服を顎の下まで(まく)り上げて、胸部を露出してくれた。
 「はい、胸の音は異常ありません。」
 「はい、有り難うございます。」
 捲り上げた服を下ろしてズボンにしまう。黒のベルトを緩めた。
 (おおぉ!!)
 ベルトのバックルには菊の御紋が輝いていた。

 さて写真***は食用菊「もってのほか」のお(ひた)しである。(***www.photo-ac.com>main>search もってのほかの写真素材 - photoAC から引用した)

 食用菊「もってのほか」は、秋の山形を紹介する味として欠かすことのできない旬の食材だ。山形県は食用菊の生産量で全国1位を誇り、庄内でも栽培が行われている。しゃきしゃきとした歯応(はごた)えと、ほのかな香り、そして甘さとほろ苦さを合わせ持つ日本独特の繊細な味が特徴だ。
 近衛兵を輩出するは郷土の誉れたる山形県庄内で、「天皇の御紋である菊の花を食べるとはもってのほか」と不敬罪に問われる前に「これは一風変わった食べ物の名前でしての~~」。
 ユーモアのセンス抜群だと思いませんか?

 んだんだ!
(2023年12月)
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