第21話

文字数 2,639文字

 家を出る一時間前から着替えて、いつでも出る準備が出来ている。玄関を開けて外を何度も眺めた。いつもと同じ景色だが、まだ通学時間にもなっていないので、クロダイはいない。
 「またクールケアラーズの一員になれたのね。良かった。クロダイ君がまた助けてくれるのね。本当に良かった。」
 クボヨシがそうやってクボケンに話しかけるが、生返事しかしなかった。クボヨシはその様を久々からの緊張と受け取っていたが、クボケンの頭の中は混乱が回っている。そんな中、クボハルが足を引きずりながら家を出る。いつの間にか帰ってきたし、何かがあったに違いないが、クボハルは無口だった。息子のクボケン、妻のクボヨシは何も聞かなかった。興味がないのもあるが、それ以上に、聞いても答えないだろうから、聞かないが常識になっていた。一方でクボハルは抱えた問題を口が裂けても言いたくないが、しかし、それを抱えることが辛かった。黙っていて、時間が過ぎて、いつの間にか無かったことになればいいが、そうは行きそうにない問題になっていた。クールケアラーズに所属しているのだからボスに相談すればいいのか?とも考えたが、今は相談したくない。子供のいじめと、自分の問題は別にしておかないとややこしい。
結局、親子三人はバラバラのままだった。一見は普通の家族だが、他人が同じ家に住んでいるのと変わらない。何が原因でそうなったのか三人の誰も説明できないが、三人の間には冷ややかな壁が一枚、ひんやりと挟まれている。
「おはよう。クボケン、行くぞ。」
時間になりクロダイが現れた。クボヨシが外に飛び出て話しかける。
「クロダイ君、おはよう。健人の母です。今日からまた、よろしくお願いします。健人を石川から守ってください。」
「おはようございます。守るもなにも、クボケンは石川のこと、いじめていましたからね。」
クロダイが何を今更という感じで突っ返すように答える。クボケンは朝から空気が歪むのを感じた。言わないでとジタバタしたが、クロダイは何事もないかのように平然としている。その様子に理解が追いつかないクボヨシはじっと固まる。この不良少年は何を言っているのだろう?健人が悪い筈ないじゃないの?意味がわからない。
 「クボケン、お前、いい加減にしろよ。ちゃんと言うべきは言え、じゃないと話がこんがらがる。何も悪くない善人のふりして、周りに何とかしてもらおうってのは、クールケアラーズじゃないからな。お前こそが当事者なんだ。当事者なら白黒はっきりさせろ。まあ、学校遅れるから、もう行こう。じゃあ、おばさん、帰ってからクボケンに真相を聞いてください。」
クロダイは「うそつきの母親、おめーの教育が悪いんだよ!」と追加して言ってやろうと思ったが、問題がもっと面倒なことになっているので、止めておいた。
 「ごめんなさい、大樹さん。このいじめのきっかけが僕であることを言わなくて。」
 「まあ、それは済んだことだから。でもな、解決するために必要なことはしろ。言いづらいから言わないってのは、逃げていることになる。逃げても決して問題は解決しない。被害者だったら、悪くないから逃げる必要がないかもしれないが、お前は被害者の前に加害者だったし、今は被害者だからって、戦わずして逃げるのはダメだ。橘さんが言ってたけど、お前は、いや、お前ん家は、誰も戦おうとしてない。逃げ延びることばっかりだ。戦うのは、何も勇んで前に出ることだけじゃないんだ。自分で何とかするって考えることが戦うことなんだ。しかもそれは短期的なことじゃなくて、ずっと先まで考えた考えを持つことだ。それが戦いに挑むってことだ。勇気を持って的に歯向かったり、無駄な抵抗をするのが戦いではない。戦いとは負けないための準備だ。そのためには、まず、正しい情報を開示していかないといけない。一人で戦うのでもそうだ。一緒に戦うのなら、尚更だ。」
 クボケンはクロダイが言うことを噛み締めるようにしっかりと聞いたが、自分には出来そうにないことばかりだった。おそらく、簡単なことだろう。考えていることを口に出して仲間に伝えるだけだ。その上で、味方がいることが前提で、今後の戦い方を考えていく。それは大事なことだろうけど、それをしようと思うと、ひどく難儀に感じた。もし、それが出来ていたなら、そうしていたし、こんなことにはならなかっただろう。
 「どうした、難しい顔をして。簡単なことじゃないか。」
 「はい、普通だったら簡単だと思います。でも、正直に言います。僕には難しいです。」
 「簡単だと思うことが、難しいってどう言うことだ?意味がわからない。」
 此の期に及んで素直に従わないクボケンに対して、クロダイはイライラし始めていた。誰のせいで俺は車に轢かれそうになった!と声を大にして言いたかったが、ボスからはちゃんと面倒を見ろと言われている。そこで人の行動というものを理解しろとまで言った。理屈ではなく、最後は感情で決めるのだ。だから厄介なんだとも教えてくれていた。クボケンは理屈では理解しているが、感情が介入して、簡単な答えを受け取ろうとしていない。それはなぜだろうか?イライラしながらもクロダイは考える。自分は学校や世間に対して反抗してきた。それはなぜか?それは、ムカつくからだ。なぜ、ムカつくのか?それは、思い通りにならないからだ。なぜ、思い通りにならないのか?世間や学校が俺のことを理解してくれないからだ。いや、意見が違うからかもしれない。どちらにしろ、意思疎通では学校と自分は断絶している。なにせ、あいつら信じられないからな。そこでクロダイはハッとする。
 「お前、俺たちのこと信用してないのか?」
クロダイからのストレートな質問だった。「そんなことありません!」とクボケンは答えるべきなのに、一瞬ためらった。
 「いえ、そう言うわけではなくて、まだ、クールケアラーズに入って、時間も、その、経ってないし、でも、そういったグループに入れてもらって、嬉しかったんですよ。」
へどもど言い訳をいうような参礼に、クロダイはイライラした。こいつ、全く人を信用してない。そういえば、ずっとそうだった。原因は自分なのに、部外者のように逃げて、本当のことを言おうとせず、馴染もうともしない。そうだ、こいつは人のことを全く信用してない。最初からそうで、今だってそうだ!
 クロダイは案件の最大の問題を発見した気がした。ボスや橘さんの態度の意味がわかってきた。

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