第20話

文字数 2,730文字

クボケン同じことを考えていた。なんで石川をいじめたのだろう?石川は見た目も良くて、運動もできて、勉強もできる。その上、人の悪口も言わない。それをすっかり変えたのは、僕だ。相変わらず勉強は出来るし、運動も出来るけど、環境が悪いところへ行ってしまった。杉村たちと連んだりして、不良の方向に進んでいる。あれは自分の原因があるだろう。でも、あいつは、やり過ぎだ。僕の居場所をすっかり奪ってしまった。もう、何をしても楽しくはない。せっかく、クールケアラーズの一員になって、明るい毎日が来ようとしていたけど、すっかり無くなってしまった。なんで石川をいじめたのだろう?気に入らなかったからだ。でも、それは石川に原因があるわけじゃない。あいつが、僕が欲しいものを持っていたからだ。それに腹が立ったのだ。どうしても得られないものをあいつは初めから持っていた。でも、それは、誰にも言えない。言ったところで、どうしようもない。だから、危害を加えたのだ。追い詰めたのだ。消そうとしたのだ。クボケンは出口のない迷路で、出口を探すフリをしていた。真っ暗な部屋の中、朝が来れば学校に行かなくてはならない恐怖と戦いながら、どうにかしようと考えていた。もし、本当に自分に非がないのであれば、いじめられるのは辛いだろう。しかし、いじめの原因もなんとなく理解できる。劣等感からくる、理由にならない腹立たしさを、自分より弱いもの、もしくは、無意識に自分が持ち得ないものを持っているものに対して、嫌がらせをして、惨めな状態に引きずり降ろそうとするのが、いじめの本質なのだろう。つまり、ボスは、橘さんは間違ってない。いじめは、いじめる側にしか問題が存在しないし、それを止めるには、いじめる側、加害者の心を治すしか方法がない。今はすっかり被害者になったが、自分は、もとは加害者だ。だから、いじめる側の気持ちはよくわかる。絶望的な劣等感を埋めるために、相対的に相手の状態を惨めな状態に下げようとする意味がない怒りがいじめの根幹だ。
クボケンはベッドで眠る事なく、原因と因果を考え続けた。考えたところで何も起きないが、考えずにいられない。自分の行った行動を反省し、それに対して受ける仕打ち。それは当然だが、しかし、辛い。この辛い思いを今まで人にさせていた。自分は生きている価値がないのではないかと自問自答し、それが頭の中をグルグルと回っている。自分の行いが自分を苦しめている原因と理解できると、この世はなんて生きにくいのだろうと思い始める。誰かに助けて欲しい。最後には自分ではどうにもならない事を理解して、誰かに助けて欲しいと切に思い始めた。自分で解決できないことは、誰かにお願いする必要がある。しかし、その考えはクボケンを追い詰める。クールケアラーズ、クロダイから嫌われてしまっている。助けを求める人がいない。外部にいないなら、家族はどうかと思うが、父親である久保田春彦に頼ったことがないし、頼ることが全ての敗北に繋がるように思えて、どうしても無理だった。であれば、母である久保田佳恵にお願いしようと考えてみるが、一緒になって泣いてくれるが、母親に問題を解決する機能はないと理解していた。ここまで考えると、始まりにもどり、同じ事を考え出す。
クボケンは考え続けているが、答えが出ぬまま、窓の外が白けてきた。朝が来ようとしている。ベッドから抜け出て、窓際に立つ。空の上の方は濃いい紺色で、下の方から明るくなっている。時計を見ると五時前だった。窓を開けると、一日のうちで一番冷え切った空気が部屋に入ってくる。草木の匂いが少ししたが、夏はもう少し先だ。冷たい空気を吸うと、肺が少し嫌がった。冷え切った世界に馴染めないような絶望を感じた。
死んでしまった方が楽ではないか?
クボケンは、なんとなくそう思った。これ以上生きていたって、面倒な人間関係があって、家族というものが嫌でも付いてくる。同じ登場人物が出る劇で、自分のキャラクターを演じ続ける必要がある。それの一体何が楽しいのだろう?すでに傷がついてしまったのだ。その傷は消えることがない。その傷を抱えて、でも、その傷を理解する人なんかいない世界で生きていかなくてはならない。それは、ずっと、たった一人であるということになる。何があっても、誰も本当のことは理解できないし、自分も不可解な考えを持ってしまう。ずっと混乱してて、その中を平気で生きていくのは、しんどい。瓶の底にいるような気分に陥ったクボケンは、その瓶の蓋が閉じられようとしているのを見た。瓶は確かに透明で、外の世界を見せてくれているが、ガラスは分厚く、わめいても誰にも聞いてもらえないし、知らない誰かに見世物にされるだけで、ずっと孤独な晒し者にしかならない。
朝の明けきらない空が、薄い影をクボケンに作る。夜明け前は、どうしても光が少ないのだ。光が少ないと暗闇が襲ってくる。クボケンは窓枠に足をかけて、そこから飛び出そうとした。眼下に広がる続く屋根を見て、その多さに諦めを覚えた。もう、どうしようもないのだ。サッシに足裏が食い込む。はねのけるように一歩踏み出そうとしたとき、スマホが鳴った。メッセージの着信音だった。クボケンは、もう未練はないから、無視して飛び出そうとしたが、どうも気になって、足を窓枠から下ろした。邪魔された気分でスマホを掴み、ササッと操作する。
「クールケアラーズの除籍を解除する。今日はクロダイが迎えにいく。逃げるな」
ボスからのメッセージだった。どこかで見ているのだろうか?とクボケンはあたりを見渡したが、そんな筈もなく、いまさらクロダイに会うのもキツイと思ったが「逃げるな」と書かれたら、逃げてはいけないような気がした。もう一度布団に入ろうかと思ったが、そんな気分にもなれず、眠気もなかった。ただ、やたらと喉が渇いた。心臓が寝不足でおかしなリズムを刻んでいる。クロダイには助けてもらったし、逃げるわけにはいかない。最後に会おう。そう思うと、時間を潰すために、椅子を窓際に持ってきて、街を眺めることにした。住宅の屋根がずっと向こうまで続いているいつもの景色だが、夜が明ける瞬間を見ていると飽きずに見ていることができた。その間は、考えが止まって、ただ、街があり、自分がいることだけを強く感じた。
「・・・負けないで戦うことだ。」
ボスが言った言葉を今更思い出す。負けないように戦い続けるのは、とても大変だ。何も楽しくないし、辛いばっかりだろう。どこかで安心することもない。だけど、負けないように戦うのなら、無駄な戦いをする時間が無いことは理解できた。誰かを貶めるような戦いなんてする暇は無さそうだ。
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