第5話 チクタクチクタク無限のループ

文字数 1,391文字

むかしにあった、ほんの些細な出来事です。 

オリンピックが開催される、すこしだけ前のこと。
都会の淋しがり屋さんが集まる街の片隅に、とても美しいチロという女性がおりました。
彼女は秘密基地にたったひとりで。
来る日も来る日も、泣きながら暮らしておりました。
どうしてかというと、大好きだった恋人の女性と無理矢理別れさせられたからです。

毎日悲しみに暮れていた雨の日の夜。
そんなチロの前に、ミチという女性が現れました。
自分とおんなじ、泣き虫のミチとお友達になりたかったチロですが、昔の恋人の影がチクチクしていて、仲良しになっても良いのか判らなくなってしまいました。

「私は楽しかったよ。だけど、思いっきり甘えていたのかなチロさんに。秘密基地が大好きだった。とっても・・・大好き」

毎晩やって来るミチを見て、チロはどうした訳だか不安になっていきました。
好かれることに怯えていたのです。
その性格は、ちいさい頃から変わりませんでした。
チロのパパやママは。

「お前みたいな失敗作は、どうにもならない」

とか。

「世間様に顔向けできない」

などと、正直に生きようと頑張っていたチロに酷い言葉を投げかけていました。
考え方が置いてきぼりの悲しい人たちは、他にも沢山いたのです。
ミチにもいつか嫌われてしまうのでは・・・。
そう考えただけで、チロはしくしく泣いてしまうようになりました。



「チロさんずるいよ。私は・・・嫌われたままなのかな・・・嫌ったままお終いなんて・・・」




そんなある日、チロの秘密基地に元恋人から電話があったのです。
いっしょに逃げよう。
この世界から逃げよう。
やっぱり大好きだよと、言ってくれた声に偽りはありませんでした。
少なくともそう感じたチロは、ふたりで逃げる決意をしたのです。



「チロさん・・・あのね・・・カクテル・・・私ね・・・ちょっとだけ詳しくなったよ・・・」



百日紅に目もくれず、スターダストを避けながら彷徨ったある日、ミチはチロが虹の橋を渡ったことを知りました。
アラスカの誰も訪れないコテージで、恋人といっしょに旅立ってしまったのです。
見つけられるまでの長い間に、2人の身体は真っ白なお骨だけになっておりました。

素敵な瞳や、美しかった髪の毛や、艶々の肌は、ちょっとひねくれた魂といっしょに消えてしまいました。



「ホワイトルシアンみたいに・・・愛しく思ってくれてたのかな・・・私にオススメしてくれたアフィニティってカクテル・・・触れ合いたいって意味だよね。だったらさ・・・」



チロは、泣いているミチにそっと触れました
虹の橋の向こうへ行く前に、伝えたいことがあったのです。
紛れもない素直な気持ち。
ゆりかごみたいに動かされた想いに、嘘はなかったのです。

「チロさん、どうして・・・」

「ミチ・・・」

「・・・ごめんなさい」

「・・・ミチ」

「チロさんが作ってくれたエメラルドアイル。最期に飲んだカクテル・・・信じて良いよね・・・」

「・・・いいよ」

「エメラルドアイル・・・」

チロは、コアラみたいになったミチの鼻や、ちょんと尖ったサル耳、舌足らずな声と涙を抱きしめました。

「偽りなき心」

ーそれはどこにでもある、ふしぎなふたりのおとぎ話でした。

おしまい。

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