第4話 エメラルドアイル

文字数 2,516文字

「誠に勝手ながら・・・本日は休業させて頂きます」

縦書きの9フォントの文字が、何日も私の心をえぐっている。
チロさん風邪でもひいたの?
どうしたの?
お見舞いに行きたいけれど、何故か躊躇する私の理性。

「傘!貸してやろうか?)  

あの言葉から始まった2人ぼっちのユニット。

「いえ、慣れてますから」

「ここ、店の前なんだけど」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「一杯だけ、飲んでかないか?」
 
チロさんずるいよ。
どうして引き留めてくれたの?
チクタクチクタク想いがめぐる。

「秘密基地にしたいんだ」

「秘密基地ですか?」

「そう、オトナの秘密基地」

私は何を求めているの?
下らない無限のループ。
逃げちゃっても良いじゃない? 
私の中の自問自答。

「チロさん、逃げないでよ」

あなたも逃げたじゃない?

「責めないでよ」

人が逃げると責めるの?

「責めてなんかない!」

責めてるんじゃない?

「あんたが言ったんだよ!逃げちゃえって!」

また人のせい?

「違うよ!だけど・・・」

だけど?

「お願い・・・逃げないでよ」
 
チクタクチクタク無様な私。




無駄な時間と虚な景色をいくつ重ねたら幸せになれるのかな。
ローズダストの空も、ヴァイオレットの土も、色褪せたからくり人形のランプブラックも、みんなみんな無くなってしまえば良いのに。

エメラルドアイルは教えてくれない。

弄ばれるだけで終わるのは、シャルトルージュヴェールがキツ過ぎるから?
だけど私は沈みたかっただけ。
ゆりかご・・・。
深い深い黒紅色の海の底。
愛を知りたかったから。
難破船。
私のゆりかご。

ドライジンをいつもより多めに入れる。
私は私でいられなくなる。
いつまで眠っている気でいるの?
そろそろ起きなくちゃ。
穴ぐらで震えながら生きるより、外へ飛び出す勇気を下さい。
神様どうか。
異質な私に。

チクタクチクタク。
無限にループするだけの世界。
チクタクチクタク。
終わりが始まる無限のループ。





お店に明かりが灯る夜に、私は緊張しながら扉を開けた。いつもの貼り紙は剥がれかけているけど、そのままにしておいた。
飛んでっちゃえば良いのに。

「あ。ごめんなさい。お店終っちゃたんですよ・・・」

チロさんの瞳。
私を見つめて固まる表情。
なんだか淋しい。

「ミチ・・・」

「お店・・・辞めちゃうんですか?」

「あ、バレた?」

「どうして?」

「えっと・・・どお? 最後に?」

「秘密基地だったのにぃ・・・」

言葉に出した瞬間に涙が零れる。
相変わらずのコアラ鼻。
唇が震えていた。
私のわがまま。

「おいで」

ずるいよ。
チロさん。
動けない。

「おいで」

「はい」

優しすぎる声に甘える。もう最後なの?

「今日はさ、隣同士で飲もうか」

「お金はちゃんと払いますから」

「よろしく」

「・・・」

チクタクチクタクやさしい時間。
チクタクチクタクおいしい時間。
チクタクチクタク2人だけの時間。
チクタクチクタク無限のループ。 
ずっと続いて欲しかったのに。

「ミチ、エメラルドアイル」

「エメラルドアイル?」

「このカクテルの名前」

「・・・」

「グリーンアラスカとも言うんだぜ」

「そうですか・・・」

「・・・そうなんです」

「辞めて、どうするんですか?」

「ココを?」

「決まってるじゃないですか」

「逃げる」

「え?」

「私も、思い切って逃げよっかなって」

「何から・・・ですか?」

「異質な存在・・・ってところかな」

「わからないです」

「良いよ」

「秘密基地、無くなっちゃった」

「あまり無理すんなよ。オトナの酒だから」

「私、オトナです!」

「そうだな」

はぐらかさないでよ。
チロさん。

お願いだから、私とちゃんと向き合ってよ。

「何処に行くんですか?」

「ココ」

「はい?」

「ココ!」

エメラルドアイル。
グリーンアラスカ。

「アラスカ?」

「そう」

「ひとりで?」

「いや・・・ひとりになるかもな」

「よくわかんない」

「成就しないんだ。私って」

「恋愛・・・ですか?」

「異質だからさ」

「もう!さっきから異質異質ってなんなんですか!チロさんは素敵です。異質なんかじゃありません。外見を理由にして、自分を特別な存在にして逃げてるだけでしょう!逃げても良いけど虫が良すぎます!私、私だって逃げたけど・・・秘密基地があるから・・・勇気をもらえたのに!チロさん・・・いなくなるなんて・・・」

自分勝手な意見。
私。
死にたい。
酔い痴れている最期の夜に。

「ごめんなさい。酔いました」

「私も」

「ハイ」

「酔ったかな」

「え?」

「ミチのサル耳」

すこし濡れた指先に私はたじろく。

「チロさん、ち、ちょっと、ふざけないで」

「好きだよ。やわらかい」

「ヤ。ち、ちょっと・・・ァ、ダメですって」

「触れたかった」

「イヤ・・・」

「顔、上げて」

「え」

「ほっぺ・・・火照ってる」

「ん・・・ァ・・・」

「私の指」

チロさんの指先が、私の唇を愛撫していく。
その声に上下する、私の喉が熱い。

「舐めて見せてよ」

「ッア・・・」

「私を・・・見て」

「・・・恥ずかしいから・・・」

「可愛い唇」

冷たい鼻先。
本気にしても良いの?

「いつかはこうやって・・・弄ばれたかったんでしょう?」

「・・・」

「遊んでやるよ。ミチ・・・」

「・・・ふざけないで・・・ふざけないでよ!」

「・・・」

「ふざけないでよ!帰ります!私、帰ります!」

笑っているのは何故?
やさしく殺して。
空っぽの秘密基地。
ぬけがらの私。
死にたい。
死にたいよ。
チクタクチクタク無限のループ。
チクタクチクタク無限のループ。

「バイバイ」

最後に聴こえたチロさんの声。
チクタクチクタク無限のループ。

バイバイ。





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