3話 生還者0のダンジョンの前にて

文字数 6,029文字

――ミミコがちょうど柵の前でポーズをとっていた頃。
彼女が目指す塔型ダンジョンの前にて2人の男が何やら話し込んでいる。
「よう、にいちゃん。それやるの何度目だ?」

と、言うのは肩に槍を担いだ男性である。
彼の名前はサイモン。年齢は33歳。
どこかやる気のない雰囲気を漂わせているが、体つきはガッシリとしている。
見るものが見れば熟練した兵士だと見抜けるだろう。

「せ……急かすんじゃねえ! 今日こそおれは行くぞ! 行くぞったら行くぞ!」
と、言うのはまだ幼さの残る少年である。
彼の名前はアラン。年齢は15歳。
威勢のいい言葉とは裏腹にその両足はガクガクと振るえている。
見るものが見なくてもビビリの少年だと見抜けるだろう。
「昨日もそう言ってなかったか?」
「昨日より30センチも前に進んでるわ! 着実な成長を見せてるわ!」
「その調子だと、3メートルセンチ先の入り口にはあと10日はかかるなぁ」
「うるせぇっての! 慎重なんだよおれは! 無謀と蛮勇は違うんだよ!」
ここ3日ほど、彼らはこんな調子の会話を繰り返した。その原因は言わずもがなアランにある。

サイモンは門番である。この塔に許可なき者が入らぬよう毎日見張っている。少しやる気なさげではあるが、許可を得ずに入ろうとする荒くれ冒険者や、いたずら心でダンジョンに入ろうとするちびっこたちをきっちりと追い返している。優秀な門番と言ってもいいだろう。


アランは新米の冒険者だ。ダンジョンの入場許可証は持っているのだが、ご覧のように塔の前に来て――いや、塔に来る前からビビっており、最終的にはビビり倒して家に帰るという毎日だった。

「無謀と蛮勇じゃどっちも死ぬだろ、にいちゃん」
「そういうこと言うなよ! 今ビビってんだから! あんま真面目につっこむなァ!」

サイモンはやれやれとため息をひとつつき、持っていた槍を壁に立てかけると、腰を深く降ろした。

いわゆる『ヤンキー座り』である。

「まー、にいちゃんがそうなるのは無理ねえわ。まぁだこの塔から生還した奴いねぇもんな」
「そういう解説もやめろォ! 俺の出そうとしてる精一杯の勇気がしぼむわ!」
「俺はそっちのが嬉しいんだけどねぇ。今じゃここに入ろうとするの、にいちゃんぐらいしか居ねえもん。おじさん話相手いなくて暇してたのよ」

長い沈黙を破り、ついに入り口が開かれたこの塔のダンジョン《アンジュトゥーレ》。

当初は毎日のように多くの冒険者がやってきていたが、今ではもう数えるほどの挑戦者しが居なくなっていた。


それも当然の話、このダンジョンから生還した者は0なのだ。

そんな危険地帯に今さら挑もうとするものなど、よっぽどの自信家か、何も知らない素人かである。アランは言わずもがな、後者だ。



「俺はおっさんの話相手になりに来たんじゃねーんだよ! 未知なる冒険と一獲千金を求めてきたんだ!」
「おーおー、ご立派だねぇ。ほら、じゃあさっさと進め進め。未知なる冒険と一獲千金は3メートル先だぞー」
「くそぉ……! わかったよ、いってやらァ! 今日こそいかねえと、オヤジには家にいれねえっていわれてンだからよぉ……!」

――ズン! ズン! ズン!


牛歩のように進まなかったアランの足が、ここに来てついに大きな進展をみせる。



「おっ、えんらい勢いよく進んだんじゃねーか。もう入り口は目の前だぜ」
「あ、当たり前だ! 今日こそ行くんだからよ!」
「そうかいそうかい。寂しくなるねえ。にいちゃんとは良い友達になれそうだと思ったんだけどねぇ。


……で、次の一歩はまだかい?」

アランの目の前、つまり塔の入り口には薄青色のモヤのようなものが渦巻いている。

しばしそれを凝視していたアランであったが――しばし後も見つめ続けたままだった。



「なあおっさん……このモヤってなんなの……?」
「おいおい! にいちゃん、ゲートすら初めてか?」
「うぐっ……そうだよ……! なんだこの薄いモヤみたいなの、初めて見たんだよおれ!」
「……しょうがねえな。そんなビビリで無知なにいちゃんのために、このおじさんがゲートについて説明してあげよう」
サイモンは呆れたように鼻で笑いながら続ける。


「簡単に言うとだな、その薄いモヤは『この先は人間の常識が通用しませんよ~』ってサインなんだよ。

……なに変な顔してんの? すげえわかりやすい説明なんだけど?」

「そう言われても、どういうことなの? もっと詳しく説明してくれない?」

「じゃあ"わかりにくく"説明すんぞ。

そのモヤは、外からの情報の全てを遮断する作用があんの。


試しにモヤの中に首だけつっこんで叫んでみ?

にいちゃんの声って情報が、そのモヤで全部遮断されて、

おじさんにはまったく聞こえないから」




サイモンは親指をゲートに向けて促すが、アランは首をブンブンと横に振る。

「――ったく、今日こそ塔の中に入んだろ?

まあいいわ、説明にもどんぞ。


にいちゃんの目の前にあるモヤは入り口だ。

そのモヤの中に入って進めば、おそらく出口のモヤがあるはずだ。

このモヤで遮られた空間のことを《ゲート》って言うんだ」




ここまでは付いてこられているか?と視線をアランに送る。

アランの小首はかしげかかっているが、なんとかまだ持ちこたえている。



「よし。んで、なんでそんなモヤがあるかっていうとだな、ゲートの中を《心象作用》の魔法で満たすためだ。だからゲートの中は常識が通用しないの。以上、説明終わり」

なんとか持ちこたえていたアランの小首だが、

このサイモンの説明にて完全にかしげてしまう。まるでフクロウのようだ。



「ほら~伝わらなかった! にいちゃんほんとトーシロなんだなぁ~!

マジでこの塔の中にいくの? 辞めといたら? 未だに生還者いないんだよ? 死ににいくようなもんだよ?」

「そっ、そういうのいいから! そのシンショーサヨウってやつを説明してくれよ! ゲートの部分まではなんとかわかったから、それがおっさんの仕事だろ!」

「おじさんの仕事は一般の方がこの塔に入らないようにすることでーす。冒険者に説明するってのは給料外でーす。シフトは9時から17時まででーす」

「なんてやろうだ……真面目に仕事しろこの給料泥棒が!」

「だから説明は給料外だって。まあにいちゃんのこと好きだしサービスで教えてやるよ。

心象作用っていうのはな、簡単に言うと人が受けたイメージをそのまま外観にも影響を与えるってもんだよ……つっても、にいちゃんのことだから通じねえだろ? とりあえずそのモヤの中に入ってみ?」

サイモンは再び親指をゲートに向けるが、なおもアランは首を横に振る。

「い、いやだ、怖いし……」
そんなアランの態度にサイモンも流石にうんざりしたのか、無言で立ち上がる。

そして両手でアランの頭部を掴むと――

「いいからはよ突っ込めや!」
と、ゲートの中に突っ込んだ。


「――うわああ!! し、死ぬ!……死なない? ……って、あ、穴……?」

アランは思わずつぶった目をゆっくりと開けていく

彼の視界には――つまりモヤの中には半径1メートルほどの小部屋があった。

部屋の中心には正円の半径30メートルほどの穴がある。


つまり、ほぼ穴しかない小部屋である。

「ほほーん、今回は"穴"か」

アランに続いて、サイモンもモヤの中に首を突っ込む。

彼は3ヶ月、塔の門番のようなことをやっていたが一度もゲートの中をみたことがなかった。この塔に対してまったく興味がなかったのだ。


サイモンは一歩前に出て、モヤを突き抜けてゲートの中に足を踏み入れ、アランに手招きをする。穴の前まで来いという合図のようだ。


それを見たアランは、おそるおそるといった様子で、ようやく足をゲートの中に踏み入れて、忍び足で穴の前まできた。

2人は穴を覗き込む。穴は深く、底は見えず、ただ暗闇が広がるだけだった。 


サイモンは小石を落とす。何秒たっても、それが底につく音は聞こえなかった。

「出口のモヤは、恐らくこの穴の先にあるな」

「……ってことは、先に進むには、この穴に落ちなきゃダメってこと……?」

「にいちゃんにしては察しがいいじゃねえか、正解だ。ところで、この穴をみてどう思った?」

「どうって、落ちたら死ぬなって……ロープ持ってこようかなって……」

「はっはっは! そりゃそうだ! じゃあ落ちてもダメージがないとしたら?」

「……へ? それなら、どこにつながってんだろうとか、落ちたら戻ってこれなさそうだなあとか、かなぁ……」

「そう、それだ。それが心象作用だ。にいちゃんが今感じたもの、それがこの穴に落ちたものには影響される」

「……ど、どういうこと?」

「いいか、つまり――」

と、サイモンが説明しようとしたときだった。


――ドン、という衝撃をアランは背中に感じる。

次に襲い掛かってきたのは浮遊感。

「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」

重なる3人の声。

アランは後ろからよっぽど強く押されたのだろうか、

穴を覗きこんでいた体勢からそのまま縦に180度回転していた。


だから彼は、自分に衝撃を与えた存在の姿を確認できた。

それは少女だった。この当たりでは見ないような、上品そうな学生服を着ている。


彼女はアランを突き落としたというか、ほぼ体当たりだったようだ。

なぜなら、その少女もぶつかった勢いのまま、穴の中に落ちて来ていたのだから。


そこまで確認した後、アランの脳みそはようやく状況が理解できた。
おれは今、穴に落ちているんだなと。

「――おいっ!!」
サイモンはとっさに手を伸ばした。
彼の仕事は門番である。
この塔に許可なき存在を入れないために、毎日9ー17時まで見張っているのだ。
その職務を全うするため、今しがた乱入してきた少女に手を伸ばす。

しかしその手を掴んだのは――
「たすけて! おっさん!」
――アランだった。

彼は自身に伸ばされたのだと勘違いを――いや、勘違い以前の話だった。反射的に、助かりたい一心で、伸ばされた腕を掴んでしまっただけなのだから。
「おめえじゃ――!!」
と、サイモン叫んだときには既に遅し。
いくら熟練の兵士と言えど、少女の体重ならともかく、 成長期を迎えた少年の体重を、 それも予想しなかったタイミングで掴まれてはバランスを取ることができなかった。

つまり、サイモンもアランに引きずられる形で穴の中へと落ちていく。
「ねえええええええええええええええええええええええええ!!!」

サイモンの声が虚しく、塔の中に響き渡った。
◇ ◇ ◇
何秒おちているかわからない。

30秒か、もしかしたら1分か。

その間、アランができたことと言えば、無意味にもがき続けるだけだった。

――ようやく、その状態から開放するものが見えてきた。地面である。

ということは、そこに叩きつけられることになるのだが――

「うああああ!! いてえええええ…………く……ない?」


ありえないほどの高度から落ちたにも関わらず、着地の衝撃はほぼなかった。

アランは地面に打ち付けたところを左手で触ってみるが何ともなっていない。


「おら、いい加減離せや!」
すぐ隣に落ちたサイモンが、アランの右手に握られっぱなしだった手を乱暴に振りほどく。

サイモンは何事もなかったかのように平然と立ち上がる。
彼に動揺の色は見られなかった。
「え……ええ……えええ……?」
また、サイモンの隣には、この当たりでは見ない学生服を着た少女がいた。
アランを突き落とした……いや、体当たりして一緒に落ちてきた存在である。
少女は肩で息を切らせて、額に玉のような汗を浮かべていた。

――その少女に見覚えがあった。
「あれ、おまえ……ミミコ? ミミコだよな?」
「……え、ええっ!? アランくん!?」
――どうしてこんなところに、と二人が同時に言おうとした瞬間にである。

「ようこそ、私の塔へ!」

背後から聞こえた声が、その声を遮る。
二人はゆっくりと、そちらを振り向いた。

そこには純白のドレスを着て、背中から大きな翼を生やした女性が、口元に笑みを浮かべてこちらを見つめている。
まるで、絵本とかで見かける天使のようである。
「てっ、天使……?」
思わず口に出てしまった。
「ハイ! ワタシ、天使です!」
返事があった。本当に天使のようだ。


3ヶ月前、この塔の入り口が開いたという日。
街の中で天使らしき存在が目撃されている。

その天使らしき存在は、「ダンジョンオープンのお知らせでーす! ワタシ、あの塔の管理人です! よかったら遊びに来てくださいねー! 一番先に攻略した人にはなんでも願いを叶えてあげちゃいますよ~!」と、アンジュトゥーレを指差し、そう言い回りながら手製のチラシを塔近くの民家に配って回ったという。

天使らしき存在はひととおりチラシを配り終えると、空をふわりと飛び上がり。
あのどうやっても開かなかった塔の入り口を開けて中へと入っていた。

その日は、ものすごい大騒ぎになった。
天使という種族は文献上では確認されているが、人前に出てくることはほとんどない。
それが実際に見られ、そしてチラシを配り、さらに20年開かなかった塔をあっさり開けていったのだ。
奇しくも20年前、ゼンジがでっち上げた塔の噂は全て当たっていたのだ。
瓢箪から駒どころか天使が出てきてしまった有様である。

天使を目撃した人たちは『美しいブロンドの髪に、純白のドレス。そして背中から翼を生やした女性だった』と口を揃えていう。
その特徴は、まさに、目の前にいる女性と一致している。
「いや~、最近新しいお客様が見えなかったので嬉しいですね~! 歓迎しますよ~! おとこのこと、おんなのこと、オジサマ! 珍しいパーティですね~!」
天使は嬉しそうに語るが、返事をするものはいない。
「ミナサマには、これからこの塔の最上階を目指して頂きます!
でも~! 普通に登ったんじゃ面白くないじゃないですか~?
そんなのいちばん強い人が攻略しちゃうに決まっちゃいますからね~!

そこでー! ワタシは挑戦者の皆様に、願いを叶える付術(エンチャント)をひとつだけあげることにしました~!
どんどんぱふぱふぱふー! おめでとーございまーす! これはスゴイことですよー! 
ということで、アナタたちの願いを聞かせてください!

ほら、ワタシ、塔の最上階に一番早くについた人の願いを叶えてあげるって言ったじゃないですか?
でも~本当にそんなことができるのかな~? って、いまいち信じられなくないですか?
そこで~そのお試しというか~ほんとうにそういうことができるんだぞ~!ってとこを見せてあげようと思いましてー、いわゆるデモンストレーションってやつですね!

あっ! ここであげるエンチャントはこのダンジョンの中でしか使えませんから注意してくださいね~!
ダンジョンの外でも使えるエンチャントが欲しいのでしたらがんばって一番早く塔の最上階を目指してくださ~い!」
天使は満面の笑みで、そう言った。
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登場人物紹介

ミミコ

自由を愛する15歳の少女。
街の権力者の娘でいわゆるお嬢様。

束縛って言葉を見ただけで吐き気がするほど縛られることを嫌うが、
父に断れないお見合いを強要させられる。
しかもその相手は超マザコンだった。

「そんなんとお見合いするぐらいなら家出する!」
と、生還者0のダンジョンに家出を決意する。

アラン

夢とか冒険が大好きな15歳の青年。
新米冒険者のため経験は浅いが、父親に手解きを受けていたため基本は身につけている。
同年代の一般的な冒険者よりは少し手慣れている。
しかし超がつくほどのビビリ。

一見すると冒険者に向いていない性格なのだが、ビビリようがない状況まで追い詰められるとすぐに腹を括るので土壇場に強く、意外に適性が高い。

サイモン

夢とか冒険とか、そういうのはとっくに諦めた33歳。
ミミコが家出先に選んだダンジョンの門番している。

今の仕事をそれなりに気に入っていたが、ミミコに巻き込まれる形で脱出不可能なダンジョンに突き落とされる。かわいそうな33歳。

ゼンジ

ミミコの父親、野心あふれる44歳。
とにかく利益を優先する男性。
娘の人生も自身の利益のためにしか思っていない。

天使

ミミコが家出先に選んだダンジョンの主。
まだまだ遊び足りない330歳。
たのしいことが大好きな性格で、ダンジョンも自分が楽しむために作った。
挑戦者たちにも仲良くあそんで欲しいため、ダンジョンでは他の冒険者に攻撃すると武器の殺傷力を低下させる魔力をほどこしている。

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