5話 ずっとずっと、欲しかったもの

文字数 4,492文字

「ちょ、ちょっと、なあ、ミミコ、この天使さんの話ちゃんと聞いてた!? 願いってこのダンジョンの攻略において必要なもんだろ!? 一人暮らしっておまえ、何いってんの!?」
「そ、そんなに変なお願いだったかな?」
アランは早口でまくし立てながらミミコに近づいてくる。そんなアランにミミコは顔だけ向けて返答する。両手を天使に握られっぱなしだったからだ。

アランはミミコとの距離が手を伸ばせば届くほどになった時、天使はミミコから片手だけ離して、ズビしっ!と手をアランに突きつけた。
「のんのん! そこの少年! ヒトの願いを口に出すのはタブーですよ! ……ほら、見てください! こんなに強い想いなんですから」
天使が突きつけた手には、青く白い輝きを放つ玉のようなものが握られている。
「なっ! なんすか、これ!」
「これはカノジョの願いをマナに変えたものですよー! 想いが強ければ強いほど、マナは大きく、強く発光するのです! ほら、こっちも!」
と、天使は視線を下げた。
そこには天使のもう片方の手、つまり握っているミミコの手があり、いつのまにかそこからも、同じような光が放たれている。
それを見たミミコは「へえー……」と気の抜けた言葉が漏れた。

一応、ミミコの通うお嬢様学校でも魔法の教科がある。そのためミミコも魔法の基礎知識程度は身につけているのだが、そこで教わったことは、マナとは『肉眼で見ることは不可能なもの』であり、『マナから何か』に変換は可能でも、『何かからマナ』に変換は不可能であるというものだった。

――今、目の前で起こっていることは、このどれらにも反している。
「アナタからすっごい強い想いが、私の中に流れ込んできました! それがダンジョンで一人暮らししたいだなんて! ワタシ、とってもウレシイです!」
天使はミミコに微笑むと、ゆっくりとミミコから手を離す。
そしてその強く輝くマナをすくうように持つと、嬉しそうにその場でくるくると回り出す。マナも天使の動きに合わせて動き、マナの軌道に光の残像が残る。
(学校の先生がこれを見たら、腰を抜かすだろうな~)
ミミコはもう「このダンジョンは理解不能なことしか起こらない」としか理解できなくなっていたし、それが理解できれば十分だとも思っていた。もうこの勢いに身を任せようと。このダンジョンでは正しい適用である。
「でわ! これよりエンチャントをお作りしますね! 何か武器はお持ちですか? あればそれに付与いたしますよー!」
「あっ! ありますあります!」
ミミコはスカートをめくると、太もものガータリングからロッドを取り出す。

「いいっ!??」
それを見ていたアランが喉を捻り上げるような声を出す。
(なにその変な声……って、ああっそうか!)

「ごめんね? はしたなかったね」
「……いやそういうんじゃあねえけど」
まごついてるアランを余所に、ミミコは取り出したロッドを天使に見せる。
「これなんですけど、既にエンチャント効果が付与されたマジックアイテムなんですけど大丈夫ですか?」
「ホホー! これはいい仕事してますねー!」
天使は顔を近づけて、まじまじと差し出されたロッドを見つめている。
「……ウーン、これなら別のやつにしたほうがいいかな? ワタシのエンチャントは厳密には武器にエンチャントしてるわけじゃないので大丈夫なんですけど、あんまり効果が重なるとややこしくなっちゃいますからねー」
「――ということで、ハイ!」
天使は再び、ミミコの手首を両手で握った。
天使の手に乗っていたマナがミミコの手首に集まり――さらに強く、光輝く。

――うわっ!

と驚く暇もなく、その光は収束した。
手首には、なにかが巻かれている感触だけが残る。

「ハーイ! 完成しましたよー!」
天使が両手を離せば。
そこには、銀色のブレスレットがはめられていた。
「あっ、ありがとうございます。……このブレスレットに、エンチャントされてるんですか?」
「ハイ! その願いのエンチャントを使いたいときは、出したい場所に手を向けた後『ハウス』って言ってみてくださいね!」
「ハ……ハウス!」
ミミコは早速、目の前の開いた空間に手を向けて言ってみる。
ブレスレットが青く発光し、ミミコの手のひらから”ビョイン!”っと家らしきものが飛び出した。
地面から浮いた位置から出現したため、地面に落下して大きな地響きを立てる。

ミミコは飛びでた家を見上げる。
その高さは3メートルほどであって屋根つきだった。
横と縦は、両手を伸ばしたミミコがゆうに3人は入る広さがある。
「わあ……本当にでた……」
「フフフ、良い家でしょう? アナタの想いがとっても強かったので色々とおまけしておきましたよー! 大きさはイマイチですけど住居面はバッチリです! この家にはアナタしか入れない、アナタだけのお家ですよー!」
そこで天使は「おっほん!」とわざとらしい咳払いをすると、口元をミミコの耳元へと近づける。
「このお家には生活に必要なものはすべて付けておきました。お花つみとか、お風呂とか、異性の人とパーティを組むとたいへんですものね。わかりますよー女の子ですものねー」
…………
ミミコは頬を一瞬だけ赤らめると”うんうんうん”と首を何度も縦に振っている。
(そんなこと考えてなかったけど、ダンジョンで生活するってことは、そう言う問題とも付き合っていかないとダメってことだ。プライベート空間の確保って……ここで生活する上ですごくありがたいことなのかもしれない)
2人がそんなやり取りをしている中、家の玄関前にサイモンは立っていた。彼はなんら躊躇することなく、ドアノブへと手を伸ばした。
「……お嬢ちゃん、ためさせてもらうぜ?」
とだけ言うと、サイモンは許可を待たずに家のドアノブに手をかけた。
その瞬間――バチッと音を立てた電撃がサイモンの手にはしる。
「――つうゥ!」
「のんのんのーん! ちょっとそこの人! 女の子のお部屋にいきなり入ろうとするなんてデリカシーなさすぎますよ! 私の話聞いてなかったんですか!? この家にはカノジョしか入れないんですからねー!」
「……聞いてたよ、だから試したんだろ。――しかし、むちゃくちゃやってんな、こんなエンチャント見たことねえぞ」
サイモンは手を痛そうに振りながら、ミミコに視線を向けた。
「お嬢ちゃん、こん中に入ってみな。機能確認は早いうちにやったほうがいい」
「……あっ、はい! 中、見せてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ! アナタの家なのですからご自由に!」
ミミコは家の玄関の前に立つと、おそるおそるドアノブに手を伸ばす。
電撃は――飛んでこなかった。

ドアノブをひねればあっさりとそれは開き、中の様子が見えた。
まず玄関があって、奥の方にはソファー、テーブル、テレビ、間接照明、ベット、観葉植物などが見える。
ミミコはその中に足を踏み入れた。

その後にサイモンも続く――
「――痛っででででええええ!!」
が、しかし。サイモンが家の敷地内に入った部分に電撃が走る。今度は足から踏み入れたため、ほぼ全身で電撃を味わうことになった。
「の、のんのんのーん!! 私の話し聞いてなかったんですか!? このおバカさん!!!」
「……きいてた。だから本当か試したんだろ。こりゃマジでお嬢ちゃん以外入れ――」
――バタン。
サイモンが抑えていた手を離したため、ドアが自重で自動的に閉まる。
ドアが閉まると外の会話が一切聞こえなくなった。

ミミコは外の様子も気になったが、この家について調べるのが先だと思い直して、靴を脱いで部屋の中に入る。
室内にあった小物はどれも触ることができたし、手に持つことができた。試しにテーブルの上にあったリモコンを持って、スイッチを入れてみた。
(――テレビ、映ってるなあ)
何度かチャンネルを変えてみる、それらはどれも問題なく映ったし、音声も聞こえる。
もはやミミコは、この程度なら驚かなくなっていた。

奥にはさらに部屋が2つあった。
そのドアを開けてみると、1つはトイレで、もう1つは洗面所だ。

洗面所にはコップと歯ブラシと洗面台、さらに洗濯機まで完備されている。
さらに奥の部屋に続くドアがあって、その先は浴室に続いていた。
浴室にはシャワーと、人が2人は楽に入れそうな大きな浴場がある。

試しにシャワーのレバーを捻ってみると、ジャージャーと水が勢いよく出たし、さらに温度調整も可能だった。
ミミコは一度に温度を冷水にした後、その水をすくって飲んでみる。
(――飲めるなあ。これがあるなら飲み水の心配いらないかも……)
天使の言うとおり、生活に必要なものは全てあった。
この情報はアランとサイモンとも共有したほうがいいだろうと思ったミミコは、洗面所にあったコップに洗面所の水をつぎ、それを持って家から出る。
「ど、どうだった?」
「うん。お家だった。水も出せてね、ほら見て――って、あれ?」
外でまっていたアランは、家から出てきたミミコに問いかける。
ミミコは持ってきた水の入ったコップを見せようとしたが、それはいつのまにか手から消えている。
「――あ、もしかして家の中から何か持ってこようとしました? 残念ながら、お家の中のものを外に出すと消えちゃいますねー」
「そう……なんですか、残念だなあ。……ところで、このお家って戻す時はどうするんですか?」
「消えろーって思えば消えます!」
「き、消えろー? ……あ、ほんとだ……消えた」
ミミコの出した家は周囲に馴染むように薄くなっていき、最終的には何も見えない状態になる。家があった場所を手で触ってみても当たるものは何もなかった。
「ハーイ、以上で説明はオシマイです! このダンジョンの好きなところにお家を出したり消したりして、自由な一人暮らしを満喫してくださいね!」
「ハイ! 女の子の願いは決まりましたよ! そこの男の子とおバカさんなおっさん! アナタたちの願いは決まりましたか!」
天使はアランとサイモンに視線を向ける。サイモンに対する呼び方が、いつのまにかオジサマからオッサンになっていた。サイモンは未だに電撃のダメージが抜けていないのか、目を細めて地面に座り込んでいる。
(……私、一人暮らしをできるお家を手に入れられたんだよね? あのお家って、私の家って言って良いんだよね?)
アランは何やら天使と会話をしている様だ。二人から距離をとっているミミコには、なんて会話しているかまでは聞こえなかった。

ミミコはその光景を、ぼーっと見ている。
(私の家は――このダンジョンの中でしか使えないけど。家の中にごはんは無かったから、どうにかして食料を確保しないとダメだけど。とても不便な環境だけど、それでも初めて、私だけの力で生きていける、そういう環境を、手に入れられたって言って良いんだよね?)
まだまだ前途は多難である。
しかしそれは、ミミコがずっとずっと欲しかったもの。それが、ようやく手に入った。

そう思った瞬間、ミミコの視界はぼやけた。
そして頬に冷たい水の感触が伝わる。
「えっアレ――おかしいな、これからなのに……」
ミミコはその涙を、誰にもばれないようにそっとふいた。
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登場人物紹介

ミミコ

自由を愛する15歳の少女。
街の権力者の娘でいわゆるお嬢様。

束縛って言葉を見ただけで吐き気がするほど縛られることを嫌うが、
父に断れないお見合いを強要させられる。
しかもその相手は超マザコンだった。

「そんなんとお見合いするぐらいなら家出する!」
と、生還者0のダンジョンに家出を決意する。

アラン

夢とか冒険が大好きな15歳の青年。
新米冒険者のため経験は浅いが、父親に手解きを受けていたため基本は身につけている。
同年代の一般的な冒険者よりは少し手慣れている。
しかし超がつくほどのビビリ。

一見すると冒険者に向いていない性格なのだが、ビビリようがない状況まで追い詰められるとすぐに腹を括るので土壇場に強く、意外に適性が高い。

サイモン

夢とか冒険とか、そういうのはとっくに諦めた33歳。
ミミコが家出先に選んだダンジョンの門番している。

今の仕事をそれなりに気に入っていたが、ミミコに巻き込まれる形で脱出不可能なダンジョンに突き落とされる。かわいそうな33歳。

ゼンジ

ミミコの父親、野心あふれる44歳。
とにかく利益を優先する男性。
娘の人生も自身の利益のためにしか思っていない。

天使

ミミコが家出先に選んだダンジョンの主。
まだまだ遊び足りない330歳。
たのしいことが大好きな性格で、ダンジョンも自分が楽しむために作った。
挑戦者たちにも仲良くあそんで欲しいため、ダンジョンでは他の冒険者に攻撃すると武器の殺傷力を低下させる魔力をほどこしている。

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