1話 ただいまからのはじまり

文字数 5,427文字

「ミミコ。今日、おまえの見合いをするから」

「――はへっ?」

その一言は、ユイシロ・ミミコにとって晴天のへきれきだった。

久々の実家に戻ってきて、荷物を部屋に置いて。


「さあこれからどうしようかな~」と肩をポンポン叩きながら、リビングに戻ってきたところを彼女の父―ゼンジ―はこの一言で出迎えたのだから。

「……私、まだ15だよ?」

「来年には16、むしろ遅いぐらいだ」
「ええぇ……。だれとお見合いするの?」
「許嫁がいることは言っていただろ」


ミミコはあわてて、記憶のひきだしを開け始めた。

……たしかにそんな話を聞いた記憶はあった。


それは今の学校に入学する前のことだから――



(3年も前の話じゃん! そんな"昨日言ってました"みたいな顔で言わないでよ……)

「なんだその顔は? 何か不満か?」
「いえ……なんでも……ナイデス……」
「よろしい」


ゼンジは視線を新聞に戻すと、コーヒーを一口すする。

それから口を開くことなく、パラリと新聞をめくる音だけが聞こえる。


――あ、この質問だけで十分だと思ってるんだな?


と感じ取ったミミコは、「ぜんぜん不十分なんだけど」と内心で不平を吐きつつ、こう続けた。



「お見合いって、どこでやるの?」

「ここだ。先方に来ていただける」

「……なにを話すの?」

「先方に任せてある」

「まさか、今日から同棲とか……ないよね?」

「先方に任せてある」

「……断っても、いいの?」

「…………」

ゼンジは何も言わずコーヒーをすするだけだった。

――それは《否定のサイン》である。
(ええぇ!? 今日からそういうこともありえるってこと!?)

ミミコは心臓が嫌な汗をかいたようなヒヤリとした感覚を覚える。



ユイシロ・ゼンジは上昇志向の強い人間だ。権力者と呼ばれる地位になってもその性質は弱まる気配はない。


20年前に起こったある事件をきっかけにして、彼はこの(ダンジェル)の全権を担うほどの権力者となった。

しかも政治の手腕は確かなようで、街の人からも強い信頼を寄せられている。

(立派なお父さんで羨ましいってよく言われるけど、私にしてみればとんでもないって感じだよ。こんな父をもったせいで、望んでない上に断れないお見合いをさせられそうになってるんだからさ……)

その娘であるミミコはいわゆるお嬢様と呼ばれる存在になるのだろう。

彼女の通う学校も、よく知られた中高一貫のお嬢様学校(フィッシングスクール)であった。

(……だから、こういうこともあるかもしれないと想像してなかったわけじゃない。
学校のクラスメイトともこういう話題になることもあったし。

でも、もっと先の話だと思っていた。
少なくても今の学校を卒業してから、そしていくつかの”ご縁があったら”を乗り越えて、その先にあるものだと思っていた――)
(――とにかく、今は状況に流されている場合じゃない。
まずは少し冷静にならないと。この状況でも私にできることがきっとあるはずだ)
ミミコは内心を父に悟らせないように平静をよそおい、ゆっくりとこう続けた。
「……今日の、何時に、お見合いするの?」

「30分後」

「――はへ?」

ミミコの心に、本日二度目のへきれきがやっていた。
(もうへきれきどころじゃないです、私の心は晴天の土砂降りの雷雨です。冷静になる時間すら今の私はもらえないようです……)
「ささっ、お嬢様。こちらへ」
ゼンジが「30分後」といった瞬間、ミミコはメイドたちに取り囲まれた。
そこからはあれよこれよという間に時間が過ぎていった。

メイドたちはミミコへと連れて行き、髪を整え、化粧をほどこし、装飾を身に着け――と、テキパキとお見合いに相応しい格好へと変換していく。
(…………)
ミミコはもう抵抗を諦めてされるがままになっていた。

しかし、服を脱がされそうになった瞬間。
「がっ! 学生服は学生にとっての正装だから!」

ゆいいつ、そこだけは抵抗を見せた。

「――とお嬢様はおっしゃっています。よろしいですか?」
「構わんよ、娘の言うことも一理ある」
メイドたちは不安気だったが、ゼンジから承諾を得られたため、ミミコは学生服で縁談の場に望むことになった。

(フォーマルなドレスコードっていやなんだよね。

すごいギュウギュウに締め付けられるあの束縛感がさ……)
◇ ◇ ◇
「はじめまして、ミミコさん」
「はっ……はじめまして……」

ミミコのお見合い相手の名前は『クラッセ』といった。

年齢は27歳。ミミコより一回り上である。

彼は母親を連れて、予定の時刻ちょうどに現れた。



最初の30分は親同士で話し合っていた。

近況報告だとか、一通りの形式張った挨拶が終わって、ゼンジは退席した。


続けて、クラッセの母親も退席……するかと思ったが、

そんなことなく。今もクラッセの横に座り続けている。

「……ふう」
さも当然といった様子で、のんびりとお茶を飲み、一息ついていた。

(……なんで?


ふつうお見合いって「後は若いお二人で」ってなるんじゃないの?)

とミミコは思っていたが、どうやら他にそう思う者はいないらしい。
ミミコの内心をまったく無視した会話が目の前で繰り広げられている。
「とてもおいしい料理ですね」
「そうね……さすがゼンジさんってところかしらね」
目の前のテーブルには、ユイシロ家のシェフが腕を振るった料理の数々が運ばれてくる。

(……いえ別に、二人っきりでお見合いしたいとかってのはぜんぜんないんだけど。可能ならいますぐ何事もなく終わってほしいんだけど……)

ミミコは目の前で会話を繰り広げられる会話を他所に、運ばれる食事をもくもくと口に通していた。
特に喋ることもなかったし、その会話にまじりたいとも思わなかったからだ。
(……もう、私いらないんじゃないかな。父さんと一緒に退席してもよかったんじゃないかな)
――しかしである。
(…………)
先ほどからクラッセの母親が、品定め兼、何かを何かを促すような視線をミミコの全身へジロジロと送り続けていた。

(ああ……視線が痛いよお……)

ミミコも当然、それに気付いていた。

クラッセだけは視線に気付いている様子はない。
いまも母親と楽しそうに会話をしていた。

(この視線……私が会話を切り出せって言ってるんだよね……?

会話なんかしたくないんですけども……胃痛がしてきた……)

存分にクラッセの母親の視線を浴びたミミコは、いよいよ不快感で胃痛が生じるレベルになってきた。
ミミコはもはや視線と空気感に耐えきれなくなり、これが止まるならばと、名前すらついさっき知ったお見合い相手に話かけることにした。

「あ、あの、ご趣味はなんでしょうか……?」

クラッセはにこりと微笑み、こう返答する。

「クラシック音楽鑑賞です。100年以上も前に作られたものでありながら、今にも生き続けている深さに感動します」

(……私はクラシック音楽を聞くと眠くなるタイプだ。それを言ったらまた話題がなくなりそうだし、とりあえず思いつくままに質問をしてみよう)

「尊敬する人は誰ですか?」

「ママ……いえ、母です」

(――ママ? いまママって言わなかった?)


「え、えと……。この後の私達ってどんな感じになるんでしょうか……?」

「はい。ミミコさんには長期休暇の間、私の母の元で花嫁修業をしていただきます。

家事からはじめ、ピアノ、華道、舞踊など、当家の妻として相応しい所作を身に着けていただきます」

(……やっぱり、今日から同棲することになっていたんだ。
父さんが何も言わずにコーヒーをすすったのは、そういうことだったんだ)

「私、そういうのあまり得意じゃないかなって、自分では思うんですけど……」
「そうなのですか? しかし、心配はいりませんよ。母の元で指導を受ければ、ミミコさんならすぐ身につけらますから」

ミミコは視線を、クラッセの母親へと、おそるおそる移す。

(…………)

そこには厳格って言葉が服を着たような女性が座っており、何も言わず、やはり品定めをするような視線をミミコに送り続けるだけだった。

(学校がやすみの間、クラッセさんのお母さん……いえ。オバサマの元で花嫁修業をする?

今回のおやすみは……とてもたのしいことになりそうです……)

(っていうかクラッセさんは、なんでオバサマが席を外さないことに何も言わないんだろうか。も~……さっきから色々妙だし……。マザコンか、マザコンってやつか)

「そうだ。ミミコさん。少し早いですが、これを」
ミミコの内心をまったく無視する一言を発しながら、クラッセは小箱を差し出した。

「……あの、これは?」

「開けてみてください」

ミミコは言われるがままにそれを受け取る。

……それはどう見ても、ジュエリーボックスにしか見えなかった。


こういう場で渡されるそれにとても嫌な予感を覚えたが、もはや開けるしかなかった。

――中には、豪華な宝石のついた指輪が入っていた。

「あは……あはは……ちょっと早いかなって……思うんですけど……? わたし……まだ15ですし……?」

なんとも言えない悪寒が、ミミコの背筋を走り抜けていく。

「ええ。私もそう思います。しかし、この指輪はペアになっていまして。

身につけた者は、互いの位置と状態がわかる《アナライズ》と、相手のところに転移できる《トリスト》の魔力が込められています。

トリストのほうは、一週間に一度だけという制限はありますが」

(ええぇ!? いまなんて言ったの?
相手の状態がわかる? それってどこまで分かるの? すっごく怖いこの指輪……)

「婚約指輪と思わず、 僕がミミコさんを守るためと思ってお身につけてください。ボディガードが一人増えるようなものだと思ってください」

(――じゃあなぜこの人は左手の薬指に付けているのだろう。

言動と行動がぜんぜん一致してない……。


これは身につけたら、後戻りができなくなるやつだ。

でも私には、これを身に着けないって選択肢は……ないんだろうな)

もしそんなことをすれば、ゼンジは抑えてつけてでも指輪を入れるだろう。

そして何らかの魔力で外れないようにもするだろう。

それは、今までの経験からわかりきっていることだった。

「急に席を立たれてどうしました?」

「す、すみません……ちょ、ちょっとお手洗いへ……さっきから緊張しちゃって……」

「……それは失礼しました」

ミミコは部屋から出ると後ろ手でドアを締める。

幸いにして、廊下には誰もいなかった。ようやく落ち着ける空間である。


部屋の空気感を全て吐き出すべく、大きく深呼吸をする。

「はぁ~……」

――1回、2回、3回。


頭から部屋の空気が抜けていくのを感じる。

思考がクリアになっていくのを感じる。

(――よし! 無理だ!
あんな人と結婚だなんて120%ぜったい無理だ!

予想以上に相性最悪!!
あんな家に嫁いだら3日でストレスで胃が爆発する!!)

ユイシロ・ミミコにはとある性癖がある。

それはとにかく自由であることを好むというものだ。

何にも縛られない、みんながやりたいことをやっている、それでも調和している。

そういう状態をミミコは一番好む。

(相手の位置と状態がわかる?

そういうのってお互いに信頼して成り立つものなんじゃないの?)
1番好きな言葉は自由。

1番嫌いな言葉は束縛。

束縛って文字を見ただけで吐き気がするぐらいだった。


そんなミミコにとって、この指輪は絶望の象徴である。

(なんでこんな性格の私が、こんな家に生まれてしまったのかまったくわからない。

私のクラスメイトにならこういうの平気な子たくさんいるのに。


神様に小一時間問い詰めてみたいところだ。

「こんな私が、こんな家に生まれたせいで、相性最悪のマザコンさんとお見合いさせられているんだけど」って)

「おや、ミミコお嬢様、お見合いはどうなりました?」

「あっうん……ちょっと一人で考えたいことがあって……風に当たってくるね……」

「お相手の方とではなく、お一人でですか?」

「す、すぐ戻るから!」

不審に思うメイドの前を通り過ぎて、ミミコは玄関のドアを開ける。


なぜ外に出たのか?

その理由は決まっている。

(――私は今日、この家を、家出する!

自由と、私の胃を守るために!)

そう決意したミミコの表情は、とても明るいものだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
☆ TIPS ☆

・この世界とユイシロ家について。

ここは『魔法があるけど文明は現代の日本より少しだけ劣っている』世界です。

この世界は世界間の繋がりがとても不安定で、色んな世界の色んな時間と繋がったり途切れたりしています。
そのため別世界から迷い込む人が多く、その数は年間で約10万人にも及びます。

《転移》の魔法を使ったらこの世界に飛んできたとか、
霧の中を歩いていたらこの世界に付いたとか、
不慮の事故で死んでしまった者を気の毒におもった女神様がここへ転移させたとか。

そういった理由で色々な世界から来訪者がやってきています。
住民たちはそのことに慣れており、別世界の来訪者を見てもあまり驚きは感じません。

現代日本からも何名かこの世界に迷い込んでいます。
しかし彼らは専門家ではありませんから現代の最新技術まではわかりませんでした。
それでも彼らの知識はこの世界の文明の発達に多大なる貢献をしました。

この世界の住民はそのことに感謝し、日本人に地位と権力を与えました。
ユイシロ家もその一つであり、ミミコも日本人の血を継いでいます。
とは言えもうずいぶん昔の話ですので、彼女の日本人の血は限りなく薄まっています。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ミミコ

自由を愛する15歳の少女。
街の権力者の娘でいわゆるお嬢様。

束縛って言葉を見ただけで吐き気がするほど縛られることを嫌うが、
父に断れないお見合いを強要させられる。
しかもその相手は超マザコンだった。

「そんなんとお見合いするぐらいなら家出する!」
と、生還者0のダンジョンに家出を決意する。

アラン

夢とか冒険が大好きな15歳の青年。
新米冒険者のため経験は浅いが、父親に手解きを受けていたため基本は身につけている。
同年代の一般的な冒険者よりは少し手慣れている。
しかし超がつくほどのビビリ。

一見すると冒険者に向いていない性格なのだが、ビビリようがない状況まで追い詰められるとすぐに腹を括るので土壇場に強く、意外に適性が高い。

サイモン

夢とか冒険とか、そういうのはとっくに諦めた33歳。
ミミコが家出先に選んだダンジョンの門番している。

今の仕事をそれなりに気に入っていたが、ミミコに巻き込まれる形で脱出不可能なダンジョンに突き落とされる。かわいそうな33歳。

ゼンジ

ミミコの父親、野心あふれる44歳。
とにかく利益を優先する男性。
娘の人生も自身の利益のためにしか思っていない。

天使

ミミコが家出先に選んだダンジョンの主。
まだまだ遊び足りない330歳。
たのしいことが大好きな性格で、ダンジョンも自分が楽しむために作った。
挑戦者たちにも仲良くあそんで欲しいため、ダンジョンでは他の冒険者に攻撃すると武器の殺傷力を低下させる魔力をほどこしている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色