第3話

文字数 537文字

ある夏の朝。
僕は仕事で車を隣村へ向けて走らせていた。
スキー場脇の国道、緩やかな峠越え。
相変わらず唸りを上げ、20kmで走る僕の車に振り返るひとりの若者。
スケッチブックに「名古屋」と大きく書いてあるのをこちらへ掲げている。
時間に余裕があったわけではなく、一度は通り過ぎたが、この炎天下。
放っておけずに、引き返し、「稲武の道の駅まででよければ。あそこなら車も多いし」と拾った。

はたちそこそこだろうか?
他愛もない世間話から、ヒッチハイクしてる理由を尋ねると、彼は驚く事を口走った。

「かみさまを見たんです」

まずいな、と思った。
話したそうだったので聞いてみると、彼はボードゲームが好きで、その制作に没頭し、自信作を仕上げる過程で母親を裏切り、そこまでして作り上げた大傑作に何の感慨も持てず、人生に迷ったそうだ。

そのどこかで神様に会い、啓示を受けて聖書ひとつを持って飛び出したらしい。

まったく意味がわからない。
そして、自分に似ている。

僕も、理想の事業の為にいろんな人を裏切った挙げ句、なんの答えも見いだせずに居る。
勤めを辞める間際には、客も従業員も顧みず責任逃れの屁理屈に始終する上司の胸ぐらまで掴んで始めた店なのに。
誰を喜ばせてるのか、
何の為になっているのか、
すっかり見失なっていた。
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