海へ〈鱈岬〉
文字数 649文字
「僕はこのギターを殺すために此処に来たのです」
僕がそう言うと、目の前の女は丸い瞳を僅かに細めた。
「ギターを、殺す?」
言葉を反復して、女は自分の立つ岬を眺め渡す。静かだった。潮風が轟き、海嘯は哀しく吼えているのに、それでも岬は静かだった。沈黙で全てが埋め尽くされていた。それはまるで黒板のように、
「そのために、わざわざこんな遠くまで?」
「ええ。此処でなくてはならないのです」
「燃やせばいいのに」
「駄目なのです。燃やせば灰は宙に還る。そうしたら誰かに吸い込まれて、いつまでも生き続ける。だから海に、暗く冷たい海の底に葬るのです」
女が僕の言葉を理解したかは怪しかった、彼女は、そう、と一言呟いて口を閉じた。
僕は背負っていたギターを地面に置いた。ネックを掴み、岬の先端へと歩を進める。一足毎に、錆び付いた弦が命乞いのように軋んだ。もしくは、暢気な曳かれ者の小唄か。岬の突端で立ち止まる。何と大きな海だ。ぞっとするほど美しい。大地に生まれし者の還る先として、これほど相応しくない場所があろうか。いや、だからこそお前の墓に相応しいのだ。木として生まれながら木の歌を歌わない、お前のような裏切り者には。
黒い髪が、さらりと視線を横切った。女はいつの間にか、僕の隣に立っていた。
「一緒に見届けてもいいかしら?」
僕は頷いた。そしてギターを高く掲げると、眼下へと放った。ひゅうと一声哭 いて、小さな歌い手は海の中へと消えた。
「ふふ」
女は笑った。
僕は女を岬から突き落とすと、足早にその場を去った。
僕がそう言うと、目の前の女は丸い瞳を僅かに細めた。
「ギターを、殺す?」
言葉を反復して、女は自分の立つ岬を眺め渡す。静かだった。潮風が轟き、海嘯は哀しく吼えているのに、それでも岬は静かだった。沈黙で全てが埋め尽くされていた。それはまるで黒板のように、
みっちり
と。「そのために、わざわざこんな遠くまで?」
「ええ。此処でなくてはならないのです」
「燃やせばいいのに」
「駄目なのです。燃やせば灰は宙に還る。そうしたら誰かに吸い込まれて、いつまでも生き続ける。だから海に、暗く冷たい海の底に葬るのです」
女が僕の言葉を理解したかは怪しかった、彼女は、そう、と一言呟いて口を閉じた。
僕は背負っていたギターを地面に置いた。ネックを掴み、岬の先端へと歩を進める。一足毎に、錆び付いた弦が命乞いのように軋んだ。もしくは、暢気な曳かれ者の小唄か。岬の突端で立ち止まる。何と大きな海だ。ぞっとするほど美しい。大地に生まれし者の還る先として、これほど相応しくない場所があろうか。いや、だからこそお前の墓に相応しいのだ。木として生まれながら木の歌を歌わない、お前のような裏切り者には。
黒い髪が、さらりと視線を横切った。女はいつの間にか、僕の隣に立っていた。
「一緒に見届けてもいいかしら?」
僕は頷いた。そしてギターを高く掲げると、眼下へと放った。ひゅうと一声
「ふふ」
女は笑った。
僕は女を岬から突き落とすと、足早にその場を去った。