提案に乗ってみる3

文字数 934文字

「とりあえず、その暇潰しって具体的にどんなことをするのか教えてくれない?」
 髪を乱れさせることに飽きた俺はヒメに言った。
「書きかけの物語、あるいは未来に産まれる予定の物語の続きを書いてください」
 さらさらと説明されるがよくわからない。
「どういうことだ?」
「同じことを2回言わせる人だったんですか?」
 ズバッと質問を却下された。
「えっとだな、具体例がほしい」
 質問の仕方を変えてみた。ヒメは、俺の理解力に問題があると思っているようだ。が、どう考えてもヒメの説明が分かりにくいのが悪いと思う。しかし、俺は大人の男だから、女に声を荒げたりしない。

「仕方ありませんね」
 ヒメはそう答えた。後に続いて、やれやれ、物覚えが悪い子に教えるのは苦労すると小声で言うのが聞こえた。俺は声は荒らげないと誓ったばかりだが、ツッコミという名の鉄拳を食らわせたくなる。そんな俺の心情など構わずヒメがこう言った。
「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりました。おじいさんは山へ芝刈りに。おばあさんは川に洗濯にいきました……はい。続きを言ってください」
 手のひらを上に向けて、俺を指す。
「川上の方から大きなももがどんぶらこっこーどんぶらっこっこ~?で、犬猿、雉お供にして、鬼退治だろ?あと幸せに暮らす」
 意味がわからないまま、知っている昔話の続きを答える。あまりに流れのつかめない会話に苛立ちは困惑に変わっていた。
「よくできましたー」
 パチパチとヒメが胸の前で拍手した。肘の辺りが胸を押すのに目を奪われる。困惑が別の気持ちにとってかわる。柔らかそうな胸だなぁ。

「と、今のように続きを書いていただきます」
 ヒメがこれで理解できましたか?と言葉を続けた。
「そうすることに、なんの意味があるんだ?」
 俺は、鼻の下が伸びているのを気づかれないように自然に口許へ手をやった。
「神様は常に新しい物語を欲しているのですよ。ところが、数行かかれて捨てられる物語のなんと多いことか。駄作だろうが、訳がわからなかろうが、完成さえしてくれたら、次に進めるのに……と神様は考えているわけです」
 ヒメは人差し指を立てて空に何事かを書くような動作をしながら言った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み