2人目の少女が依頼に来た2

文字数 1,866文字

 2件目の依頼が無事に決まった事と、事務所ではなくカフェを使うになった事を田中 栄太に電話で報告した。「ならば同席させてくれ」としつこく乞われたが、三鷹 聡子さんが怖がるだろうからと拒否する。
「ならば、少し離れた席でそれとなく様子を伺うことにしよう」
 田中 栄太が不満げに、しかしきっぱりと言いきった。そう言われてしまうと俺には止める術がない。

 三鷹 聡子と約束した日がきた。
俺は今、カフェで依頼人がくるのを待っている。時刻は約束の30分前。田中 栄太はというと俺の座っているボックス席の斜め前で大きく新聞紙を広げてくつろいでいる。その様子だけ見れば古い探偵ドラマか何かの1シーンのようにも見える。

 カフェのドアの方からベルの音がした。俺は、来客を告げるその音の方を見た。
 真っ白いワンピースに薄ピンクのボレロを羽織った女性だ。ドアのところでキョロキョロと人を探すように店内を見回している。約束の時間には少々早いが三鷹 聡子だろうか。
 俺は立ち上がり、その女性へと近づいていく。
「鳴海 創と申します」
 女性が俺の姿を目に止めるのを待ってから、頭を下げて挨拶した。
「三鷹 聡子です」
 名乗った声は今にも消え入りそうなくらい細かった。
 俺は座っていた席へと三鷹 聡子を案内してやる。
 斜め前に座っていた田中 栄太が新聞を読むふりをしながら、三鷹 聡子を観察しているのがわかった。

「早速ですが、作ってもらいたい小説というのは?」
 俺の言葉にビクッと体を震わせる三鷹 聡子。
「……自分を、変えたいんです」
 新聞の頁を繰る音にさえ書き消されそうな声の大きさだ。
 俺は耳に手を当てて三鷹 聡子の声を聞こうと身を乗り出す。その動きに怯えたように三鷹 聡子が身を反らす。

「これは失礼しました」
 俺は依頼人を怯えさせるような動きをしたことを謝る。
「いいえ、私の声聞き取りづらいですよね」
 三鷹 聡子から、先程より少し明瞭な言葉が返ってきた。
「……少し聞き取りやすくなりましたよ」
 俺はそう答えて話の続きを促した。
 そのタイミングで注文しておいたケーキと紅茶が三鷹 聡子の前に置かれる。ケーキを目にした三鷹 聡子の目がまるで少女のように輝く。食べても良いかと問うようにそのまま俺をみて、ハッとしたように俯く。
「女性が甘いものが好きってのは本当なんですね」
 俺は軽く笑って、召し上がれと付け加えた。
「いただきます」
 恥ずかしそうにうつむいたまま、大きな口でケーキを食べ始める三鷹 聡子。
 その嬉しそうな様子に、ケーキをモチーフにした話にしようかと俺は考え、アイスティーを一口飲んだ。

「自分を変えたいってのは……もう少し具体的に聞いても良いでしょうか?」
 三鷹 聡子が食べ終わるのを待って俺は問いかけた。
「ハッキリとしたしゃべり方ができるようになりたいんです」
 ワンピースの裾をギュッと握って、三鷹 聡子は答えた。はじめの挨拶よりは大きな、それでもまだ、よく耳を傾けなくては聞き取れないほどの声の大きさだ。

 三鷹 聡子の話をまとめるとこういうことだった。
 自分の言動が相手にどう受け取られるかわからず不安。自身が発した言葉の内容を間違っている事を責められたり、相手を傷つけてしまう事を避けたい。当たり障りのない発言を考えてはみるが、これなら大丈夫だと思う言葉が見つからない。
 かといって、声が小さいことで相手をイラつかせている現状も良いとは思っていない。

 俺は一通り聞き取りを終えた。
 改めてほしい小説のテーマを確認する。
「自信をもって発言できるようになりたいって事でいいでしょうか?」
「よろしくお願いします」
 俺の言葉を最後まで聞いた三鷹聡子は深々と頭を下げて言った。
「承知しました。400文字ですね」
 俺は任せろと言うように自分の胸を叩いてみせた。

「……ったく。気にしすぎだろぉ」
 自宅に帰った俺は頭を抱えた。依頼人の手前なんて事のないように引き受けたが全く構想が浮かばない。ネタもケーキを使うというだけでは広がりそうにもなかった。
「相手が傷つくかもしれないから発言できない……」
 決して乱暴な言葉遣いをするわけではない三鷹 聡子の言葉を思い返す。
 あれほどまでに気を使っているのならもう少し肩の力を抜いたらいいのに……そこまで考えた時、俺の中で丑弌 論咲(作家魂)が筆を執りたがっているのがわかった。その衝動にまかせてパソコンに向う。
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