武士とスライム 其の三

文字数 1,025文字

はて愚かとは、一体どうした事であろうか
意味をはかりかねた勇者は刀を下げた。そしてその次の言葉を待った。
――この時、すでに勇者の全神経は耳に集中されている。
三半規管を通して、脳にプログラムされた言語体系に基づき、言葉を介して相手の心情を理解し、コミュニケーションを取ろうとしているのである。
…………。
しかし、スライムは魔物である。人の理は通用しない。
そこが勇者の認識の誤りであった。
なっ……
そう、この時すでにスライムの影は無かったのである。
――逃亡。
言葉巧みに相手を翻弄し、その虚を突いた、あまりに見事な逃亡劇であった。
あっ
しかし勇者はすぐに追いついた。
所詮スライムの足である。ちょっとずつ跳ねているのだから、容易に目視できた。
お主、なぜ逃げた
むむ、こうなってしまってはもはや致し方あるまい
スライムは半ば諦めたような口調でそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
斬れ
よくわからぬやつよ
よもやこのスライム、追い詰められて生きる術など持ち合わせておらぬ
ふむ
それもそうだな、と勇者は思った。
そしてゆっくりと刀を大上段に構えた。
いいのだな?では、斬るぞ
うむ。構わぬ
勇者は刀をもつ手に力を込めた。
…………。
…………。
…………。
ちょっと待て
どうした
辞世の句があるのだ。詠んでも宜しいか
なるほど、聞いておこう

 俺やっぱ 死ぬのは怖いぞ スラスラリン
                         ~辞世の句~
…………。
ほう。おぬし、スラリンという名であったか
ああ……とうの昔に捨てた名だが、な
ではスラリン殿、参る
待たれい。もう一つあるのだ
ふむ、聞こう

 勇者とか スライムの前の 敵じゃない
                         ~辞世の句~
おお、なんとも勇壮な詩であるな
左様か。実はな、もう一つあるのだ
よし聞こう

 ちょっと待て 俺を斬るのは マジで待て
                         ~辞世の句~
よし、斬るぞ
南無三、もはやこれまでか
振り上げた刃が、陽光にきらりと閃いた。
スライムはもはや観念して瞑目している。
…………。
…………。
…………。
どうした……何故斬らぬ。よもや臆したとは言うまいな
スライムが静かな口調でそう質すと
なんと勇者は刀を降ろし、するりと刃を鞘へ収めてしまった。
お主……スラリンという名であったな?
如何にも
聞いた覚えがある。
ふ、まさか
勇者は少し思案したのち、腕を組んで笑みを漏らした。
よそう、興が殺がれた
何を申すか
おぬし、生きろ
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登場人物紹介

武士
・魔王討伐の勇者に選ばれた、誇り高き武士
・たけしではない
・アイコンが無かったので一番それっぽいのにした

スライム
・町を出てすぐ会えるアイツ
・クソザコ
・アイコンが無かったので描いた

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