武士とスライム 其の三
文字数 1,025文字
意味をはかりかねた勇者は刀を下げた。そしてその次の言葉を待った。
――この時、すでに勇者の全神経は耳に集中されている。
三半規管を通して、脳にプログラムされた言語体系に基づき、言葉を介して相手の心情を理解し、コミュニケーションを取ろうとしているのである。
しかし、スライムは魔物である。人の理は通用しない。
そこが勇者の認識の誤りであった。
そう、この時すでにスライムの影は無かったのである。
――逃亡。
言葉巧みに相手を翻弄し、その虚を突いた、あまりに見事な逃亡劇であった。
しかし勇者はすぐに追いついた。
所詮スライムの足である。ちょっとずつ跳ねているのだから、容易に目視できた。
スライムは半ば諦めたような口調でそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
それもそうだな、と勇者は思った。
そしてゆっくりと刀を大上段に構えた。
勇者は刀をもつ手に力を込めた。
振り上げた刃が、陽光にきらりと閃いた。
スライムはもはや観念して瞑目している。
スライムが静かな口調でそう質すと
なんと勇者は刀を降ろし、するりと刃を鞘へ収めてしまった。
勇者は少し思案したのち、腕を組んで笑みを漏らした。