第1話 魔王と勇者の死闘

文字数 2,414文字

激しい雷鳴が轟く。周囲には、魔物、魔人たちが死屍累々と折れ重なり合っている。死体から緑や紫、茶色の体液が流れ出て、今も降り続く豪雨とともに水溜まりをいくつも作っていた。赤くないそれにエリオスは眉根を寄せた。心の中は、人間以外のものたちへの嫌悪が強く渦巻いていた。

エリオスは、その美しい顔に付着した体液を拭い手を振り払った。ここまで来たら、残りわずかの魔法の力を使って体を清める事は考えなかった。彼女の頬に残った汚れを雨が洗い流す。水が滴り落ち滑りやすくなった剣を握り直し、魔王の城の前に立った。風が彼女の肩まで伸びた黄金色の髪をさらに乱し、深い青い瞳に決意の炎を燃え上がらせた。

「もう私だけになってしまった…」エリオスは心の中で、激しい戦闘で散っていった仲間たちのことを思い出し、痛みと共に誓いを新たにした。仲間たちの犠牲を無駄にしないため、そして人間たちのために、ここで全てを終わらせると固く決意した。

城の巨大な門がゆっくりと開き、魔王が姿を現した。

魔王の肌は魔族を象徴する紫色で、大柄な体は獣のような体毛に覆われていた。彼の鋭い瞳は冷たく光り、その姿は圧倒的な威圧感を放っていた。手には眩いばかりの真白い光を放つ巨大な杖が握られていた。エリオスは一瞬の違和感を覚えた。

「エリオス、ようやくここまで来たか。お前の勇気と無謀さには感心するよ。」

魔王は冷笑を浮かべながら言った。

「お前の支配は今日で終わりだ、魔王!」

エリオスはそれには答えず剣を構え、叫びを叩きつけた。その声には決意と怒りがこもっていた。彼女の目には、人間の脅威となる魔王に対する恐れと嫌悪、憎しみが映っていた。

魔王はそんな彼女を見定めるようにその深い瞳でじっと見据えた。そして、彼女が恐れを抱きながらも一歩も引く気配はない事を確認すると、嘲笑しながら答えた。
「終わりを迎えるのはお前だ、勇者よ」

エリオスは一気に駆け出し、剣を振りかざして魔王に斬りかかった。彼女の動きは俊敏で、剣の一閃は雷光を反射して光った。しかし、魔王はその攻撃を容易く避け、杖を振るって眩いばかりの白銀のエネルギーを放った。光の奔流は、闇を切り裂くように直進し、エリオスに襲いかかった。

エリオスは咄嗟に盾を掲げて防御した。衝撃波が周囲に広がり、地面が揺れ、空気が裂けるような音が響いた。彼女は辛うじてバランスを保ち、再び魔王に向かって突進した。

「勇者よ、その程度の力で私を倒せると思うのか?」
魔王は残虐な笑みを浮かべた。その表情は、彼の獣じみた顔立ちをさらに恐ろしいものにしていた。
その顔を見て、彼女の足はさらにすくんだ。
それは本能的な恐怖によるものだった。
しかし、エリオスは歯を血が出るほど食いしばり、剣を血が出るほど握りしめ、目を血走らせるほど見開いた。
恐怖に打ち勝つため、魔力も使用して自らを活性化させ傷つけることで、より戦闘に最適な状態に近づける。
「人々のために、必ずお前を倒す!」
そして、喉から血が出るほど叫んだ。

「人々のため、か」と魔王の呟きは彼女の神速の追撃に掻き消された。彼女は次々と攻撃を繰り出し、剣の刃は火花を散らしながら魔王に迫った。しかし、魔王はそのすべてを巧みに避け、反撃の一撃を加えた。光の奔流がエリオスを直撃し、彼女は痛みで絶叫しながら地面に倒れた。

「これが勇者の力か。哀れだな」
魔王は痛ましそうに冷酷に言い放った。
エリオスは息を荒げながら立ち上がり、呟いた。「まだ終わっていない…」
彼女の体は傷だらけで、痛みが全身を襲っていたが、瞳にはまだぐらぐらと熱く深い炎が揺らめいていた。その炎は、彼女の不屈の意志を象徴していた。
魔王はそれを見ると、避けるように数瞬その紅の瞳を閉じた。だがそれも瞬きと変わらないほどの一瞬であり、彼はカッと目を見開くと、再び杖を構え、鋭さを増した眼光を勇者に向けた。
エリオスは再び立ち上がり、剣を握り直して魔王に向かって突進した。彼女の攻撃は今まで以上に速度を増し、一振り一振りに決死の覚悟が込められていた。しかし、魔王はその攻撃を受け流し、再び光の奔流を放った。

しかし、エリオスはその攻撃を完全にかわすことはせず、ほんの少しだけ身をひねるだけに止め、突撃の勢いを殺さなかった。
「お前の支配は今日で終わりだ!」
咆哮とともに、エリオスの左腕が肘のやや上から吹き飛んだ。それでも前進の勢いは止まらず、むしろよりいっそうスピードは上がり、最後の力を振り絞り、魔王に突き進む。魔王は目を見張り、杖を構え直したが、その前にエリオスの剣が魔王の分厚い胸板の中央に、彼女自身の手が食い込むほど奥深くまで突き刺ささった。剣が肉を食い破る盛大な音の後、一瞬の静寂が訪れた。そして、魔王の体から白銀のエネルギーが弾けるとともに、どす黒い体液が噴出した。

「これで…終わりだ…」
エリオスは全身を漆黒に染め上げられながら、息絶え絶えに言った。
魔王は苦しみながらも微笑んだ
「お前の勇気を讃えよう、エリオス。しかし、私の使命は終わらない…」
その瞬間、魔王の体から膨大な光のエネルギーが放たれ、エリオスの体を包み込んだ。彼女は凄まじい激痛で叫び声を上げながら倒れた。しかし、しばらくすると苦痛はおさまり、満身創痍の状態ではあるが、光を受ける前とで何か変わった点はなかった。

「いっ、生きてる。なんだったんだ」と呆然としながら、立ち上がると、目の前には魔王の無惨な醜い死体があった。

戦闘中、魔王の残忍な笑い、悍ましい姿を見続けていたせいか、物言わぬ骸となったそれに、エリオスはひどく安心し、体の力がわずかに抜けた。そしてそれと同時に、彼女の心には、この安心を人々にもたらすために戦い、勝利した誇りが満ちた。エリオスの壮絶な戦いと勝利の叫びは、雨の上がった夜空に響き渡り、最後の勝者がエリオスただ1人だけである事を強調した。そしてその場には、戦いの後の弛緩した平穏が訪れた。
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登場人物紹介

エリオス


アルティス王国の勇者。魔王との戦いで左腕を失い、治癒魔法が効かない呪いに苦しむ。

リリス


魔王の息子。父の仇を討つため、エリオスに冷酷な復讐を誓う。

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