第2話 出会い

文字数 3,203文字

魔王との激闘の後、エリオスは閑散とした魔王城内に踏み込んだ。豪雨が過ぎ去り、静寂が訪れた城内に明かりは灯っておらず、不気味なほど静まり返っている。
そんな城の中を、片腕になったボロボロの状態で歩いていた。

『まだ、この城に魔族が潜んでいるかも知れない。
それに、ここに捕えられた人々がいるかもしれない。』

彼女の体は傷だらけで、戦闘の疲労が全身を覆っていたが、魔族に怯える人々、助けを待っているかもしれない人のことを思うと倒れるわけにはいかなかった。

戦闘中は脳内物質が溢れ出し、痛みを感じなかったが、戦いが終わった安心感とともに激痛が襲い始めた。特に、失った左腕の断面を中心に、身体中に刻まれた傷がジクジクと彼女の体を苛んだ。治癒魔法や回復薬で傷を癒したかったが、魔道具はとうに使い果たしている。
魔力はまだいくらか残っているが、これから魔族との戦闘があるかもしれないため、できる限り温存しておきたかった。

剣を杖にしながら、城内を一部屋ずつ調べて回った。 
城の中はどこも薄暗く、無機質な石壁が広がっており、人気どころか回復薬一つありそうもなかった。

ここが本当に魔王の居城であるのか。
だが、魔族の生活は得体のしれないものであり、こんな何もない場所で日々を過ごしている事すら納得できてしまえる。
疑問よりも魔族全体への不気味さが、より一層増していく。

しばらく歩くと、三階部分の奥まった部屋から唯一柔らかな光が漏れているのに気づいた。エリオスは吸い込まれるようにその部屋に入った。明かりは弱めではあったが、今まで薄暗い所にいたせいで、目が慣れるのにしばし時間を要した。目が慣れてくると、そこは木材でできた高級感がありつつも温かみのある家具がセンス良く並んだ、豪奢な部屋であった。天蓋付きの大きなベッドが置いてあるところを見ると寝室のような気もするが、本棚や食器棚、水場、作業用なのか物が煩雑に置かれた机、それとは別に、こぢんまりとしたテーブルクロスがかけられた机とそれに合わせた椅子が数脚。
今まで覗いた部屋から必要なものを全てこの部屋に集約したかのように物が並んでいる。

大きな部屋に整然と並べられているため、パッと見綺麗な部屋に見えるが、しばらくいるとやや物が多く圧迫感がある。
初めて足を踏み込むとどこを見ていれば良いのか、どこにいれば良いのかわからず、部外者にとっては落ち着かない部屋であった。

柔らかな毛の長い絨毯を踏みしめると深く沈み込み、足がとられる。不安定になり余計に体力を奪われながら部屋を進むと、かすかな呼吸を捉えた。残党がまだ残っていたかと思い緊張を張り巡らせ音の方を向く。そこには、部屋に入った時に初めに目についた、天蓋付きの大きなベッドがあった。

そのベッドは、部屋の壁、天井、柱などに施されている、レリーフや装飾模様をさらに豪奢にしたかのような代物であった。

天蓋部分の装飾は、全て黄金で隙間なく埋め尽くされている。人間の手によるものとは思えないほど繊細で精巧なその装飾は、遠目からでもその美しさと細密さが一目でわかるほどであった。

天蓋から垂れ下がるカーテンには、金糸で贅沢な刺繍が施されている。その緻密なデザインは重厚で質の良いカーテン生地に、耽美な美しさを与えている。
部屋に入ってからは、警戒のためすぐに視線を外したが、改めてよく見ると、ベッド全体が光を受けて煌めき、視線を釘付けにする美しさを放っていた。

そのベッドを見ると、確かにここが魔王の居城である事を再認識させられる。

エリオスは、そんな異様な煌びやかさを放つベッドに慎重に近づき、触れるのが憚られるほど絢爛なカーテンを、魔王の体液で黒ずんだ手で勢いよく引き開けた。

そこには、少年が柔らかそうな寝具に包まれ眠っていた。彼は非常に美しい顔立ちをしており、ともすれば少女かと見紛うほどであった。

魔族が潜んでいると警戒していたエリオスは、人間の見た目をしている少年が眠っていた事に困惑した。 

魔王の居城の、豪奢なベッドに寝かされている美しい人の形をした少年。

エリオスは警戒はしたまま、彼のそばに膝をつき、どう声をかけようか逡巡した。だが、害があるのかないのかも意思疎通ができなければ判断できない。この少年からは、人間が魔族に対して本能的に抱く嫌悪感は生じない。
ならばとりあえず起こそうと試みる。
「大丈夫か?起きられるか?」
初めは優しく声をかけてみたがまったく起きる気配がないため、声を大きくし何度か呼びかけ、体を揺さぶってみた。しかし少年は起きない。よほど深く眠っているようだ。
「眠りの魔法がかかっているのか?」

その時、城の外が騒がしくなってきたのを感じた。寝室の大きな窓を覆う分厚いカーテンの僅かな隙間からは細く朝日が差し込んでいた。その光に導かれるように窓際に寄り、外を見ると、そこにはエリオスの国の民達が大勢集まっていた。
愛しい国民達を目にし、エリオスの胸に幸福が満ちた。目に現れた水分をそっと拭い、気持ちを切り替えると、エリオスは確かに勝利を掴んだ事を示すため、残っている右手を掲げ、満面の笑顔で大きく手を振った。
国民の間に割れんばかりの歓声が沸いた。
お互いに抱き合う者、泣き崩れる者、エリオスの勝利を讃える者、皆それぞれの形で魔王の消滅を喜んだ。

そんな声に起こされたかのようなタイミングで、睡眠魔法の効力が切れたのか、ベッドで眠る少年が身じろぎをし、目を開けた。
それは吸い込まれるように美しい、エメラルドの輝きであった。

意識がだんだんとはっきりしてくると、彼の顔は蒼白になり、近くにいるエリオスに気づいた。布団を跳ね除け立ちあがろうとしたが、よろめく。疲労が溜まっているのか、その顔は蒼白で、目の下も瞳の輝きに反し、黒く落ち窪んでいた。

よろけながらもエリオスに近づくと
「父、ゼーロス…魔王はどうなったのですか?」
とつまりながら問い詰めた。
エリオスは安心させるように動揺で震える彼の肩に手を置き、ゆっくりと穏やかな声で簡潔に事実を伝えた。
「落ち着いて、魔王は私が倒した」

少年の瞳孔は猫のように細まり、エリオスの瞳を見たあと、閉じられた。ゆっくりと目を開けると、涙を浮かべた瞳でエリオスを見つめた。「俺はリリス…魔王の息子です。でも、母は人間で。俺も母の血を濃く継ぎました。父には、酷い仕打ちを受けていたのです…」

エリオスは驚きと同情の表情を浮かべた。「魔王の息子…でも、そんな仕打ちを…。とりあえず君は我が国へ連れて行かなければ。」

リリスはエリオスの手をとり、微笑んだ。「ありがとうございます、勇者様…あなたが俺をここから連れ出し救ってくれたこと、一生忘れません。」

涙の輝きとともに、リリスの瞳はより一層深く色を増して煌めいた。

リリスとエリオスは互いに肩を貸し合いゆっくりと、エリオスを待つ国民たちの元へ向かった。

国民たちは歓声とともにエリオスを迎え入れた。見慣れないリリスの姿に不思議そうな顔をしていたが、エリオスが事情を説明すると、二人を歓喜の輪の中に引き入れた。エリオスは国民たちの喜びを感じながら、リリスに対する同情を深めていった。

『殺す。』

しかしそんな同情は無意味で、むしろ愚かしく滑稽なものだ。
エリオス達は勘違いしている。魔王とはどういう人物なのか。そして魔族とはどういう存在なのかを。
リリスの心の奥底には、父への愛とエリオスへの復讐心だけが、暗くドロドロと沸騰したマグマのように燃え沸き続けていた。
しかし、儚く美しい相貌に、ただ優しく微笑みをのせ、国民の歓声を浴びるエリオスを涙ぐみながら支える姿からは、誰もその感情を見破ることはできなかった。

どちらも強い感情のもと、声援に応えていたが疲労はかなり深刻なものだったのだろう。国民達にもひとしきり顔向けができた事で、緊張の糸が切れたのか、2人は支え合ったまま同時にその場に崩れ落ちた。
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登場人物紹介

エリオス


アルティス王国の勇者。魔王との戦いで左腕を失い、治癒魔法が効かない呪いに苦しむ。

リリス


魔王の息子。父の仇を討つため、エリオスに冷酷な復讐を誓う。

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