1時間目

文字数 2,214文字

 その日は二人同時に目が覚め、首を縦に動かすだけの挨拶をしてから洗面所で洗顔を済ませる。
制服に袖を通し、朝ごはんを摂りに学食へと向かうのだが、その日はりんどうが何度体を揺さぶっても起きなかった。
「多分、昨日の疲れが残ってるのかな……」
「うちらでも結構疲れたんだから、こいつにとってはもっと疲れたのかもな。寝かしておこう」
 二人は無理やり起こしてまで学食に連れていくことはないと決め、りんどうを寮に置いていった。護は忘れずにバナナを持って帰ろうと心に決めた。

「相変わらず今日も混んでるなぁ」
「……課題を早めに終わらせようとする気持ちなら、わかる気がするな」
「……かもな。あ、俺ら今日の課題確認してないな」
「だったら、食べ終わってからでも確認しようか」
「そうだな」
 そういって二人はトレーを準備し、食べたいものを次から次へと並べていく。今日はあの元気なおばちゃんではなく、伊織達と同い年くらいの男子生徒と女子生徒がおぼつかない様子で生徒をさばいていた。
「今日はあのおばちゃんじゃないみたいだね」
「そりゃ毎日だったらきついだろ。今日は休みなんじゃないか?」
 一人の生徒につき二人がかりでも中々バングルの処理が終わらないらしく、並んでいる生徒の顔にも段々と苛立ちが浮かび上がってきた。お腹が空いているのも手伝ってか、その迫力といったらなかった。
「……怒っても仕方ないのにな」
「……まぁね」
 小さな声で囁いていると、バングルの処理を受けていた男子生徒が突然キレだした。
「あーっ! なにチンタラやってんだよ。さっさと処理を終わらせろよっ!」
「あ……あの。もう少しで終わりますから……待ってください」
「そのもう少しが長ぇんだよ! 早く終わらせないとっ……!」
 その男子生徒は腕を振り上げ、処理をしている男子生徒に殴りかかろうとした時。もう殴られているはずなのにまだ殴られていないことを不思議に思った男子生徒はゆっくりと目を開けた。そこにはぼさぼさの茶髪、腕には大量のアクセサリー、ひょろりとした長身の男子生徒がしっかりと制御していた。
「なぁ、あんちゃん。もーちょっと待ったってあげてぇやー。慣れないことってやっぱ緊張するやん?」
「な……なんだお前は。離せっ」
 男子生徒はぐいと腕を動かすもびくともしない。抑えている側はなんら涼しい顔をしたまま、待っている生徒たちのバングル処理をするように促した。
「お、俺の順番抜かすな!」
「まぁまぁ、そう目くじら立てんでもええやないか。いつかは巡る順番やし」
「てめ……それ以上」
「それ以上……なんなん?」
 さっきま怒っていた男子生徒は腕を掴まれている男子生徒の顔を見るや否や、表情が一変し恐怖の色に染まっていた。睨まれているであろう男子生徒はびくりと体を震わせ、瞳には涙を滲ませていた。
「あんさんが引き起こした事態ちゃうん?」
「……くっ」
「違うんか聞いてんやけど」
「……そうだ」
「ならあんさんがとやかく言うことないやん」
 そういって抑えていた手を離し、男子生徒を開放する。その間、バングルの処理は滞りなく済んでいた。
「騒いでもてすんません。わしはこの辺で」
 そういってへらへらしながら学食を後にしていった。伊織と護は一体何者なんだと首を傾げた。

「なんか……朝からすごかったね」
「……ああ。まだこの学園に来て日は浅いのに……なんでそれがわからないかな」
 食パンにバターを塗り、頬張る。さくっとしたあとにやってくるじゅわー感に浸りながら伊織は物申していた。護もヨーグルトにはちみつを入れながら今朝の出来事を振り返っていた。とそこへ、昨日一緒だった二人が目の前に現れた。
「おはよー。護、なんか元気ない顔してるけど、どったの?」
「おはよう。席をご一緒してもいいかな」
 光希と竜樹が着席すると、今朝あったことを二人にざっくりと話した。
「ふーん。でも、そんなんで怒ってもしょうがないよね」
「全くだ。一日が始まったばかりだというのに……すまない、砂糖を取ってくれないか」
 二人とも同じ意見だった。朝から何を騒いでいるのかと思えば、まだバングルの処理に慣れていない生徒に対してだなんて。
「そこでちょっと訛り? が強い男の人が入ってきてなんとか収まったんだけどね」
「ふーん。うちらはそうならないよう気をつけよ」
「そうだな。見苦しいことは避けたい」
 全員朝食を摂り終え、護ははっとした。連絡先の交換を申し出ると、二人はすぐにオッケーをくれた。伊織もいいかと尋ねるとそれも快く受けてくれた。
「ありがとう。この前の課題を済ませた後に言うの忘れてて」
「あ、あたしも。でも、あの時すんごく疲れてたから忘れちゃったの」
「これでいつでも連絡取れるな。もしよかったら今度、課題が出たときみんなで行こう」
「うん」
 思っていたことは不思議とみんな同じで、連絡先の交換よりも疲れが勝っていたらしい。でも、今日それができたことにみんなの顔は綻んでいた。
「あれ、そういえば護。今日、りんどうは?」
 いつもは肩で大人しくしているはずの相棒を見かけないことに、光希が質問した。護はりんどうの状態を話すと、今朝の二人と同様の意見だった。
「忘れずにバナナ、持って行かないとね」
「あっ。忘れてた。持ってこよ」
「トレーを返す時で大丈夫だ。そんなに慌てなくてもバナナは逃げないよ」
 しばし穏やかな時間が流れた学食を後にし、伊織と護は忘れずにバナナを持ち寮へと帰った。
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