第6話 完結

文字数 2,641文字

 しかし、困難は留まる事を知らない。またもトラブルが発生した。
 今度はジャスティスマンに不満を持つ暴力団がさらに大量に襲い掛かるようになった。いくら鋼の体とは言え、百人規模の大群から襲われたらひとたまりもない。
 それにいつしか怪人も現れる様になっていた。彼らは闇の組織らしく、人間と蛇や蜘蛛を掛け合わせたような不気味さで、どうやら世界征服を目論んでいるらしい。その割には幼稚園の送迎バスを襲ったり、子供たちをさらって喧嘩するように洗脳したり、偽のダイエット食品を販売したりとやる事がみみっちい。
 しかし思考回路が残念なだけで腕力は強い。対決すると奴らは猛毒を含んだ粘液や謎のビームを飛ばしてくる。スーツのお陰で辛くも勝利したものの、腕力だけではいつ敗北してもおかしくないのだ。

 満身創痍(まんしんそうい)。全身傷だらけで松極堂を訪れると、老人はブレスレットを出してきた。装着して腕を伸ばし、スイッチを押すと、そこから必殺のジャスティスビームが発射される仕組みだ。人間相手では気絶するものの、人体に影響はない。しかし相手が怪人の場合、なぜか大爆発するらしい。どういう原理なのだろうか?
 価格は五百万。健吾は断腸の思いで遂に闇金から借金をして何とか支払った。これで最後だと老人に念を押して。

「ジャスティスビーム!!」正義の声が轟く。ジャスティスマンは迫りくる、もはや軍隊と化した暴力団を相手に孤軍奮闘し、彼らを華麗に成敗した。
 各地で現れる怪人たちにも苦戦する事は無くなり、場合によっては瞬殺する事もあった。悪の組織の壊滅は時間の問題と思われるようになってくると、もはやジャスティスマンに敵はいないも同然だった。
 当然の如く、世間からの人気は留まる事を知らず、特に子供たちからはファンレターがテレビ局宛てに届き、サインを求める声が鳴りやまない。相変わらずひょっとこマンJrの声は鳴りやまなかったが、もはや気にする事は無い。健吾はかつて偽物たちが行ったようなヒーローショーに出向き、講演も引っ張りだこになる。
『正義のヒーロー、ジャスティスマンのすべて』という写真やイラスト入りの本も出版された。自叙伝という事だったが、もちろん(?)九割以上がゴーストライターの手によるものである。ヒーローがそんなインチキしていいのかとも思えたが、多額の印税の前には目をつぶらざるを得ない。それに自分で書いては完成がいつになるかもわからないし、出来上がったところで、所詮は小学生の作文レベルであることは健吾も自覚していたのであった。
CDデビューも果たした。著名な音楽プロデューサーの下、レコーディングが行われる。両A面仕様のタイトルは『ああ、青春のジャスティスマン/ジャスティスマン音頭』もちろんジャスティスマンの格好だったので声は本来より低めだった。歌には自信のあった健吾だったが、完成されたCDを聴いてみるとエフェクトが全編にわたって響いている。これでは誰の声だか判りゃしない。

 不動の人気を得て、無敵のヒーローとなったひょっとこマンJrことジャスティスマン。全ての問題は解決したかに思われた。しかし問題解決はさらなる事件を呼ぶ。いい加減にして欲しい。

 次はいよいよ正体がバレそうになった。ジャスティスマンの活躍が世に広まると同時に、SNSの普及でその画像も巷に溢れるようになった。それ自体は何の問題も無いのだが、中にはそれを繋ぎ合わせ、ジャスティスマンの行動を分析する者が現れ始めたのだ。恐れていた事ではあったが、さすがにこれはマズい。
 いつぞや自宅周辺地域を予想され、それがワイドショーで放送されると、健吾は引っ越しを余儀なくされた。しかし一般人の魔の手は追随を緩めない。せっかく引っ越したにも関わらず、ひと月もしないうちに大体の住所が特定されつつあったのだ。

 そこで老人が提案したのが、完全に姿を消すことのできるマントだ。怪人や悪人を退治した後、これを被り姿が消えている間に部屋へと戻る。これなら居場所を特定されることも、ましてや寝首をかかれる心配もない。しかし一日一度、三十分しか使えない。しかも五百万。
 効果からすれば安いのだろうが、もう借金できるところなどどこにもない。健吾はとっくにブラックリストに載っていたのだ。ショーや講演などのギャラは高か知れている。ヒーローは芸能人と違いそんなに高額なギャラを請求できないのだ。本やCDの印税だけが頼りだったが、それでも足りなかったのである。

 しかし健吾はあきらめなかった。正義の為ならと禁断の手段に打って出たのである。借金取りに追われる健吾は透明になるマントを後払いで購入し、それを使って盗みを行うようになった。
 最初は悪者退治の際に報酬として事件現場から現金や宝石類をこっそりと盗んだりしていたが、それも足りずにゲームや家電を盗んでは転売し、やがてチンピラを雇いオレオレ詐欺を行うようになった。
 その手順はこうである。
「もしもし、ジャスティスマンですけど」
 ターゲットは小学生もしくは中学まで。
『え? あのヒーローの? どうして僕んちに電話してきたの?』
「実は困ったことが起きた。怪人に不意を突かれ、治療費が必要なんだ。良かったらいくらかでも援助してくれないか?」
 そうしてジャスティスマンは片腕に包帯を巻いて、自らターゲットの家へと出向き、貯金箱を寄付として受け取り、握手をして飛び去る。手を振る子供の姿は笑顔であふれていた。
そうなのである。ヒーローの裏の顔はただの悪党に成り下がっていたのだ。

 もはや歯止めの利かなくなった健吾は、正義のためにパワーアップを怠らない。新しいアイテムは湯水のごとく出てくる。
 悪人発見器は世界の半分をカバーするようになり、マントの飛行速度もバージョンアップでジェット機に負けないくらいになった。さすがにカイロだけでは厳しかったので湯たんぽを小脇に抱えながら飛ぶ。すぐに冷えるがこればっかりは仕方が無い。仮面も“ひょっとこ”から“おかめ”に変わり、視力は三・五になる。武器もパワーアップし、自衛隊を凌ぐほどになっていた。

 健吾はその費用のために、日夜、悪事に手を染める。銀行の金庫破りや宝石強盗、やがて麻薬の元締めまで行うようになっていく。彼の組織は巨大化し、世界最大のマフィアとなった。

 それでも彼は戦い続ける。正義の名のもとに……。
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