キラキラ光る（途中まで）

　皆さんは晴れた空を見上げたときや、明るい壁などを見つめたとき、視界を黒い粒々がゆっくりとよぎってゆくのを見たことがないだろうか。私は物心ついてから、屢々この現象を目にしてきた。今まで特に気にもしていなかったが、最近このカエルの卵のような粒々の数がふえてきて、頻繁に目の前をよぎるようになってきたので、これは何か悪い病気かも知れないと思って眼科に出かけたのだ。
　医師は素っ気なく「飛蚊症(ひぶんしょう)ですね」と言った。初めて聞く言葉だ。「直るのですか」と私が尋ねると、医師はパソコンの場面を見つめたまま言った。「水晶体の中に不純物が混じる現象なので、加齢と共に誰にでも起きるものです。直りませんけど、悪性のものではありませんから気にしないで結構です」私はちょっとがっかりした。私に起こっていることは、何か特殊で、得体の知れない現象なのではないかと思いこんでいたからだ。それが誰にでも起こる平凡な病気で、それを表現する言葉もちゃんとあるとは、拍子抜けもいいところだった。医者が続けた。「ところで、保険医療の枠外なのですが、最近、新しい薬が出ています。これによって飛蚊症が直ることはありませんが、不快感はある程度軽減されると思います」私が「どんなふうにです？」と尋ねると、医師は背後の棚から白いボール紙の箱を取り出して、「これです」と言った。パッと見、カラフルなクレヨンが並んでいるようだった。だがよく見ると、それらはスポイト型の目薬で、中身の薬剤が、青や紫やピンクなど様々な色をしているのだ。医師が続けた。「この薬剤を点眼すると、成分が水晶体の中に浸透し、不純物を包み込むのです」「え？」と私。「不純物を溶かすとかじゃないんですか？」すると眼医者は「無理無理」と言って馬鹿にした笑いを浮かべた。「そんなことをしたら水晶体そのものを傷つけてしまいますからね」私がムッとして「ではどういう効能があるのです」と尋ねると、医師は箱から小さなチューブを一つ取り出した。中身はピンク色だ。ラベルには細かい英字が印字されていて、その上にピンクのハートマークがあった。「例えばこれは、飛蚊症を起こす不純物をコーティングして、微細なピンクのハートを形成するのです」「すると？」「視界のゴミが、みんなピンクのハート型に変わるのです」私はあまりの馬鹿馬鹿しさに絶句した。医師は次々と箱の中身を取り出した。「ほら、これは星形、スペード、ダイヤ、あとクエスチョンマークやビックリマークなどもありますな」呆れるのを通り越して、怒りがわいてきた。「先生、これが医学というものでしょうか」すると医者は真面目な顔になり、こくりと頷いた。「さよう。最近の医学のトレンドは、病気の治癒だけではなく、病気とつき合いながら、ＱＯＬをいかに向上させるかという点にシフトしているのです」彼は黄色い星形が印字されたスポイトを手に持って言った。「この製品は、一見ふざけているように見えますが、高齢の方々を中心に、『人生が明るくなった』という声が沢山寄せられているのですよ」私は半信半疑で「で、幾らするのです」と尋ねた。「アンプル一点につき５０００円で、効果は一週間ほど持続します」月２万円強、１年続ければ２５万というわけだ。私が「最近は商売も手が込んでいますな」と嫌味を言うと、医者は平気の平左でぐいっと詰め寄ってきた。「まあそう言わずに」彼の手には一回り小さなスポイトがあった。「これは初回無料のお試しセットで、効果は三日間ほど持続します。副作用はありませんから、試してごらんなさい」私は無料という言葉に弱い。この悪癖のせいで、何度も煮え湯を飲まされてきたのだが、今回も内なる無料の虫が騒ぐので、私はしぶしぶという顔を崩さないように注意しつつ、お試しセットを受け取った。
　自宅に戻って早速小さなスポイトを眼にさした。幸いその日は晴天だった。表に出て空を見上げた。すると驚くべきことが起きた。青い空一面に、ハートマークや星形や菱形が花火のように広がり、七色に輝いたのだ。私は思わず「おお…」と声をあげた。なんと言うか、ＡＱＵＡの「カートゥーン・ヒーローズ」が響いてくるような幸せ感だった。黄色い★、ピンクの♥、紫の♠、真紅の♦に混じって、明るい緑の！や、マゼンタの？や、金色の＄まであった。微細な金平糖のような記号の群れは、一度パッと弾けた後、私の視界の中を、ゆっくりと落下していった。

（オチを思いついたら続きを書きます。さすがにこのネタで引っ張りたくないのでサクッと終わらせたい。完結したらタイトルから「途中まで」を外します。でもこのままかも）