懶惰のパンツ

文字数 718文字

 懶惰(らんだ)のパンツはおそろしい。
 懶惰のパンツが現れるのは、例えばスーパーの立体駐車場でインストの「マイ・ウェイ」が流れている時のような、また例えば、大して好きではなかった父の面影が理由もなく脳裏によぎる時のような、言いがたく雑然としているがゆえに、限りなく無意味に近い瞬間のことである。そんな時を見計らって、ギュスターブ・モローの絵に顕現する聖なる首のように、懶惰のパンツが突如姿を見せる。漠然とした灰色の空間のただ中に、閃光を放って出現するパンツ。極彩色のパンツは、その素材から予測されるようにひらひら舞ったりはしない。中空に貼りついた静止した映像として、雑な合成写真そのものの不自然さで現れる。パンツが放つオーラは黄色い。オーラというよりも、パンツが属するどことも知れない異空間と、こちらを隔てる枠線と言ったほうがいいかも知れない。それは星形にギザギザしていて、まるで特売チラシの吹き出しのようだ。神秘性というものはまるでない。ゴムがゆるくなって縁が広がった大きめのパンツは、頭から1メートル50センチの上空にあって、ごくゆっくりと、右から左に移動してゆく。異常事態であることは間違いないが、相対する者に不安や恐れを抱かせる要素は何一つない。だがそれこそが懶惰のパンツの罠なのだ。パンツに選ばれた者が一瞬でも目をそらすと、虹色のパンツはその隙に急降下してきて、頭にすっぽりと被さってしまう。こうなるともうおしまいだ。いくらじたばたもがこうと、引っこ抜かれる大根がごとく、星形の異空間の中に呑み込まれてしまう。その後はパンツの国で生きるしかない。こうして生けるパンツとなった犠牲者は、腹いせに同類を増やそうとして、再びこの地上に現れる。
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