シュートは愛情 パスは友情

文字数 1,805文字

以前の職場でお世話になった大先輩が今年の春にお亡くなりになっていたことを、喪中葉書で知った。
わたしより10歳以上年上だが、まだお若い年齢……。
思いもしなかったことに驚いて、ショックを受けた。

同じ職場で5年ほど働いた。
ある意味師匠と呼べる先輩。
わたしは出来の悪い後輩だったから指導には手こずられたと思う。
いつも「どうしたいんや」と聞かれて「成長したい」と答えていた。
若い……バカなわたし。

結婚、出産を経てわたしが退職してからは年賀状だけのやり取りになっていたが「いつか会える」と思っていた。
何年も経って、息子のことや卒業生のことを笑いながら話している場面を勝手に想像した。
いつかそういう機会が来ると、勝手に楽観的に思っていた。

その先輩には、特に教師としての考え方や生徒との向き合い方を教わった。

教科は違うが、どちらも実技教科だった。

そして、部活。
技術的な面はなにをどうしても届きようがないのだが、その根底にあるのは生徒指導。
生徒と向き合う、生徒の成長を導いて見守る。
その面について、熱心に話をしてくださった。

審判についても、ちっとも上達しないわたしを見守ってくださっていた。

部活動の指導は、技術指導だけでなく、試合の引率や審判もしなければならない。

審判はどのスポーツも本当に難しいと思う。
 
わたしが学んでいた競技の審判も、かなり難しい部類に入ると思う。

まず、生徒と一緒に1ゲーム走り切る体力が必要だ。

今思えば、ある時期から生徒と走るのが極端にしんどくなった。
ちょうど30歳を超えた頃で「歳だから……」と笑われていたし、自分でもそうだと思っていた。
甲状腺の異常だとは知らずに。悔しいな……。
もっと元気に走りたかった。

そうなる前までは、生徒の練習に混ざっていた。うまい子には全然敵わないけど、ボールを追いかけて生徒と一緒に走った。

審判は難しく、そして楽しい。
プレーを一番近くで見ることができる。
自分がちゃんと見て判断しないと、試合自体が変わってしまう。勝敗にも影響が出る。責任は大きい。難しいけど向上心を持って学ぶのが楽しかった。

先輩に教えてもらったことは、メモを取りながら聞いた。
そのノートを今も大切に残している。

「心の強さ」 
「100回怒られて上手くなる。やってみる! 失敗する! わからないところは聞く!」
「『楽しく勝たせてやる』にはどうすればいいか」
「欠席や見学が多くて、練習の雰囲気、テンションが下がる。でもそんな時こそがんばる。みんなで声を出してムードをよくする」
「シュートは愛情。パスは友情」

ノートには、こんな言葉があふれている。

息子が、この春から中学校でそのスポーツを始めた。
スポーツスクールでは、小学校のころから別のスポーツをやっている。息子の中学校にはその部活がなく、違うスポーツの部活に入った。平日は学校の部活、土日はスポーツスクールの活動を楽しみながらがんばっている。

息子が中学校で選んだのが、わたしが大好きな、審判の勉強もしていたあのスポーツで……。

なんのスポーツと言ってしまえば簡単なのですが、一応匿名性を保持するために伏せています。わかりにくくて申し訳ありません。

息子がそのスポーツを選んだこと、うれしかった。

わたしが職場で履いていたシューズを「これ履く!」と言って部活で履き、一週間ほどでベローンと底をはがして持って帰って来た。

劣化もしていたのだろうけど、激しく動いたんだろうなぁ……と思う。

そんな話も先輩にするのが楽しみだった。
年賀状で伝えるのを楽しみにしていた。

まさかもう会えないなんて。

わたし、ちゃんとありがとうございますって伝えたかな。

たくさん大切なことを教わったこと。
出来の悪いわたしに、呆れながらもやさしく指導してくださったこと。

わたしは今もあかんたれです。
すぐにへこたれます。

偶然、先輩と夫が同じ大学の卒業生だった。
わたしのことは呆れながらばかにされることもあったけど、夫に対しては年齢もずいぶん下なのに敬意を持ってくださっていた。それがとてもうれしかった。

先輩、わたしまだ情けないままです。

息子がふたりもできて、母になったのにあのころとちっとも変わりません。

まさか、もう会えないなんて思いもしませんでした。

たくさん大切なことを教えてくださって、出来の悪いわたしにやさしくしてくださってありがとうございました。

先輩に結婚祝いにいただいた備前焼のビアカップでお茶を飲んだ。
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