3 ■本当に聞きたいことは、何?

文字数 3,232文字

「今日、占いがあるってサロンの人に聞いて知ってたし。大月さんなら、多分占ってもらうだろうなって思っていたから。
それに、とあ、私の友人なの。サロンにとあを紹介したのも私だし」

そうだったんだ。
でも、意外。とあさんと阿倍野弁護士が友達だなんて。
全然違うタイプのふたりだから。

「とあの占いって、占いっていうより、カウンセリングって感じじゃなかった?
私も時々話しを聞いてもらっているんだ」
「阿倍野弁護士がですか?占い?イメージじゃないです」
素直な気持ちが口から出てしまった。

「あはは。イメージじゃない?
あんまり占いは信じないけど、とあの場合は、カウンセラーとして話しを聞いてもらうって感じかな。占いだとは思ってないから。
でも大月さん、なんだかこの前の電話とは声が違う。すっきりしているっていうか、元気がある。よかった」
「本当にマッサージに行ってよかったです。ありがとうございました」
そう阿倍野弁護士にお礼を言って電話を切った。

でも、本当によかったのは、マッサージより占いだったかもしれない。
自分の中で、何かが動き出すような予感がした。
でも、でも、どこに進んでいいのか分からない。

誰かに進む方向を教えてほしい。
この背中を押してもらえる、「何か」がほしい。
そう切実に思った。


次の日、私はとあさんの名刺に書いてあった番号に、予約の電話を入れた。
「土日はもう2ヵ月先まで予約でいっぱいなの。ごめんなさい」

とあさんは、人気の占い師だった。
でも、平日の午後だったら大丈夫というので、一番近くで空いていた3日後に予約をした。
会社は、少し早くあがればいいし。
今回はなんか自分が変。
どうしても、今、とあさんに会わなくちゃいけない気がして。
とにかく占いに、早く行きたい。

とあさんの住んでいる場所は、雑貨屋とかカフェとか、インテリアショップが立ち並ぶ、おしゃれな街のはずれにあった。
「バスで来た方がいいよ」って言われたけど、歩けるかなと思って歩いたら、30分近くかかってしまった。

雑誌で見たことがあるパン屋さんの隣の、ドッグランがある広場の突き当り。
そこに、レンガと木片がモザイクのようにデザインされた外観の、とあさんの住むアパートがあった。

205号室。
ドアの向こうの広めのワンルームには、少し傾き始めた日差しが、気持ちいい感じで差し込んでいた。

「こんにちは。いらっしゃい」
友達の家に遊びに来たみたいに迎えられる。

部屋の真ん中には、濃いブラウンの、がっちりとした大きな木のテーブルと、ころんとした、かわいい木のイスが置かれていた。
外の広場からは、犬の鳴き声や、走り回る子供たちの声が、心地よく聞こえてくる。

とあさんの部屋が、あまりに私が想像していた「占いの部屋」とは違ってたから、興味深くて、じぃーっと観察してしまう。

「なんか変?この部屋?」
とあさんの問いかけに、慌てて首を横に振る。

「阿倍野弁護士のご友人だって聞きました。すごく意外だって言ったら笑われたけど」
「阿倍野ねえ。
彼女の場合、年に2、3回ここに来て、私にしゃべって帰っていくだけなんだけどね。古い友人なの」
そう言うとあさんの言い方に、ふたりの間の優しい友情を感じた。

「じゃあ、この前でだいたいの運命の特徴は分かっているから、今日は大月さんの運命の奥までみてみるね」

運命の奥って…。
ドキドキしてきた。

でも、これは占いだから、全部を真に受けちゃだめ。
いいコトだけを信じればいいんだ。
そう自分に言いきかせる。

「でもその前に、まずは、大月さんの心の状態からみさせてもらうので」
とあさんはそう言って、テーブルに、キレイな色の水?が入ったボトルを10本並べ始めた。

「これセンセーションカラーセラピーっていうの。占いとは違って、その人の心理を色で客観的に見ることができるの。
選ぶアロマボトルの色と順番によって、その人の本質とか、現状とか、課題が分かるから、直感で気になる色を選んでみて」
そう言われて、
10本の中から、自分の好きな色のボトルを順番に6本選び、選んだ順に左から並べていく。

それが2本で1セットになり、向かって左から、「本質」、「現在の心の状態」、「これからの課題」、が色として表れているそうだ。

まず私の本質は、「楽しさ」だった。
前向きでポジティブで、いつも目標を持っている人なんだそうだ。
なんとなく分かる。
楽しく生きることが基本にある気がするから。

でも、今の心の状態は…。

「精神的なストレスが強いみたいね。現実逃避したがってる。
自分の思い通りにならない事にイライラしているんだけど、その感情を人には見せたくないから、気持ちを無理に自分の中に溜め込んでいるんじゃないかな。
精神的にも肉体的にも、かなり疲弊しているみたい。
この濃い赤と、濃い紫を選ぶってそういう心理を表すの」

楽しさなんてひとつもない結果。
けれど、今の私はそんな状態かもしれない。

「これからの課題は、自分自身の中に価値を見出すこと。自分の心のフタを取ること。
そして、何より直感を大事にすること」
それが、カラーセラピーでみた、私の心の状態だった。


「じゃあ、占いを始めましょう」

夕暮れが近づき、部屋の中の明るさが、少しずつそのトーンを落としてきた。
それまで気づかなかったけど、部屋にところどころにキャンドルがともっていたんだ。

BGMは波音。

柑橘系のアロマの香りが、薄い膜で部屋を包むように漂っている。

「主に恋愛をみてほしいんですよね」
そう聞かれて、
私はうなずきながら、渡された紙に、とりあえず冬星(とうせい)の生年月日と、ふたりが出会った年を書いた。
そしたら、とあさんが少し笑いながら、
「あなた、迷っている。
その恋だけじゃなくて、自分がどう進んでいいのか、迷っている。
その迷いから抜け出したいからここに来たんでしょう。
だから、この人との相性とかそういうのは、本当はそれほど重要じゃないんじゃない?」

なんて言っていいのか…。
言葉が止まってしまう。

心が、見透かされている気がした。
冬星との相性なんて、今さらどうだってかまわないと思っていたから。

そこからが、とあさんの本当の占いというか、不思議なカウンセリングの始まりだった。

「この彼って、あれ、結婚してる?あー、でも孤独の星の人だから。もしかして、結婚して離婚してるのかなあ。うーん。
この人は、何よりも自分が大切な人。自分しか信じていない人ね」
冬星のことをスバリそう言う。

「あ…。彼、結婚してます。
私、それを知らないで付き合っていて、最近、結婚していること知ったんです」
「そんな事はあんまり関係ないでしょう。

あなた結婚しているって知っていても、多分この人と付き合っていたと思う。
出会った年が、そういう時だもん」

そんな……。

「それで大月さんは、恋愛の何が聞きたいの?」

私が今1番聞きたいコト。それは…。

「別れた方がいいのかなって…」
「違う。あなたの聞きたいことはそんな事じゃないはず。もっと、自分の心の声を聞いてみて」
とあさんが、それまでとは違った、少し低めの声で、諭(さと)すように言う。

私の心の声?
私が聞きたいコトって、
冬星と別れるか、続けるかじゃないの?

なんだろう。
私は、本当は何が聞きたくて、ここへ来たんだろう。
冬星を好きでい続けることを選ぶのか。
それとも涼への気持ちに正直になった方がいいのか。

ううん、違う。

どうしたら冬星といっしょになれるのか。
違う。
私はこの先、冬星と別れたとして、新しい恋ができるのか。

違う。違う。
私が聞きたいことは……。
聞きたいことは…。

どうしたらしあわせになれるかだ。
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