#5 地球人ギルド

文字数 3,940文字

 こういうときこそ覚えたての魔法で解決……といきたいところだが、魔法はなぜかチョウヒさんに人前で決して使わないように強く約束させられました。
 となると俺の武器は……おっ。
 (海苔)のことを意識した途端、横目で見るマッチョたちの額に(海苔)が見えた……見えさえすれば!

 手近な(海苔)へ意識を集中すると、その(海苔)がふわりと浮き上がる。
 イケる! 暴いてやる!
 俺を担いでいる連中の、視界に入る(海苔)を片っ端から引っ剥がし始めた。

 マッチョたちのスピードが落ちる。
 そればかりか連中は次々と膝をつく。
 俺は慣性の法則を体感し、みっともなく地面へと転がった。

『(個別):』
『ノリヲ 肉体:40/41 精神:48/49』
『チョウヒ 肉体:40/40 精神:22/50』

 くっそ。こんなんで肉体ダメージ1だと?
 ダメージが見える分、死へのカウントダウンが常に聞こえる気がして精神衛生的によろしくない……なんてことも言ってられず、俺は起き上がり、格闘経験ないなりに構えてみる。

 そんな俺をマッチョたちはガン無視だった。
 連中は皆、地面に手を付いてうなだれている。そればかりか号泣状態。
 全員、おそろいの白タンクトップに白のハーフパンツ、黒髪で短髪。

「何が……どうなってんだ?」

 マッチョたちが一斉にこちらを振り向き、口々に不公平だと嘆き出す始末。
 落ち着いて一人ずつ話してくれとなだめてから話を聞き、ようやく全容がつかめてきた。

 彼らは「チョウヒ様ファンクラブ」という団体のメンバーで、彼らには「抜け駆け厳禁」という鋼の掟がある。
 普段はそれを厳守し、白パンを買いに行く回数や個数を互いに管理し合い、自分だけ気に入られようと笑顔や挨拶を勝手にチョウヒさんへ奉納することさえも我慢する日々を送っているという。
 あまつさえ、他の客が「チョウヒ様に色目を使わないように」交代で監視までしていたとか。
 で、今回、そんな彼らが崇拝する女神であるチョウヒさんが男と歩いていたのでまずは事情を聞こうとチョウヒさんを引き止める組と男をさらう組とに分かれた……が、ここでチョウヒさんにアピールできている引き止め組は抜け駆けに抵触するのではないか……という秘めていたストレスが、俺が(海苔)を剥がしたおかげで噴出した感じ。

 そうか。
 チョウヒさんが孤独に苦しんでいたのはこいつらのせいでもあったのか。無性に腹が立ってくる。

「君たちは根本から間違っている。君たちがチョウヒ様ファンクラブという名前で活動している以上は、君たちが何かトラブルを起こすと、しわ寄せは全部、彼女へと行ってしまうんだぞ」

 オロオロし始めるマッチョたち。

「チョウヒさんはずっと睨みつけられているって感じていたようだよ。会話したくとも相手してもらえないってずっと」

 ざわつくマッチョたち。
 見た感じの年齢は全員チョウヒさんと同じくらい……いくら推しへの想いが強いとはいえやっていいことと悪いことの区別ぐらいつく年頃だろう。

「図らずもチョウヒ様のお気持ちを無下にしてしまっていたとは……おっ教えてください……僕たち、どこで間違っちゃったんですか?」

 急に素直になった。(海苔)のおかげかもしれないけれど。
 とはいえ悪い奴らじゃないんだな……注意するだけじゃなく、ここは大人としてちゃんと応えなければ。

『……そうだな。君たちの掟は、どうにもお互いの足の引っ張りあいにしかなってないように感じるんだ。一番に考えるべきは、チョウヒさんがどう思うか、チョウヒさんの幸せは何なのか、ってあたりだと思うよ」

 するとマッチョたちは突然に二列縦隊に整列した。
 さらには互いの腕と肩とを組み、騎馬戦の騎馬のつながった奴みたいなのを作り上げた。

「師匠! お乗りください! チョウヒ様の元へ全力で戻らせていただきます!」

 もちろん戻りたくはあるが、マッチョ神輿はなんか抵抗がある。
 ただでさえこんな格好で、目立つのは苦手だってのに。
 しかしそんな俺の想いも筋肉であっという間に解決されてしまった。

 マッチョ神輿の上からの視点は随分と高い。
 昔、家出したとき、ヒッチハイクでダンプカーに乗せてもらったことがあったが、そのダンプの運転席くらいの高さはある……とか考えていたら、チョウヒさんの所まであっという間に戻っていた。

「ノリヲさんっ!」

 マッチョ神輿から降ろされた俺に、チョウヒさんが駆け寄ってきてしがみつく。
 チョウヒさんを囲んでいた花束を持ったマッチョ連中も、チョウヒさんの走る邪魔まではしないようだ……チョウヒさんには触れないよう気をつけているというのが、神輿組の話を聞いた今ならわかる。
 すぐさま俺たちを取り囲もうとする花束組に対し、神輿組がボディーガードのように肉の壁を作った。
 一触即発の気配。
 マッチョたちの作る険悪な空気には物理的な圧さえも感じる。

「待って待って! ケンカはダメだよ!」

「了解です、師匠!」

 俺が声をかけると、神輿組が一斉にしゃがんだ。

「師匠だと? お前ら、チョウヒ様ファンクラブを抜けるというのか?」

 花束組の中央に居るひときわマッスルなマッチョが威嚇のポージングをキメる。

「僕たちは目を覚まさせていただきましたっ。会長、あなたにはもうついていけない。あなたのやり方がどんなに僕たちのチョウヒ様を傷つけていたのかを思い知りました。僕たちは今後、真チョウヒ様ファンクラブとして、この師匠、いや真会長のもとチョウヒ様の幸せのことばかり考えて生きていきます!」

 ちょっと待て真会長ってなんだ?

「俺の……やり方が……チョウヒ様を……ぉぉぉおおあああああああっ!」

 会長マッチョが泣き崩れると、花束組のマッチョたちもそれに続く。
 冷めた目で彼らを見ていたせいか、彼らのせいで馬車と恐竜車が渋滞を起こしかけていることに気付いた。

「ここは通行の邪魔になるから、迷惑にならないように移動しよう」

 そう声をかけると神輿組が花束組に肩を貸し、素直に立ち上がり、脇へと避けた。
 この見世物に立ち止まっていた街の人々からは拍手が飛び、馬車や恐竜車が走行を再開する。

 チョウヒさんは俺の手を握りしめたままどこかへと歩き出す。
 彼らは黙って俺たちの跡をついてくる。

「ノリヲさん、私のせいでごめんなさい」

 マッチョたちをチラ見すると、チョウヒさんの言葉にハッとした表情の者が少なくない。
 もうひとフォローしておくか。

「チョウヒさんのせいじゃないよ……それに彼らも、悪い子たちじゃない。ちょっと不器用なだけだから。チョウヒさんが睨んでいるって感じていたのもね、睨んでいたわけじゃなかったようだよ。緊張してたんじゃないかな」

 チョウヒさんの頬からこわばりが取れる。

「そっか緊張か……私も、緊張していたかも」

 チョウヒさんはマッチョたちの方へ向き直り、笑顔を見せた。
 ぎこちなさが完全になくなったわけではないが、良い笑顔だ。

「真会長ッ!」

 ひときわマッチョな会長が突然土下座すると、全マッチョがそれに続く。

「俺も認めます、いえ、認めさせてください。不肖我々、真チョウヒ様ファンクラブはお二人にどこまでもついていきますっ!」

 またもや人だかりができはじめていたので慌てて彼らの土下座をやめさせる。
 その後はおとなしく、地球人ギルドまでついてきてくれた。



 夕闇に染まりきったと見紛う赤レンガ造りの五階建てビル。
 横浜とかに有りそうな古い建物の佇まい。
 入り口の横には二枚の看板があり、どちらにも「地球人ギルド」と書かれている。
 片方はこちらの言葉で、もう片方はガチの漢字&カタカナで。

「じゃあ、俺たちはここに用事があるから」

 と言いながら振り返ったとき、ぎょっとした。
 彼らの後ろにさらに行列ができているから……それもノーマッチョな人々ばかり。
 どういうこと?

「真会長は地球人でしたのですね! じゃあ、上映会ですか?」

 上映会?
 どういうこと?

「あ。これ、俺の名刺です。お渡ししておきます。塗装ならまかせてください」

 『デッ』と書いてある。これがマッチョ会長の名前?

「ではシアターでお先にお待ちしております!」

 彼らは元気よく地球人ギルドの中へ。
 彼らのあとについてきた街の人々も、真チョウヒ様ファンクラブの面々に続いて中へ。
 ノーマッチョな人たちの服装は様々だが、いわゆるファンタジーと聞いて思い描くような服を着ている人はかなり少ない。
 大抵の人はセーターっぽいのを着て、下はゆったりめのパンツかロングスカート。コートっぽいのを着ている人まで居る。

「もしかしてこの人たち全員、地球人?」

 俺が尋ねると、チョウヒさんは首を横に振る。

「シアターって言っていたからゲンチ人も混ざっていると思う。私も実際に観たことはないんだけど、中でね、」

「ようこそ。ご新規の地球人の方ですか?」

 行列の脇をすり抜けて出てきたスーツに眼鏡のダンディがチョウヒさんの言葉を遮った。
 しかもこれ、ゲンチの言葉じゃない……日本語だ!





● 主な登場人物

・俺(羽賀志(ハガシ) 典王(ノリヲ)
 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚されたっぽい。二十八歳。
 シーツのふんどし、けっこう良いアイディだと思っているし気に入っている。

・チョウヒ・ゴクシ
 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚したらしい。
 誰かと手をつなぐのってどんだけぶりかだろうか。元カノともほとんどつないだことなかったし。

・チョウヒ様ファンクラブ→真チョウヒ様ファンクラブ
 抜け駆け厳禁に囚われるあまり本質を見失っていた集団。なぜか俺が真会長にされてしまった。
 すぐに周囲が見えなくなるところは困りものだが、悪い連中ではないと思う。
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