四月の愚か者達
文字数 1,600文字
学生にとってその日は、あえて計画でも立てておかない限りは誰かと会うことがほぼない日だ。
式典でもない限りはおよそ休み期間にあたるわけで、しかも春休みという次の学年を控えた微妙な時期となると、それまでの友人と遊ぶ予定を立てるのも微妙な時期である。
ここで近所の幼馴染などがいればまた違っただろうが、私にはそういうものがいない。
故に今までであれば何も起こらない日であった訳だが、今年に関しては予定を入れるまでもなく顔を合わせる相手がいるのだった。
「おはよう遙」
「朝の挨拶をするにはちょっと遅すぎないかしらね」
一般的には我が家という場所には己の家族しかいないものだが、現在の我が家には父の他に、家族と呼ぶには微妙な相手が暮らしている。
面倒なので周囲には従兄弟と言っているその相手は一つ年下、我が家を捨てて恋に走った我が実の母の数人目の恋人の連れ子という、はっきり言って何の縁もない筈の彼は、ある日突然現れ、今では父公認で我が家の扶養に入っている。
この辺は話すと長いので省略するが、要は我が父は極度なお人好しの上に、相当なる甲斐性があったのだ。
その父は本日平日のため、当然のように仕事に行っている。
現在の時刻は午前11時50分過ぎ。
時刻を確認した私の目に、今日の日付が入る。
「まだギリギリ午前だから」
春休みにおいて無駄なく惰眠を貪っている居候たるその公称従兄弟・事実は他人な少年は、ひどく珍しい緑の目を瞬かせて目元を擦っている。顔は洗ったらしく前髪が濡れていた。
神が設定を大いに間違えたらしい整いすぎた顔は、起き抜けでも整ったまま。とんでもなく面食いだったらしい母の恋人の子どもらしく、かろうじて漆黒の髪だが日本人にはない緑の目をした美形のそいつは、成長期が遅れていたのかうちに来てから身長がかなり伸びた。
顔だけでも恵まれているのに身長も与えるとか、神は本当に贔屓が過ぎる。
お陰で最近、その頭を叩くのにも背伸びが要るので迷惑だった。縮め。
「春翔」
「何〜? ご飯ある? 作ろうか」
居間で本を読んでいた(朝食は父と食べている)私に、春翔は笑う。
全く忌々しく平和なその顔に、私は同じく笑顔を浮かべて告げた。
「好きよ」
「は?」
一瞬凍りつき冷める緑の目に、なんとなくスッキリした気分になりながら黙ってカレンダーを指差した。
私の指先を追ってそれを見た彼は一瞬の沈黙の後に「あぁそうへぇ」と意味のない相槌を打つ。
そしてカウンターキッチンへと向かうと、水音を立てた。いつものように水を飲んだのだろう。ミネラルウォーターもあるのに彼は朝はいつも水道水を飲む。これ以上彼を気にする理由も無くなったので私は再度、読んでいた本の世界へと戻った。
……すぐに現実に引き戻されたが。
「ちょっと春翔」
読んでいた本を後ろから片手で取り上げた春翔が、ソファーの隣に座ってくる。
本を持っていない方の手が伸びて私の髪を梳いた。
一瞬の間に詰まる顔の距離。
「愛してるよ、遥」
至近距離で放り込まれた言葉に動揺する位なら、さっきの言葉は投げてないわけで。
近すぎて滲む程そばにある彼の顔の中で、唯一綺麗にピントの合った緑の目を睨んだ。
お互い座っているならば叩くにも苦労はない。
「痛い」
「はいはい本返してね良いところなの」
頭を押さえた春翔の手から本を取り返して、読んでいた場所をペラペラめくって探す私に、小さな呟きが届く。
「嘘を言って良いのは午前中だけなんだよ」
その言葉に無意識に視線が見た時計は、12時5分。
私は何も見なかったことにして、見つけた読みかけのページを再度読み始めた。
こんな時間に起きてくるような奴の時計の方が狂っているに違いないのだから。
結局それ以上は何も聞こえず、代わりに膝の上に増えた重みに、私は小さくため息をついた。鬱陶しいと振り落とすには、今読んでいる本の中身が面白すぎたのだ。
式典でもない限りはおよそ休み期間にあたるわけで、しかも春休みという次の学年を控えた微妙な時期となると、それまでの友人と遊ぶ予定を立てるのも微妙な時期である。
ここで近所の幼馴染などがいればまた違っただろうが、私にはそういうものがいない。
故に今までであれば何も起こらない日であった訳だが、今年に関しては予定を入れるまでもなく顔を合わせる相手がいるのだった。
「おはよう遙」
「朝の挨拶をするにはちょっと遅すぎないかしらね」
一般的には我が家という場所には己の家族しかいないものだが、現在の我が家には父の他に、家族と呼ぶには微妙な相手が暮らしている。
面倒なので周囲には従兄弟と言っているその相手は一つ年下、我が家を捨てて恋に走った我が実の母の数人目の恋人の連れ子という、はっきり言って何の縁もない筈の彼は、ある日突然現れ、今では父公認で我が家の扶養に入っている。
この辺は話すと長いので省略するが、要は我が父は極度なお人好しの上に、相当なる甲斐性があったのだ。
その父は本日平日のため、当然のように仕事に行っている。
現在の時刻は午前11時50分過ぎ。
時刻を確認した私の目に、今日の日付が入る。
「まだギリギリ午前だから」
春休みにおいて無駄なく惰眠を貪っている居候たるその公称従兄弟・事実は他人な少年は、ひどく珍しい緑の目を瞬かせて目元を擦っている。顔は洗ったらしく前髪が濡れていた。
神が設定を大いに間違えたらしい整いすぎた顔は、起き抜けでも整ったまま。とんでもなく面食いだったらしい母の恋人の子どもらしく、かろうじて漆黒の髪だが日本人にはない緑の目をした美形のそいつは、成長期が遅れていたのかうちに来てから身長がかなり伸びた。
顔だけでも恵まれているのに身長も与えるとか、神は本当に贔屓が過ぎる。
お陰で最近、その頭を叩くのにも背伸びが要るので迷惑だった。縮め。
「春翔」
「何〜? ご飯ある? 作ろうか」
居間で本を読んでいた(朝食は父と食べている)私に、春翔は笑う。
全く忌々しく平和なその顔に、私は同じく笑顔を浮かべて告げた。
「好きよ」
「は?」
一瞬凍りつき冷める緑の目に、なんとなくスッキリした気分になりながら黙ってカレンダーを指差した。
私の指先を追ってそれを見た彼は一瞬の沈黙の後に「あぁそうへぇ」と意味のない相槌を打つ。
そしてカウンターキッチンへと向かうと、水音を立てた。いつものように水を飲んだのだろう。ミネラルウォーターもあるのに彼は朝はいつも水道水を飲む。これ以上彼を気にする理由も無くなったので私は再度、読んでいた本の世界へと戻った。
……すぐに現実に引き戻されたが。
「ちょっと春翔」
読んでいた本を後ろから片手で取り上げた春翔が、ソファーの隣に座ってくる。
本を持っていない方の手が伸びて私の髪を梳いた。
一瞬の間に詰まる顔の距離。
「愛してるよ、遥」
至近距離で放り込まれた言葉に動揺する位なら、さっきの言葉は投げてないわけで。
近すぎて滲む程そばにある彼の顔の中で、唯一綺麗にピントの合った緑の目を睨んだ。
お互い座っているならば叩くにも苦労はない。
「痛い」
「はいはい本返してね良いところなの」
頭を押さえた春翔の手から本を取り返して、読んでいた場所をペラペラめくって探す私に、小さな呟きが届く。
「嘘を言って良いのは午前中だけなんだよ」
その言葉に無意識に視線が見た時計は、12時5分。
私は何も見なかったことにして、見つけた読みかけのページを再度読み始めた。
こんな時間に起きてくるような奴の時計の方が狂っているに違いないのだから。
結局それ以上は何も聞こえず、代わりに膝の上に増えた重みに、私は小さくため息をついた。鬱陶しいと振り落とすには、今読んでいる本の中身が面白すぎたのだ。