第4話 因果

文字数 3,676文字

 初デートから帰った僕は、今夜のことを考えて落ち着かない。

 明日、彼女と別れることは分かっている。
 僕は、彼女、星莉央のことを好きになりかけてる。
 僕も初めは、変な元ヤンJKだ、と警戒していた。
 でも行動を共にしてるうちに、僕との相性は最高に良い子だ、と認識できた。

 今夜、彼女が泊まるのは最後だ。明日でサヨナラだ。
 僕は、彼女に交際を申し込もうか、と考え始めてる。
 もし、それが駄目なら今夜、一度だけ一緒に寝てみたい、と自分勝手な計画も頭にある。

 ただ昨晩、彼女からのベッドインの申し出を僕は拒否している。
 気分を害したかもしれない彼女は、今夜、僕と寝たいと言うか。可能性は五分五分だ。
 自問自答したり、入浴では体の汚れを必要以上に気にしたり、僕は苦悶中だった。
 
 彼女はというと、全くマイペースで、昨晩や今朝同様に、食事の準備を粛々と行っていた。
 夕食後は、食器の後片付けを率先して行い、僕との筆談準備も終えている。
 千鳥ヶ淵から帰宅途中に、モバイルタイプのホワイトボードを彼女は購入していた。
 これは携帯用のカバーや、マーカーにイレーサーが付いてる優れもの。筆談しやすい。
 僕と使ったノートはもう不要になったが、彼女の筆記を残せないのは少し寂しい。

 神保町や千鳥ヶ淵で気になったことを筆談した後で、今夜のことを僕が切り出そうと考えたとき、
彼女はホワイトボードに自分の気持ちをすぐに書いた。

 ☆今日は絶対、一つの布団で一緒に寝ましょう!

(うわっ、速い! ……僕が悩む必要ないじゃないか。でもこれで僕も安心というか……)

 僕はホワイトボードに、OK、と書いた。
 彼女はそれを見ると、嬉しそうに僕を見て頷いた。ここまではいい。次の展開を想像した僕。

 僕は知らず知らずに、にやけた男子、になっていないか、自分の顔を下に向け、頬を軽く叩いた。
 顔を上げてみると、彼女は僕をジッと見て、それから僕のすぐ横に体を寄せ、僕の頭を右手で撫でた。
 まるで両親が我が子に、兄や姉が歳の離れた妹や弟へするみたいに。

(僕の方が年下のような扱いだけど……記憶では同い年のはず……ま、いいか)

 入浴後に彼女がスウェットに着替えたように、僕もスウェットパジャマに着替え、胸の高鳴りを抑え、
 布団に入ると、すぐ彼女も同じ布団に入って来た。

(どうすればいいかな。帰りにドラッグストアに寄ったけど、避妊具は買えなかった……)

 僕は女子との経験はない。知ってることはWeb、DVDやBDのえっち動画、級友からの耳学問だけだ。
 すると、彼女が突然僕に触れて来た。
 僕の肩に手をかけ、僕を引き寄せた。

(え、彼女から!?

 僕は、どぎまぎした。
 次に彼女は、先ほど僕にしたことを再び始めた。
 お互い横臥なので向き合ってる。彼女は僕の右側にいたので、右手で僕の頭を撫でる。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 そして、僕の顔に彼女の顔を近づけ、僕の頬に優しくキスをした。

(あ、キスされた! 頬だけど)

 彼女は僕を見てにっこりとしていた。
 僕は思い立って、彼女と同じことを始めた。彼女の頭を撫でた。
 ためらわないで、僕も彼女の頬に軽くキスをしてみた。
 彼女は恥ずかしそうに僕を見た。

 軽く手で握ると、彼女の長い髪はサラサラしている。
 次に僕は、彼女の肩に手を当て、そっと掴んだ。

(女子の体は柔らかいなあ。彼女からの匂いも甘い感じ)

 僕もまた、彼女の頭を撫でた。前よりも、ゆっくり、ゆっくりと。
 次第に彼女は目を瞑った。

(いよいよ……かな。僕は次の行動をしないと)

 すると、彼女は寝息を立て始めた。僕は突然の状況変化に慌てた。

(え!? ……寝てる、わけないよな。……いや、本当に寝てる!)

 彼女は狸寝入り、つまり寝たふりかな、と思ったが、事実だった。
 今日、いろいろあって、彼女も疲れたのだろう、と理解はしたが。
 それでも正直、僕は落胆した。同時に別の意味で安堵感もあった。

(これでいいのかも。いま避妊具もないし。眠った彼女に触れるのはルール違反だ)

 僕は初めての経験を逃した無念さよりも、彼女の寝顔を見られただけで我慢することにした。
 落ち着きを取り戻した僕も、いつの間にか、眠りの世界へと導かれた。

 翌朝、僕が起きると隣に彼女の姿はなく、やはりキッチンで朝食の準備をしていた。

(今日で終わりか……改めて彼女に交際を申し込んだほうがいいかな)

 このまま彼女と別れると、生涯後悔しそうな焦りが、僕の心に沸いていた。

 朝食前。居間で彼女は、僕に中腰になるように頼んだ。
 僕がその姿勢になると彼女は顔を寄せ、昨晩とは違い、僕の唇にキスをした。
 思わぬ展開に僕はすごく動揺したが、彼女は少しだけ、はにかむ感じ。
 彼女はキスの後、すぐ僕を立たせ、今度は正面から僕を抱きしめた。
 それに反応した僕も、彼女をやや強く抱きしめていた。

(たった三日間だ。でも僕は、星莉央を好きになった……)


 三日目、つまり彼女が言う最終日は、二人で秋葉原へと出かけることにした。
 僕が好きなアニメ、ゲーム関係のグッズと、軍事兵器好きの級友(いまの言葉で軍事ヲタだ)から
刺激を受けて集めだした、兵器関連グッズの購入に。
 僕のクラスには刀剣好き女子や、擬人化アニメに夢中な男子もいる。十人十色だ。
 アキバを彼女はどう感じるか? でもいまさら原宿やお台場などへ出かけても、と僕は考えた。

 学校の級友や図書委員会の仲間は、堅物そうに見える僕が、陰で美少女ゲームや軍事兵器グッズ
好き、という事実を知らない。
 教えたところで、また別のあだ名を付けられるだけだと、僕は分かっている。
 星莉央には知らせた。聞いた彼女は、微笑んでるだけだった。 
 アキバに行くとき、彼女は僕と手をつないで歩いた。僕自身嬉しく、もう彼氏彼女気分だった。
 
 ゲーム店で「終末世界で美少女が闘うゲーム」を僕が選ぶと、彼女は覗き込んでキャラを指差し、
この娘可愛いです、と意思表示した。その好みは、驚くほど僕と似ている。
 他の店では、ミリタリー図鑑を僕が見ていると、彼女は僕の近くで、戦史関連の本を読んでいた。
 そう。軍事は教養を深める。ヲタ友との情報交換もあり、僕はいろいろと学んだ。
 
 僕の好きなモノは「伊号潜水艦」だ。旧日本海軍所属。
 伊400と伊401の二隻は、水中排水量6500トンの化け物級の潜水艦だ。
 これに「晴嵐」という攻撃機が搭載され、潜水艦四隻で米国東海岸やパナマ運河攻撃が計画された。
 結局、情報戦の脆弱さもあって、何ら戦果も見せられずに終戦を迎えた。
 日本人は、画期的なモノを生み出す力はある。
 ただ戦術に関するインテリジェンスは弱い。これが問題だ。
 
 日本の政治家は日本国軍を「自衛隊」、空襲警報を「Jアラート」と言う。
 現実に向き合わず、言葉遊びばかりしてる。
 でも現実からの逃避は僕もそうなので、大きいことは言えない。
 僕と同じ高校生で、12月8日をどれほど知っているか?
 この日は1941年の対米英戦開始。開戦記念日だ。
 戦争は起きない方がいい。でも過去の記憶、教訓を亡失しては駄目だろう。
 
 
 アキバでの買い物がほぼ終わり、昼食でも摂ろうと二人で通りを歩いていると、とある店舗の前に
カフェグッズが並べられていた。
 彼女はそこに行き、店頭商品の物色をした。僕のところに戻る途中で、横から自転車が近づいてきた。
 発声で教えられない僕は、急ぎ手ぶりでそれを彼女に伝えた。
 彼女は自転車をよけたが、このときの後ずさりで、すぐそばにいた男に接触した。
 彼女は頭をさげ、男に謝罪した。

 男は彼女に対して声を荒げた。
「お前、何か言えよ!」
 僕は男に、この子は耳と口が不自由なんです、と説明した。
 それでも、小太りで眼鏡をかけた、いかにもヲタクのような男は納得しない。
 男には連れの男が一人いたけれど、助け舟というか制止はしない。
 僕は繰り返し謝罪したが、驚くほど激高した男は僕に手を出そうとした。

 次の瞬間。
 彼女は、僕に腕を伸ばした男の手を受け流し、男の胸を突いた。

(ええ!? 八卦掌の技だ)

 男の手を彼女は自分の右手首で受け、螺旋を描くよう上に崩す。
 素早く彼女は左手で男の手をさらに崩し、最後は螺旋をかけた右手の掌で男の胸を打つ。
 普通のヒトには見えない。僕には分かる。八卦掌の技「挑掌」だ。

(なぜ彼女が八卦掌を……?)

 周りを見た僕の視線の先に、小走りでこちらに来る二人の警察官の姿があった。
 ちょうど街中の警ら途中なのだろう。僕がホッとしたのもつかの間、僕を振り返って見た彼女は
突然、自分の胸を右手で押さえ、腰砕け気味に両膝を地面につけた。
 僕は大慌てで彼女のそばに行き、彼女の体を抱えた。

 彼女は僕の顔を見て、口を動かした。口パクでも『ありがとう』の言葉を僕は理解できた。
 目を閉じた彼女。すぐそばまで来た警察官に、僕は叫んだ。
「救急車お願いします! 早く! ……莉央! 莉央!」

 僕は何度も何度も彼女の名前を呼んだ。彼女は僕の腕の中で意識を失っていた。
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